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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
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久しぶりにテレビ出演して、改めて気づいたのは医学番組の多さである。
昔は「今日の健康」のようにシンプルでストレートなものだったが、最近は「ためしてガッテン」やタケシのおどろおどろしい番組、そして「世界一受けたい授業」のように、言わばバライアティ的なものなどスタイルも様々である。 今日は其の舞台裏に迫り、医学番組の効用と落とし穴に焦点を当てるつもりだったが、如何せん、上まぶたと下瞼が癒着しそうので、次回のお楽しみとさせてください。
「いくつになっても男と女」
これはわがNPO法人アンチエイジングネットワークでは、アンチエイジング五箇条の第1条に掲げている。 が,これはどういう事かと聞かれると、意外に説明に苦労する。 別に「失楽園」を奨励しているわけはないので、と前置きし、ま、男も女も老いてもお洒落心を忘れないように、といってごまかしてきたが、決して自分でも満足している訳ではない。 なぜこの問題がまともに扱いにくいか考えている。 ①日本ではいまだに「性の問題」はタブー視されている面がある。 ②まして高齢者の性の問題など、とりあえげる事自体がいかがわしい。 (実際は老人ホームなどでは此れが一つの大きな課題であると聞いているが) ③ほかの話題なら、自分の経験に基づいて語れるが、この問題に限ってよほどの露出狂でない限り、一般論でお茶を濁したくなる ④個人、個人でこれほど事情が異なる問題もない。まず倫理観。それから伴侶の有無と其の関係。そしてその人の嗜好? ま、要するにいくら高齢になっても、人間、雌と雄には変わりないから、其の事実を素直に認め、お互いによい意味で相手を異性として意識してお付き合いをつづける。それが心身の活性化に繋がり、お洒落心をかき立てることになる。 其の方が自前でホルモンレベルもアップし、たとえばホルモン補充療法などに頼るより遥かに費用対効果もよく、楽しいのではなかろうか。 それも、鴎外が母親から火箸で示唆れたといわれるように”灰になるまで”。 この辺りの話は、帝京大学の堀江教授の独壇場なので、改めてお話をお聞きするつもりだ。
今日は第二回アンチエイジング・カフェの日。
![]() テーマは酸化ストレスを中心に、老化の原因と其の対策。 我々医者でもなかなか理解しがたい分野を、一般の方にお話しするのは容易ではない。 中学時代の生物の授業を思い出していただいたり、実生活で目の当たりにする酸化現象、例えばリンゴの切り口が数時間で茶褐色に変する事などを例にとって、縷々ご説明を試みた。 そして今日の知識が、明日からのアンチエイジングライフに少しでもお役に立つようにと。 講義の前は何時も、どうお話しするか自信がなくなるが、其のとき何時も自分に言い聞かせるのは“心配はない、皆さんが何を求めているかに、謙虚に答えるようにすればいいのだ。” そして終わった後もまた、今回はお役に立ったかどうか、また心配になる。 それでも僕は教える事が楽しい。これも業(ごう)というべきですかな。 此れで参加者との心の交流が少しでも生まれれば此れに勝る幸せはない。
昨日NHKプロフェッショナルで、心臓外科医の天野教授を取り上げていた。
昨年、天皇のバイパス手術を執刀した男で、順天堂の教授である。 斯界の異端児だが腕は日本一とは聞いていた。 今の東大には、心臓外科医がいないらしい。 だが手術は東大で行われた。 なんで順天堂に入院させなかったか。 そこには傍には解らぬ宮内庁のしきたりがあったのだろう。 手術は当然ながら、自分の城の方が遥かにやりやすい。 以前、僕のクラスメートの一人が昭和天皇の手術を頼まれた。 幸い彼は東大教授だったので、ホームグラウンドで執刀する事が出来たが、彼もがんじがらめのしきたりには悩まされたようである。 僕のクラスメートのいま一人は宮内庁病院で、昭和天皇の侍医を務めていた。 彼によると昭和天皇はなかなかユーモラスで皮肉屋でもあったらしい。 東大に入院すると皆死んでしまうのね、と言われ返答に窮した事もあるという。 また、皇居内の藪の中を散歩中、あ、後ろから「薮」が歩いてくるよ、と言われた事もあるそうだ。 いまひとつ昨日のテレビ特集を見て気になった事がある。 確かにあの数時間から10時間以上にもなる鮮やかなオペには感嘆させられるが、そもそもの原因である動脈硬化は、「バランスのとれた食事と適度な運動」つまり、アンチエイジングなライフスタイルで理論的には予防可能な疾患と言える。 だから病気になるのが悪いというつもりはない。この僕も年相応の動脈硬化に悩まされているからだ。 ただ、たとえばアンチエイジング・ドックで定期検査を受け、生活指導を守って病気にかからないでいる人には、保険料のいくらかの払い戻しをするとか、病気になっても自己負担分を減らすとかいうインセンティブをもうけたら如何だろう。 それによって予防医学にウエイトがシフトすれば、患者の福祉にもなるし、結果的として医療費の節減にも繋がるのではなかろうか。 それですぐ天野教授のような名手が失職する訳でもあるまい。 少なくもアンチエイジング医師の暮らしは楽になる。
嫌な風邪がはやっているようだ。
鼻水から始まって喉の痛み、だんだん下に下がって咳と痰。全身の筋肉痛とけだるさ。 それぞれの進行順序は並の風邪と変わりないし、それほど熱がでる訳でもない。 ただ、だらだらと続き、しかも再発を繰り返す。 周り中でそのようなごほんごほんと続いていれば、僕もいつなっても不思議はないと思っていたら、昨日あたりから鼻がむずむずし、くしゃみが出始め、体がだるくなってきた。 これはヤバい。というのは今週はセミナー、講演などぎっちり詰まっている。しかも僕はあまり風邪はひかないが、いったんひくと回復に人の2倍か3倍もかかる方だからだ。 風邪を治すのは本人の「免疫力」である。風邪のヴィールスに効く抗生物質はない。つまり風邪を治す薬はないという事だ。 あるのは、熱、だるさ、咳、鼻汁などを押さえる、言わば対症療法だけである。もちろんそれだけでも患者としては楽にはなるが。 其の「免疫能」は加齢とともに低下する。もちろん風邪のなおりも遅れるし、若ければ風邪ですむ物も、肺炎に進行しうる。そして肺炎が悪化して・・・其の先は言わぬが花でしょう。 免疫は免疫細胞の働きである。現在の研究では其の細胞の数はかわらないという。ただ、其の機能が、おおざっぱに言えば、抗体産生能力が低下するのだとされている。 この「免疫能強化」がアンチエイジングの此れからの課題の一つだ。 ![]() といったような自分自身の無力感を交えながら、今日の学習院の生涯学習センターの「身近なアンチエイジング」の第二回をなんとか無事終える事が出来た。
中野孝次といえば「清貧の思想」(1992年発行)がよく知られているが、2004年に78歳でなくなるまで、7、80冊の著書を出版されている。
其の中の一冊、「美しい老年のために」を山で読みふけったので、其の感想を一つ、二つ。 彼の一貫しての主張は、今の物質主義、効率主義に対するアンチテーゼというか嫌悪感であり、理想とするのは「徒然草」の兼好の、そして良寛の世界である。 確かに僕も老境に近づくほどに、彼の言ういい意味での世捨て人的な「美しい老年」の生き方に共鳴しないでもない。 だが僕の考えでは、元来人の価値観は人様々であり、そこに面白さがあり、老年期の特徴はその価値観の開きというか多様性が増大していくことである。 この個人の価値観は、ある意味でその人の好みの問題であり、そこへ善悪的な判断を持ち込むことは、如何かとも思う。 つまり価値を論ずるとき、「好悪」と「善悪」とには混同せず、ある程度の線引きが必要ではないかということだ。 例えば徒然草第百十三段 ___大方、聞きにくく、見苦しき事。老人の、若き人に交わりて、興あらんと物言ひいたる。 を引用し、 “此れなぞは現代でもよく見かける光景で、老人が若者の中に混じって、若者の興味をひきそうなことをしゃべりちらしているのだ。それも自分が若者言葉に通じていることを示すため、流行語を交えなどして、最新の流行や風俗について話す。きているものも若者風。 そんな老人を見かけると、兼好ならずともわかしでも「見苦しき事」と眉をしかめてしまう。私の美意識に合わない。」 此れには大いに異論がある。若さの秘訣は「好奇心」にあるとは、僕だけでなく、大方の認めるところだろう。「好奇心」とは、平たく言えばミーハー精神である。老人が若者と同じ事に興味を持って何が悪い? もちろん中野孝次が言いたいのは、「若者におもねる」のは醜いというのは解らないではないが。
今日は神戸日帰り。
このところ神戸詣でが続く。 第21回日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術集会主催の「市民講座」を、我がNPO法人も共催しているからである。 第1部はチェリストの吉川氏の語りと演奏。テーマは「可能性を信じて、誰もが人生の主人公」ご自身の生い立ち、③・11の際のボランティア活動の経験などを交えた好演奏だった。 第二部は北里グループのエース、湘南鎌倉病院の山下理恵部長の「キズのケアとスキンケア」。 豊富な自験例と解りやすい解説で皆を魅了した。 ことにスキンケアとなると彼女の独壇場で、年に一度しか顔も洗わない男の出る幕はなかった。 ![]() 何度行っても神戸はいい街だ。 7月4日には神戸大学の寺師君の教授就任パーティが予定されており、またも神戸詣でのチャンスに恵まれる。
やっと浅緑の芽吹きの始まった唐松林には白のベンツのCクラスがよく似合う。
連休をさけてこの月曜、昨年末に買い替えたその新型ベンツを八ヶ岳まで走らせ、今日横浜に戻ったところ。 天気は生憎ほとんど連日雨模様。 ![]() だがおかげさまで,予定していた仕事をほとんどこなすことが出来た。 仕事というのは来週,月、水,土と三回も予定されている講義、講演の準備である。やっと新しいマックエアもなんとか使いこなすことが出来るようになった。慣れればこのマックエア、なかなか可愛いところがある。 ![]() 帰路は甲斐大泉に足を伸ばし、柳生博さんの八ヶ岳倶楽部に立ち寄って、名物のビーフシチューのパイ焼きを賞味した。 僕のアメリカ滞在は8年間だから、これまでの80年の人生の1割をアメリカで過ごしたことになる。 これを長いと考えるか,短いと考えるかは別として、今でも其の期間は40年にも相当する重みを持っている。 それだけ変化も在り充実していたということかもしれない。インターンから始まり,外科,形成外科の専門医師としての修行を完了し、また結婚生活に入り、上の子供二人を授かった時期でもある。 過ごした場所がオルバニーと言う,ニューヨーク州の北で,マサチューセッツとバーモントの州境に近い,ほぼニューイングランドと言ってもいい田舎町であったことも幸いしたと思う。 ニューイングランドの魅力は秋の紅葉に象徴される自然の美しさにある。 秋だけでなく春の新緑,夏の陽光そして冬の雪景色さえ今は懐かしい。 また人々の暮らしも、大方の日本人の先入観に反し、しごくまっとうで質素であり、勤労を重んじる気風が在る。つまりいい意味で古風なのだ。 また,良き友に恵まれたこともアメリカ生活に溶け込む助けになったと思う。 加藤恭子さんの「ニューイングランド物語」を読んで,ここにもニューイングランドに魅せられた方達がいるのを知って嬉しくなった。 加藤夫妻が滞在されたのは,マサチューセッツのアマーストである。夫君は発生生物学者で,マサチューセッツ大学に勤務され,二人のお子さんとともに永住を考えられたことも在るようだ。 だが,7年滞在の後、三菱生命研究所に招かれ帰国される。 その後,病に倒れ,北里大学の東病院で息を引き取られる。 夫人が其の時の想いを綴られた「伴侶の死」はベストセラーとなり,読まれた方も多いかと思う。 もしそのままアメリカに永住されていたらどんな人生が展開したか・・・未だにアメリカ生活に未練のある僕は,自分の人生と重ね合わせて感慨に耽っている。
岩波新書の「医の未来」を読み終えた。
去年の日本医学会会頭の矢崎先生が大会にあわせて編集されたものである。 大変よくまとまっている。 第1部 未来の医療と社会 第2部 地球規模の医療 第3部 未来の医学・医療 第4部 生と医の未来 第5部 対談 医の未来を語る の五部構成で、13人のエキスパートが名前を連ねている。 一言で言えば、これからの医療は ①グローバル化 ②学際化 ③増大する医療費と資金源との相克 ということであろう。 おかげさまでアンチエイジング医学の立ち位置と将来像も明確になってきた。 ここの内容はさておいて、なぜこの本がお固い内容に関わらず、簡にして要を得ているか気がついた。 一人の著者の割当分が平均20ページという短編である。 どなたもそれぞれの分野のエキスパートである。与えられたテーマで一冊の本をまとめることはいとも容易であろう。逆にそれを20ページに圧縮するというのは、かなり頭を痛めるはず。 だから読みやすい本に纏まったと言える。 由来、短文ほど難しいと言われている。 フランスの文豪だったか“今日は時間がないから、短くは書けない”と言ったという。 教科書も同じことだ。 僕はよく学生に言ったのもである。 同じ読むなら、教科書は短いものを選べと。理由は、短いものほど書くのに苦労する。大部の参考書なら、アーでもない、コウでもないと諸説を並べてごまかせるが、簡単なテキストでは、では己はどう思うか?という結論を打ち出さねばならぬ。これにはよほどの学識と自信がなければ出来ないことである。 だから、一見“労作風”の厚いものよりも、其の時間で薄いものを三回読み返した方が、読む方は遥かに頭に入りやすいし、整理もつく。 ついでに、かつて朝日の記者に解りやすい文章のこつを教わってことが在る。 ①センテンスは短く,ブツブツ切ってしまうこと。接続を続けてワンセンテンスで1ページにもなりうるドイツ語など最低ですな。 ②主語と述語を明確にすること。いわゆる文章論的には,日本語の場合,わざと主語を抜くことが在るが。 ③言葉の定義は明確に。著者には解りきったことでも,読者にはなじみがないことも多いから。 (注)①と②の複合汚染は文章のねじれを招き、読者の頭がねじれてしまう読解不能な文章となる。
携帯を忘れて出かけてしまい、おたおたしていると配偶者に言われた“たまには解放されたら!”
配偶者は絶対に携帯を持とうとしない。あんなもの必要ないという。 其の為に周りが苦労することも多々在るが、だが彼女の言うことにも一理ある。 我々が必須と信じ込んでいることのどれほどが必須なのか? 昔、現役の頃、ある時から僕は大学病院でエレベーターやエスカレーターを使うのをやめ、定年まで10階まで階段での上がり下りを続けた。 運動不足の解消ということも在るが、きっかけは、形成外科を専門にして、エレベーターで駆けつけなければならないほどの緊急事態が年にいくつ在るか?と自問したことにある。 それが嵩じて、どこまで文明の利器から脱却できるか試みたことが在る。 が、最後まで捨てられなかったのが「車」だった。 最近また人気がでてきたソローの「森の生活」も、期限付きの「脱文明」の実験だったと記憶している。 話を携帯に戻すと、テレビやインターネットなどすべてに当てはまるが、ITは人々をヴァーチャルな世界に引きずり込み、現実の世界とのつながりを薄くする恐れが在ることはよく指摘される通り。 こうして育った子供たちで世界が占拠されるとどう変貌するか、アナログ人間にとっては空恐ろしい。 最近読み終えたエリクソンの「老年期」では“人と社会とのつながり”を、老年期における「人生の質」の最大課題と強調している。 といいつつも、こうしてブログを綴り、フェースブックに取り付いているのだから、アナログと言いじょう、ずいぶんいい加減な男である。
ちょっとマックに不具合があり、iPadで入力中につき、長文が打ち込めないので御勘弁のほどを。
「アンチエイジング」が叫ばれ始めてからまだ10年余である。
初めは“アンチエイジング?それ何?”と行った世界であったが,今は何でもアンチエイジング。 アンチエイジング・クリーム、アンチエイジング・ダイエット、女性誌はアンチエイジング特集・・・ いったい何が本当のアンチエイジングと戸惑うほどだ。 学会も「抗加齢学会」を名乗る。 だが、「アンチエイジング」、「抗加齢」と言うことばが嫌い、というご仁も多い。 老化は自然現象、それに抗うのは如何?という立場である。 確かに当初から言葉の問題は我々も論じてはきた。 ならばと、サクセスフルエイジング,アクティヴエイジングなどいろいろ試されもし、今度の著書では僕はあえてスローエイジングということばを導入してみた。 だが、もうここまで定着したら「アンチエイジング」、「抗加齢」で行く以外にないというのが、学会関係者の考えでもある。 ただ、一つ指摘したいのは、日本語の場合、厳密には「加齢」と「老化」を区別する必要が在ることだ。 狭い意味では「加齢」は暦の年齢を重ねることで、「体の老化」そのものではない。 だが、英語では其の両方を意味する、厳密には加齢はageであり、「老化」はsenescence と使い分けるべきかも知れないが。 だが、名は体を表すべきという考えももっともである。 形成外科は未だに整形外科と混同され、お互いに迷惑している。 整形外科はこつ、関節の外科で、皮膚移植などで醜形を整える形成外科とは全く無関係で、まして美容外科とは無縁である。 が、未だに整形と言えば美容外科と一般にはとられがちだ。 其の問題はともかく、アンチエイジングに戻って、何かいいことばはないものですかね?出来ればアンチという否定的な言葉でなく、肯定的で馴染みやすいいい言葉が。
エリクソンの「老年期」をやっと読み終えた。
高齢者の心理を云々するとき必ず引用される著書だけに、かなりの労作である。 29組の夫婦を30歳代から80歳代まで、50年かけてライフサイクルを追跡調査しただけでも貴重なデータである。 ![]() 第一章では、彼の持論の「ライフサイクルの8段階」を説明し、 第二章で対象となった29組の夫婦のライフサイクルを老年期から逆に幼児期までさかのぼり俯瞰する。 第三章ではベルイマンの「野いちご」取り上げ、芸術作品として描かれた医者である主人公のライフサイクルを分析する。これは50年前、僕がアメリカ留学中に評判を呼んだスエーデン映画だが、残念ながら見損なったので、つたやからでも入手しなければと思う。 第四章はアメリカ社会の老年期の記述に当てられている。 よわい80歳の僕には、いちいちうなずかされることが多い。 例えば孫たちとの関わり、また芸術の果たす役割等々。 いずれ80歳以後の「超高齢期」の調べが必要だと言っているが、既にその後書かれているのかも知れない。 どの時期でも彼が強調しているのは、人や社会との関わりである。 其の意味で原題の「Vital Involvement in old age」の方が内容を表しているといえよう。
馬の絵ばかり書いている絵描きのグループがある。
伯楽会と言って、ニュー・ヨークで彫刻をやっている僕の長男の友人の倉田君も其のメンバーの一人だ。 奥方は「語り」の名手の加藤精一氏の御弟子さんで、このブログにもたびたびご登場願っている。 今日は馬事公苑でその伯楽会の展覧会が在った。 ![]() 一つのことを追い続けるのは大変だろうが、見てて楽しいものが在る。 2週間先には奥方の「語りの会」が控えている。 場所はお江戸日本橋。 これも楽しみである。
久しぶりの映画だった。
「アーティスト」サイレントのアーティストとしてのプライドにこだわり、サイレントからトーキーへの転換についていけず、転落する名スター、ヴァレンチン。 ここはダグラス・フェアバンクスとルドルフ・ヴァレンチノを思わせる。 其のヴァレンチンに引き立てられ、時流にも乗ってスター階段を駆け上がるペッピー。 ペッピーはヴァレンチンに手を貸そうとするが、「アーティスト」のプライドが許さない。 だが、波瀾万丈の末、二人は結ばれるハッピーエンド。 これこそハリウッド、と洒落のめしたフランス映画。 理屈なく楽しめる映画を、という方にはぜひお薦めします。
YYN通信が久しぶりに送られてきた。
これは元順天堂の整形外科の教授で、順天堂大学病院の院長も務めた山内君が不定期に友人宛発信するニュースレターである。 内容は主に整形外科学界のニュースだが、その他、音楽,絵画、文学等の話題も豊富で、山内君の幅広い趣味を反映し、僕を含めファンも多い。 今号の冒頭の意見は僕も全く同感なので、以下に引用させてもらう。 「YYN 通信をかなりサボってしまいました。いろいろ言い訳はありますが、一番は東日本大震災・福島原発事故による「日本はもう駄目ではないか」というウツ的気分でした。加えてそれに上乗せするように日本の政治・政治家の貧困がありました。被災者や被害地の首長たちはあんなにがんばっているのに、中央の政治家、ことに与党民主党の連中のあのザマはなんとも情けない。自分たちの議員生命をなんとか長く保ちたい、次の選挙にはなんとか再選されたい、と いう自己保身的な精神構造・行動しか見えない。その間に、日本は明らかに下り坂、down-hill course を辿っています。じつにじつに 情けないことです。自民党時代から総理がころころ替わる、メディ アがそれを助長するような雰囲気をつのる。それに嫌気がさした国 民が民主党に政権を取らせたら、マニフェストは従来のできもしない公約よりもまだ悪い嘘ずくめ、それにあのルーピー鳩山の醜態ぶり(東大の恥さらしめが!)、その後の迷走カン、ついでだんだん 肥るドジョウ、そして小沢(征爾ではない政治屋)も無罪だと言って復権しようとしている。こんなテイタラクに「民主主義は結局日本には合わなかった」という雰囲気が醸成され、英雄待望論さえ出てきました。こういう風潮がファシズムに連鎖するのが最も怖いな と思っていたら、大阪の橋の下から変な男が出てきた。それに情けない第三勢力連中がすり寄っている。まさかと思いますがヒットラー台頭前夜のようなあやしい雰囲気です。迷える日本よどこへ行く。」
今日、明日はゴールデンウィークの谷間。
五月の1、2日は暦では平日である。 だが現役の頃は自主的に休日にして、大型連休を楽しんだものである。 だが定年で「毎日が日曜日」になると、無理して休むこともないので、今日は銀座のオフィスに出かけた。 明日も出社するつもりだ。 人間の心理はおかしなものである。
松浦夫妻と知り合えたことは、前回のパリ訪問の最大の収穫だったとは以前に触れたが、その松浦夫人からいただいたご著書「女の見た終末ソ連」を読み終えたところである。
![]() 松浦氏は日本テレビの報道畑を歩まれ、最後の七年をパリ支局長として勤め上げて定年を迎える。そして定年後は半年は東京、半年はパリという優雅な生活を送られている。 その間、モスコー駐在の時には、ソビエト崩壊に遭遇という、特派員としてはまたとない幸運に恵まれる。 其の時の経験をご夫人が、主婦の目線で綴られたのがこの「岩波同時代ライブラリー」である。 70年続いた共産国家の崩壊の有様が、一般市民の生き様を通じて生々しく描かれている。 圧巻は後半の八月革命の下りである。 ゴルバチョフの失脚とエルチンの台頭。あの戦車に飛び乗り反乱軍を押さえ込んだエルチンの勇姿は、未だに僕の目に鮮やかである。 幸いクーデターは失敗に終わり,反乱は3日で終結した。 これは下手をすれば民主勢力の敗退と、共産党とKGBの恐怖独裁政治に逆戻りもあり得た大事件だったのだ。 それを食い止めたのは、エルチンのパーフォーマンスもあるが、自由に目覚めた一般市民の命をかけた反抗にあったと著者は述べている。 この大事件も我々にとっては、少なくも僕の受け止め方は、他国の一争乱にすぎなかったことを今改めて反省している。 自国のことしか目が行かない島国根性かも知れない。 だがそれだけでなく、ちょうど今、我が国では全国民が政治の荒廃を嘆き、原発と来るべき大震災の恐怖におののいているように、それぞれの国の国民が、何時も其の国固有の大問題で手一杯ということもあるだろう。 どの国も問題を抱えていること、だが自国の問題は他国にとっては関心が持てないということを改めて認めた上で、ちょっと上から世界の国々を俯瞰し、 どの国の問題も同じレベルに並べる、言わば「複眼視」が持てないものかと考える。 其の国の問題を理解するには、其の国の市民の立場に自分の身をおくことが最も有効ではないだろうか。 其の意味で「主婦の目線」がいかに問題の本質と其の普遍性を焙り出すのに有効か、改めて考えさせられた。
神戸大学の田原教授の退官記念パーティに参加したついでに、神戸市立博物館で開催中の「南蛮美術の光と陰」をのぞいてきた。
![]() 池長孟という篤志家のすばらしいコレクションが中心である。 そのコレクションの歴史的意義はさておいて、28聖人の殉教の図絵や、踏み絵の実物を初めて目にし、僕は複雑な気持ちになった。 かつては信仰を守ることが命がけな時代があった。 そして今、信仰の自由が当たり前になって、かえって人は信仰を失いつつある。 弾圧を受ければ信仰はかえって強いものになる、という一面もあるだろう。 また、ザビエルが言っているように、物質的に貧しければ人はより精神的なよりどころを求めるようになる。 物質的な繁栄に酔いしれた現代人が神からはなれていくのも当然かも知れない。 さらに言えば現代人はそろそろ「唯物論」という迷信から解放される必要があるのではないか。
このところ、祝賀会や記念パーティが続く。
今日は神戸大学の田原教授の退官記念パーティ。 教授のお人柄を反映し、豪華だが和やかな会であった。 ![]() こういう時、誰もが迷うのは、どう挨拶すべきかである。 具体的には、おめでとうか、ご苦労様か、いや本当はまだ現職に未練があるなら御愁傷様か、など、当人の気持ちは様々でありうるからだ。 ま、来賓の挨拶を聞いていると、その辺は曖昧に、当人の功績をたたえ、これからの活躍も期待するような表現が大勢を占めるようだ。 皮肉な奴だと、そいつがいなくなってみんな喜んでるから、祝辞でいいんだというが、これは僕の場合には当てはまったかも知れない。 だが、医者の場合は教職にあっても定年は曖昧である。その後、関連の市中病院の院長など、70代まで歴任することが多いからだ。ま、これも一種の天下りの渡り鳥と言われてもしょうがないが。 まして開業医の場合は一種の自由業なので、定年は存在しない。 この辺が一般のサラリーマンと違うので、アンチエイジングで定年後の生き方を論ずるときに、十束ひとからげに出来ない難しさがある。 ![]() ”川上先生、「心のアンチエイジング」御出版おめでとうございます。 先生は僕にとって同僚で恩師。 20数年を北里で御一緒に過ごし、最後の数年はメスを捨てて、僕は先生に弟子入りをしたことを思い出します。 素晴らしい御本ですね。 頭をがんと殴られた感じ。 失礼ながらこれまで僕は先生を只の「塩基配列の塊」ととらえていた。 どうして、どうして・・・ここに展開されているのは、ご自身の豊かな心の世界。 路傍の花に生命の不思議を見いだし、 一転、宇宙のビッグバンから生命の誕生。 そして分子生物学の超ミクロ世界へ。 そして「体のアンチエイジング」へと行き着く。 そこからさらに「心のアンチエイジングの高み」へと誘う。 そして最後は「神とは何か」の問いかけで終わります。 あえて言えば、デジタルからアナログへの見事な回帰。 ジャック・モノーの「偶然と必然」を思わせるものがあります。 これほど深い「アンチエイジングの考察」をみたことがありません、僕自身の著書も含め。 僕はその対局の、言わば上っ面の「見た目のアンチエイジング」に血道をあげています。 でもそのどちらも大切。 これからまた、昔のようにご一緒に手を携えて、残り少ない人生を歩みましょう。 最後に、自分の宣伝を少し。 明日の夜、「世界で一番受けたい授業」に登場します。 話題は「体のたるみ」 ご笑覧のほどを。” というのが、今夕、川上先生の出版記念会で僕が差し上げた祝辞である。
今日は新入社員の研修の一環として、「アンチエイジングのレクチャー」を行った。
総勢19名。皆実に生きがいい。 反応もてきぱきとし、レクチャーをしても楽しかった。 これからの成長が楽しみである。 ![]()
分子生物学の大家、川上名誉教授が本を出された。
題して「心のアンチエイジング」 教授は北里大学で20数年をともにした同僚であり、僕の恩師でもある。というのは実は僕は定年間際に弟子入りし、学生と一緒に分子生物学の実習をさせていただいたからである。 ![]() さすが分子生物学の大家である。 生命の不可思議から説き起こし、ご自分の経験、感慨を交えながらアンチエイジングを解き明かし、最後は宗教観まで展開される。 あまりにも即物的な「体のアンチエイジング」にのめり込んでいる今の抗加齢医師たちに対して、時宜を得た頂門の一針と言えよう。 序文で教授は喝破される、 「体の老化は止めづらい。しかし心の老いは止められるのだから。」
「陳清波」といえば、僕のようなゴルフと縁なき衆生でもお名前を存じている名ゴルファーである。
その陳清波さんと、ゴルフダイジェストの企画で、対談をさせていただいた。 そのお話をいただいたとき,”僕はゴルフは出来ないのですが“とご辞退したが、”いえ、ゴルファーが「お若ですねといわせる」為には・・・という視点でお話くだされば”と、僕の近著のタイトルを引用した編集孃に乗せられてしまったのである。 お会いしてみると、僕と同い年というのに、遥かにお若く見える。しかも運動と無縁にきた僕と違い、いかにも精悍である。 しかもお話を聞くと、そのライフスタイルは、僕が「お若いですねといわせよう」で提唱しているアンチエイジングなライフスタイルそのものである。 考えてみれば、ゴルファーは青空のもと、芝のカーペットの上をのびのびと歩き回り、全身の筋肉も使い、しかもプロとなれば、スコアの為に食事も配慮し、生活も節制にこれ努める。 ゴルフを軸とした生活はアンチエイジングにならざるを得ない。 アンチエイジングの医師としては“何もいうことはないですな“と申し上げると、”どうです、先生も始められたら”と迫られて、たじたじとなった。 “80歳? 今からでも決して遅くないですよ“ととどめを刺された。 「今からでも遅くはない」は、僕のアンチエイジングのモットーの大切な一つだからである。
マックエアと格闘しながらブログを綴っている。
今日は学習院のアンチエイジング・セミナー。今年の第一回目。 滑り出しは上々。フォトをご覧ください。 ここまで操作するだけで、くたくたになりました。 ![]()
僕が医学部を出たときには、日本にはまだ形成外科が存在していなかったことは以前書いた通り。
8年後に帰国したときは既に日本形成外科学会が設立され、2、3の大学で形成外科が診療班として活躍をスタートさせていた。 同じように、僕の留守中に日本で初めて導入されたものとして、ピザを忘れてはならない。 今の、イタリアン・ブームを思うと嘘みたいだが、昭和39年に帰国したときは、飯倉のニコラスが日本初のピザ屋として評判になっていた。 当時本格的なイタリアンは材木町のアントニオぐらいだったと思う。 その後リストランテとしてキアンティが誕生し、一つの文化現象となり、ピザも石焼釜や宅配も人気を呼ぶようになった。 そして今食べようとしているのは、麻布の国際文化会館の作品で、僕の見立てでは東京で一押しのピザである。 ![]()
マックエアを衝動買いしてしまった。
それも昨日のことである。 これにはちょっと悲しい事情があるが今は触れたくない。 まだ操作に慣れるのに必死だが、具合は上々。 実は僕は、日本最初のマックを持っている。 あの頃はNECの98が主流だったが、電通でマックのPR担当をさせられた友人にそそのかされて、初めてのパソコンにマックを選んでしまったのだ。 あの頃のマックは、今と比べると新幹線と人力車ほどの差があり、日本語の対応も不十分で、パソコンそのものからしばらく離れてしまったが、ここ10数年はウィンドウのお世話になってきた。 それが、去年暮れから使い始めたiPadとの相性がよいということで、銀座のクリニックの隣のアップルストアに足を踏み入れたのが運の尽きだった。 なるほど、初代のマックに比べると雲泥の差である。 使うのが楽しくなる。 しかも値段は10万ちょっと。 ちなみに僕の初代マックは200万円で、数年の月賦で買った覚えがある。 今は骨董品の価値が出てきたというが、元は取れないだろう。
今日は大原易子女史のアルト・リサイタルだった。
夫君は僕の朋友の皮膚科の医師で、虎ノ門病院の皮膚科部長、副院長をこの三月無事勤め上げられたところである。 易子夫人は、今でもウィーンにレッスンをうけ、2,3年ごとにリサイタルを開かれる。 このような名歌手を細君に持つというのはどんな気分か、いささか羨ましく思う。 ところで芸術家は長生きというのが僕の持論である。 感性で生き、社会の規範と別の次元で暮らすからというほかに、ことに声楽家は、深呼吸で身体の隅々まで酸素を行き渡らすからといったら、あまりにも即物的だろうか。 我々はユウゲニズムで名高い岡田謙三画伯と親しかった。 “日がくれたら寝床に入り、日が昇れば起きる事にしている”といわれ、なるほどと思った。 また、横山大観画伯は「米のエキス」(日本酒のこと)を主食とし、89歳まで活躍されたことはよく知られている。 芸術家のこの気ままさがアンチエイジングに通ずる道だろう。 さて大原君はゴルフの名手である。 彼は二冊の予定帳を持ち歩き、仕事の話を頼むと、一冊を開いて、いや、残念だがずっと詰まっているので、という。 が、ゴルフの話になると、今ひとつの予定帳を覗き、ア、ちょうどあいてるとおっしゃる。 これもアンチエイジングな生き方かもしれない。
「成城学園」は変貌した。
成城学園は配偶者の育った街である。 僕の育った下北沢も若者に人気の街になったが、昔ながらに雑然としている。が、今日、久しぶりに訪れた「成城学園」はより垢抜けた街になっていた。 ![]() 学生時代、我々は毎日のように下北沢と成城学園を行き来していた。 これなら、いっそいっそ、居をともにした方が効率がよいのではとニューヨークに移り住んだのが、我々の結婚のいきさつである。 ![]() 昔はなかったが、今成城には「椿」という人気のトンカツ屋さんがある。 今日は成城のはずれに住む次男の嫁さんと町を散策し、「椿」で夕食をとった。 配偶者にとって成城は、いつまでも懐かしい街のようである。育った街が懐かしめるのはうらやましくもある。 何故か僕は下北沢にあまり愛着がない。 いささか寂しいことではあるが。
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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