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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
日比谷高校
エリート教育とは何か、今僕は真剣に考えている。

ナポレオンを破った軍人ウェリントン公が“ワーテルローの戦いはイートン校の運動場で勝ち取られた”と言ったのはよく知られた話だが、誰にとっても大学前の中学、高校の期間は、人間形成のもっとも重要な時期であり、年とともに懐かしさを増す。

学閥を軽視し、あえて学歴を人物評価から外してきた僕でも、わが母校が凋落し、また消滅してしまったことは、いささかの寂しさを覚えるのは許されるだろう。
すなわち、日比谷高校と名前をかえて存続した都立一中は衰退し、旧制一高は廃校になり、僕としては懐かしむべき母校を喪失した感を持ち続けてきた。
大した教養もなく、けちな人格の僕だが、今があるのはやはり母校のおかげだとこの頃になってあらためて感謝している。

エリート校という言葉を僕は嫌ってきた。
だが、いま日本が必要としているのは新のエリート教育であり、その中にはリーダー教育もふくまれる。
人間は権利は平等に持っている。だが、その資質はさまざまであり、その資質を生かすも殺すも教育だからだ、

「名門復活 日比谷高校…奇跡の学校改革はなぜ成功したか」
を読み終えて、これからの日本の教育について、さまざまな思いが込み上げてきた。
名門という言葉は僕の好むところではないが。
著者は教育ジャーナリストの鈴木隆祐と日比谷高校校長長沢直美臣である。

東京都の公立高校を破滅させたのは学校群制度だということはよく知られている。
著者等によれば、これを導入したのは「1967年当時の教育長である小尾虎雄という人物」だそうだ。
何が憎くて、公立高校を破壊しようとしたか、僕にはよく分からない。
かつての日比谷高校イートンほどではないにせよ、文武両道を重んじ、自由闊達な気風がみなぎっていた。決してただの受験校ではなかったといいたい。

とまれ、長沢校長はこの現状を打破し、全人教育を確立しようと果敢に改革を試みてきたという。
その理念は
「日比谷高校の改革は、独自の学校文化を含めた個々の都立高の個性化を成さしめ、真に達成する」ことにあるという。

つまりすべての学校が受験校の呪縛から解放され、国公立、私立を問わず独自の路線を追求して、“志ある若者”を育てようということと僕は解釈する。
そのために日比谷高校が一石を投じようとするならば、ぼくもOBの一人としてひと肌脱ぎたいと思う。
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by n_shioya | 2009-03-28 00:02 | コーヒーブレーク | Comments(20)
Commented by 御隠居@横町 at 2009-03-28 10:43 x
イギリスって、生まれた時に学校決まってるところがありますからねえ。
(いやな言葉だけど)上流階級に生まれてくると、行く学校からして、最初から違う。
よく日本も階級社会になるなんてこと言う人がいるけど、そんなことはありえないとわたしは思います。
日本の場合、学校のよしあしたって、学力、もっと言えば試験のできに過ぎないけど、英米(他の国もたいてい)では家柄で学校が決まったりね。
非常にリベラルな人でも、「あの学校はworking classの学校」なんてなにげなく言うくらいです。
イートンはいちばん有名ですけど、今でも「寒さと飢えで鍛える」と、寮には暖房なし、毛布一枚で寝る、朝から運動して冷たい水のシャワー、食事は最低限なのでしょうか。日本から子供をイートンに行かせようとした親で、こういう状況を見て断念したケースがたくさんあったと聞きます。
まあ、こういうのが全人教育なのでしょうが。
そりゃ、寒さと飢えで鍛えれば戦争には強いでしょう。
平和の世の教育・学校がどういうのがいいかは難しいですね。
Commented at 2009-03-28 13:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 船長 at 2009-03-28 13:40 x
破滅させられた没個性の教育の中で育った世代としては
確かに偏差値傾倒、口先だけの文武両道、名に実が伴わない有名校出身者に
がっかりすること度々です
むしろドロップアウト組と白い目で見られた経験がある友人知人の方が
よほど魅力的な人物になっている
そして、心ある人は同じ教育の道を通りながらそのおかしさに気づいて
子育てに参加している気がします
そして今の若者の方が更にその矛盾にはっきり気づいていると思います
いろいろな世代が参加する形で変革が行われなければいけないと思うのですが・・・。
Commented by n_shioya at 2009-03-29 00:08
御隠居@横町さん:
イギリスの男性が女性に対し不器用なのは、パブリックスクールのせいだという見方もあるようです。
Commented by n_shioya at 2009-03-29 00:09
3号 さん:
ダンケ!
Commented by n_shioya at 2009-03-29 00:10
船長さん;
子供のほうが曇りない眼で、鋭く大人を見ていますね。
Commented by 御隠居@横町 at 2009-03-29 22:30 x
英王室で離婚が相次いだ時、「あれは男性がパブリックスクールに入れられ、思春期に十分に女性と接しないからだ」と言われてました。
日本でも中高一貫男子校から大学に来た人たちは、最初のうちは女性とのつきあいに戸惑ってましたね。
Commented by n_shioya at 2009-03-30 21:40
御隠居@横町さん:
その話は僕も聞いたことがあります。
Commented by kumapoo at 2009-04-11 12:37 x
千代田区の公立中学に通っていた者です。
僕の時代にはすでに、日比谷高校の凋落は凄まじかったというか、担任先生は私立を勧めていましたが、、、。(僕はそこそこ有名な進学校に行きましたが、周りと比較すると落ちこぼれ)

当時の僕の周りの大人からは、日比谷は凄まじいエリート中のエリートという感覚で捉えていたようです。(開成や麻布とかは比較にならないくらい)

ですので、僕の中学は日比谷を受けるために、越境する宿命を負った生徒が普通に見受けられました。

Commented by kumapoo at 2009-04-11 12:37 x
中学の先生は日比谷高校出身の社会の先生でしたが、事あるたびに、日比谷高校の凄さと、千代田区の中学出身の日比谷高校の同級生がどれだけ東大に行って、おまえらもその自覚を持ちなさい!とさんざん言われました。

確かに中学の先輩で日比谷行かれた方々は、今の進学高の生徒のエリートとかは比較にならないくらいのスーパーエリートだと僕は理解しています。

そんなかつての日比谷のエリートは今の高校では実現できないのではと思う次第です。(それがいいことなのか、悪いことなのかの議論はおいといて)

でも、かつての日比谷復活して欲しいなと密かに願っています。

というか、塩谷さんの年代の日比谷は、、、恐れ入ります。
天才の集まりだったと想像できます。

おじゃましました。
Commented by juinin at 2009-06-02 18:59 x
>学閥を軽視し、あえて学歴を人物評価から外してきた僕でも、わが母校>が凋落し、また消滅してしまったことは、いささかの寂しさを覚えるのは>許されるだろう。

>すなわち、日比谷高校と名前をかえて存続した都立一中は衰退し、旧>制一高は廃校になり、僕としては懐かしむべき母校を喪失した感を持ち>続けてきた。

この前後の文章は見ようによっては矛盾してませんか?
Commented by n_shioya at 2009-06-02 23:15
juinin さん:
矛盾した気持ちをくみ取っていただければ幸いです。
Commented by n_shioya at 2009-06-02 23:18
kumapooさん:
いい意味でのエリート教育は必要かもしれません。
価値判断を抜きにして、また教育の意義を認める立場で。
Commented by 日比谷高校受験希望者保護者 at 2009-07-23 17:45 x
いい意味でのエリート教育は大いに必要ですよね。
塩谷さんのような素晴らしい卒業生が、一肌脱いで下さるならば、
超エリートを輩出した、かっての日比谷高校復活は実現する、と思います。
Commented by n_shioya at 2009-07-24 23:41
日比谷高校受験希望者保護者さん:
はい、及ばずながら頑張ります。
Commented by juinin at 2009-09-13 21:07 x
>わが母校が凋落し、また消滅してしまったことは

ケチをつけるつもりは毛頭ありませんが、気になったのでまた一言。
日比谷高校自体は現に存続してますが、こういった考え方こそが、日比谷凋落(つまり東大合格者数ですが)の一因だったと改めて思うのですが。

東大合格者数こそが日比谷高の宿命だから、こうした思いになるのは致し方ないから、個々人を責めるつもりは勿論ありませんが。


Commented by n_shioya at 2009-09-17 09:26
juininさん:
いろいろ矛盾した思いを書き連ねていることはお許しください。
一つ付け加えますと、都立一中は決して受験校ではなかった、いや、あのころはまだ受験校という観念が存在していなかった。
それが学制改革で旧制高校が消え、都立一中が日比谷高校に昇格した時点で、都立一中が消えたという感慨も混じっていますもので。
Commented by hibiya_OB at 2011-03-06 14:28 x
いまさらながら、ですが日比谷OBの者です
少し思うところがあったのでだいぶ前の記事ですがコメントさせていただきました

今の日比谷高校はエリート教育…というよりは受験よりまず教養
といったスタイルをとっています

具体的には理科は物理化学生物地学、社会は日本史世界史地理倫理政経と他の高校ではここまでやらないという科目までやっています
(1~2年次にこれらの基礎的な部分を一通りやり三年次に受験に必要な科目を選択して二次試験で使う範囲までやる。)

日比谷高校は都立一の進学校!という意識は生徒にも教員にもありますが教員の中には塾・予備校に対する反感を持つものも少なくありません…

受験勉強ばっかやってりゃいいってもんじゃない!という感じなのでしょうね

何よりクラスは文理別やレベル別といった分け方は三年間一切しません
むしろ1年→2年のときにあるクラス分けでは学力が均等になるように分けているそうです
(2→3年次はクラス替えなし)
Commented by hibiya_OB at 2011-03-06 14:28 x


>かつての日比谷高校はイートンほどではないにせよ、文武両道を重んじ、自由闊達な気風がみなぎっていた。
とありますが今はその校風が戻ってきている気がします
(もっとも校長が長澤先生から変わってからは締め付けが厳しくなったらしいですが)

僕の世代には個人でIHでた人もいましたし今東大の野球部に一年ピッチャーながらプロに注目されてる本格派の人もいます
なにより僕が在学中に感じたのは「勉強以外の面で何か(変な方向に)秀でてる人が多い」というこてです
みんな口をそろえて「うちの学校は普通な人が変人にみえるくらい変人の集まりだ」といってましたし(笑)

東大に進学した人のほとんどは部活動に励んでる人ばかりでまさに文武両道でリベラル(?)な校風だと感じてました


ただ一方で医学部志望の人はだいぶ少なかった気がします
なので塩谷さんをはじめとする日比谷OBの医学関係の方には一石投じていただきたいものです

長々と古い記事に失礼しました
Commented by 落ちこぼれ@山梨県 at 2012-04-23 18:12 x
>「1967年当時の教育長である小尾虎雄という人物」だそうだ。
何が憎くて、公立高校を破壊しようとしたか、僕にはよく分からない。

何事もナンバーワンという存在は憧れも反発も受けやすいのです。
小尾乕雄氏の経歴を見てみると長野県(山梨県?)で、諏訪中学、文理科大学。
地方出身者としてはすごい出世です。
でも、東京では何と言っても府立一中(日比谷)、一高、東大です。
教育長としては面白くなかったことでしょう。
氏が東大卒だったら、学校群はなかったと思います。

いずれにしても、公立高校を劣化させ、安価で良質な教育の機会を子供たちから奪ったという事実は否定できません。
学校群制度は日本の教育の衰退を招き、現在の日本のていたらくをもたらしたと思います。


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