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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
モーツァルトの夕べ
きょうはN饗の定期演奏。
アンドレ・プレヴィンの指揮で、プラハ、39番そしてト短調とオール・モーツァルトプログラム
モーツァルトの曲はすべて、美しさと背中合わせに死の影を感ずると誰かが言っていたが、同時に最高の癒しの音楽でもある、特に今宵は。

僕には横浜市大から北里大学時代を含め、25年ほど一緒に仕事をしてきた助教授がいた。
偏執狂的な自己中が多い形成外科医の中で、(もちろん僕もその筆頭であるが)異色の形成外科医だった。つまり珍しいほどバランスがとれて、まっとうな男だということだ。
彼は講師の時代に、過労も原因で腎不全となり、完全透析に入る。
その時主治医に、5年は保証しますが、と言われたのが心に残っている。
つまり透析の初期の時代で、まだ長期のフォローがなく、5年以上は保証できないということの裏返しだ。

彼を助教授に昇格させようとした時、学部長からは強い反対を受けた。透析患者に助教授のような激務は務まらないというのである。
だが、僕には彼が絶対必要だと、強硬に主張し認めてもらった。
彼はその任を立派に果たしてくれたが、ある時“助教授を5年やると気が狂うと世間では言いますよ”と、彼に笑顔でからかわれたのを思い出す。

また、誠に男らしくがまん強く、一切不満をもらすことがなく、“透析患者は自殺する人が多いそうですよ”などと自分で漏らすユーモアのセンスも失うことがなかった。

だが、やがて透析の合併症、骨粗しょう症で悩むことになる。腰椎も次いで頸椎もぐしゃぐしゃになり、手術による固定が必要になった。繰り返す手術についに関東ではもう、手をつける勇気のある医者がいなくなった。
そこで彼は自分で京都に勇気ある医師を探し出し、何度も京都の病院に入院して、手術を繰り返し受けてきた。

もうこれ以上は無理、という事態になって、家族は彼を古巣の北里大学に移したのが数か月前。
その後容体は徐々に悪化し、今朝6時、ついに彼の闘病生活に終止符がうたれたとの知らせがあった。
透析を続けること30年余。
本当によく頑張ったね、伊藤正嗣君。
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by n_shioya | 2009-10-29 23:07 | コーヒーブレーク | Comments(5)
Commented by Doc.K at 2009-10-30 00:13 x
心からご冥福を祈ります。
1973年透析開始でのこの35年間、想像を絶する彼の頑張りがありました。 HPMもない、ESAもない、透析液の清浄化もしていない、ないないづくめの当初の透析医療で維持透析をなさりながら臨床医として、助教授としても立派に役目をこなしていた伊藤先生にはただただ頭が下がります(HPM:高性能膜、ESA;造血剤)。透析仲間にも明るい希望を与えてくれていたことを思い出します。 塩谷教授の彼に対する配慮・思いやりもとても素敵でした。(元主治医より)

Commented at 2009-10-30 07:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 船長 at 2009-10-30 07:46 x
友人で透析専門のクリニックに勤めている医師がいます。
お互い仕事の話をあまりしたことがなかったのですが、いつだったか
「絶望感からなのか患者さんからひどく当たり散らされ落ち込むことも多いのよ」
と話してもらったことがありました。
「医師として一体自分は何をできているんだろう…ともね」と。
その言葉で初めて、知識ではない透析についての実感がわいたのでした。
笑顔とユーモアを忘れない35年もの長きに渡る闘病生活、想像を絶しています。心からご冥福をお祈り申し上げます。
Commented by n_shioya at 2009-10-30 15:01
Doc.K さん:
本当の先生にはお世話になりました。
あらためて御礼申し上げます。
Commented by n_shioya at 2009-10-30 15:03
船長さん:
コメントありがとうございます。
必ずや彼は天国で温かく迎えられたでしょう。


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