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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
故郷でのアンチエイジング
今日は世田谷区民会館でアンチエイジングの話をさせていただいた。
40人ほどだったろうか、女性が大半だったが皆さん熱心に聞いてくださったと思う。
僕もかつては世田谷の住民だった。

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50年ぶりに下北沢、豪徳寺の当たりを車で回り、その変容ぶりに驚かされた。
それだけこちらも年をとったということか。

すでに書いたかもしれないが、僕は生れは渋谷である。
幼稚園の頃世田谷代田に引っ越し、大学卒業してアメリカに留学するまで20年ほどは世田谷に住んでいた。
住まいは丁度下北沢と三軒茶屋の間、丁度茶沢通りの下北沢よりのところにあった。

引っ越しの理由はこうだ。
親父のクリニックは澁谷の宮益坂を青山学院に向けて上る途中を、左に入ったところにあった。
住まいの半分がクリニックで、左隣が昔の女給さんのいるカフェ、右隣がビリヤードだった。
ということは、幼稚園の頃まで年中カフェの女給さんに玉突き場で遊んでもらいながら、草食系男子として育った。

b0084241_1921276.jpgこれも前に書いたことだが、おふくろは今はやりの「ママゴン」のはしり、超教育ママだった。
これでは教育上よろしくないと、孟母の三選ではないが、クリニックから住まいだけ移すことにして、家族は世田谷の住民になったのである。

あの頃はこのあたりは全くの郊外というか、田舎に近かった。
下北沢も百メートルほどの商店街があるだけ。三軒茶屋などは字(アザ)三軒茶屋といった風情で、三叉路にラーメン屋が一軒、そして焼き鳥の屋台がある程度だった。
今は何線というのか、そのころは玉川電車、通称「玉電」という路面電車がのどかに走っていた。

今回の講演前に会館の周りをうぶらつくと、昔の「玉電」の緑の車両が会館の庭に展示されているのがひどく懐かしかった。
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by n_shioya | 2010-02-19 23:41 | アンチエイジング | Comments(4)
Commented by silku928 at 2010-02-21 01:09
とってもいいお話ですね!
先生のルーツ、世田谷の景色がうっすらと。。。
カフェにビリヤード...素敵な大人の女性に囲まれ、
感受性豊かな空想好き?の、優しいお茶目な少年の姿が浮かびます。
特に、「ママゴン」、最高でした!!
Commented by 船長 at 2010-02-21 01:49 x
私の知っている下北沢、三軒茶屋とは本当に違ったのですね
今もあちこちの街が変わっていくのを見ると「あ~子供達は私の知らない街で暮らしてる…」と妙な気分になることがあります
Commented by n_shioya at 2010-02-21 20:04
silku928 さん:
いまだに懐かしいのは、日が暮れると道玄坂にずらっと立ち並んだ夜店です。
七味唐辛子、マムシ、古本屋などなど毎晩飽かず覗き見したものです。
Commented by n_shioya at 2010-02-21 20:05
船長さん:
昔あって今ないものは、原っぱです。日が暮れるまで遊びまわった・・・
今の子供は本当にに気の毒。


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