ウーマンエキサイト ガルボ Exciteホーム | Woman.excite | Garboトップ | Womanサイトマップ
ガルボウーマンエキサイト
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
日本初の「第九」演奏会
ベートーベンの第九はもはや日本の年末に欠かせぬ音楽イベントとなり、クリスマスから大晦日にかけては、日本中がシラーの「歓喜の歌」の合唱で溢れるといっても過言ではない。
其の第九の日本での発祥が四国の徳島とは知らなかった。

今日、徳島での日本形成外科学会を終えて、会場から「徳島阿波踊り空港」までタクシーを頼むと、
“出発便までちょっと時間があるから、ドイツ村にお寄りしましょうか“と運ちゃんが言う。
“ドイツ村?”
“ドイツ人の捕虜収容所があった村ですよ、この前の大戦のとき。”
“第一次大戦じゃないの?”
“いや、第二次大戦と聞いてますがね”。
運ちゃんは僕とあまり変わらぬ年かっこうである。だが、太平洋戦争では、日本とアメリカが一緒になってドイツと戦ったとでも勘違いしているようだ。
時の経つのは恐ろしい。
いや、徳島がそれだけ長閑なお国柄なのかもしれない。そう、今度初めて訪れてわかったが、人びとは暖かいし、魚も果物もうまい。
b0084241_22232932.jpg

ドイツ村で真相は判明した。
勿論、第一次大戦である。日本がドイツ領の青島を占領、多数のドイツ兵の捕虜を収容したのが、徳島の坂東という村だった。
彼らはそこに3年近く抑留される。
収容所長の松江大佐は会津藩の末裔で、武士道の鑑と言える人物であり、捕虜たちを人道的に扱い、敵であっても祖国のために戦った勇士として遇した。
捕虜の中には音楽の素養のあるものが何人もおり、収容所内でオーケストラを結成、ついには第九の演奏会までこぎつける。これが日本初の第九の演奏会となったという。
1918年6月1日のことである。
b0084241_2225932.jpg

楽器は自作でまにあわせたが、最も困ったのは合唱の女性のパートだった。
やむを得ず、男声用に譜面を改めたそうだ。
其の坂東村は今は大麻という町になり、収容所跡には立派なドイツ館が建てられ、当時の資料が展示されている。
また、この感動的なエピソードは、「バルトの楽園」として、5年前に日本映画になったことも、今回初めて知った。

日本軍というのは、天皇という土人の酋長の名において、自国民も死に追いやるキチガイ集団かと思っていたが、かつては武士道の名に恥じない存在であったと知ったのは、救いであった。
この震災を機に、日本を世界に誇れる国に再生させなければ、と柄にもなく決意した次第である。
[PR]
by n_shioya | 2011-04-14 22:25 | コーヒーブレーク | Comments(4)
Commented by 序破急 at 2011-04-15 00:03 x
映画の主人公が晩年住んでいた近所に、阿波出身の世界的著名な作曲家・三木稔氏が住んでます。理系に進もうと思っていたけれど、合唱を始めたことで音楽に転向し「日本のプッチーニ」と呼ばれるほどオペラを作りました。
Commented by miya at 2011-04-15 00:26 x
こんなエピソードもありますよ。「習志野収容所は一九一五年九月に開設され、最も多い時で約千人のドイツ・オーストリア兵を収容。収容所長には西郷隆盛の長男・寅太郎大佐が就任、その管理下では「武士の情け」からオーケストラ演奏が許され、捕虜たちは望郷の念を込めてオーストリアを代表するベートーベンのバイオリン協奏曲やモーツァルトの魔笛などを演奏したという。」
ちなみに捕虜達は本格的なソーセージ製法を日本人に教えたので、習志野は「日本のソーセージ発祥の地」だそうです。
Commented by n_shioya at 2011-04-15 23:05
序破急さん:
それは知りませんでした。ありがとうございます。
Commented by n_shioya at 2011-04-15 23:07
miya さん:
なるほど。
ドイツソーセージは僕の大好物です。
習志野にもっと敬意を払いましょう。


<< 体調とは? 中村修二氏の講演 >>


woman.excite TOPへ Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - 会社概要 - ヘルプ | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム