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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
チキン・カチャトレ
空から見るオルバニーはがっくりくるような“ド田舎”だった.
ハドソン川のへりにチョチョっとビルが立ちならび,申し訳程度に回りを住宅街が取り囲んで,あとはもう唯の野っ原である.
その外れにすっと一筋,バリカンで刈り込んだようなランディング・ストリップがオルバニーの空港だった. ブルブルンと翼をふるわせて,僕の乗ったモホーク航空の双発のプロペラ機はその滑走路に着陸した.

空港には日本人が三人,出迎えに来てくれていた.
色の黒い背の高いのと,二人のチビが.
僕はお礼を言い,それぞれと握手をした.
「中村です,ようこそオルバニーへ」とよく徹るバリトンで、色黒が名乗った.
二人のチビは根本と浅井と言う名前だった.
中村先生の車に荷物を積み,我々は病院に向かった.古い,古い,おんぼろの車だった.ハドソンだったと思う.ナッシュ,スチュードベーカーなどと同様,半世紀も前に消え去った車の一つである.
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その夜は三人で歓迎会を開いてくれた. 「チプロ」というイタリヤ・レストランだった.
下町のイタリヤ移民の多い一角にある薄汚い二階屋で,がたぴし階段をのぼった板の間に粗末な椅子とテーブルがおかれ,我々だけで満員御礼となってしまった.
編んだ籠に包まれたキアンティの空き瓶が天井から一杯ぶら下がっている.
未だ日本でピザがはやる遙か昔である.イタリヤ料理といえばスパゲッティしか知らなかった僕は,アンティパスト,ミネストローネと次々に運ばれる皿にすっかり感激してしまった.
なかでも「チキン・カチャトレ」は女将が自慢するだけあって,舌が蕩けるような素晴らしさだった.
“中華料理とイタリヤ料理は汚い店に限る“,という僕の偏見は此の時以来のものである.

「ともかくアメリカのインターンと言うものは,」とキアンティで顔を真っ赤に染めて三人の先輩がかわるがわるにてぶち上げる. 「先ずはスタミナ,頭を使うことはねえ,そしてひたすら耐え忍ぶこと」.と根本先生. 「アメリカに残された唯一の奴隷制度だ.」と浅井先生が吐き出すように言う.
段々に心細くなって,ひたすら慣れぬキアンティを煽る.
「まああまり心配せんで,なんでも相談に来なさい」,と優しくバリトンで中村先生が慰めてくれた.
こうしてその後八年間,「チプロ」は僕がオルバニー留学中の八年間、もっとも足繁くかよった店の一つとなった.

中村先生は帰国後小倉の癌センターで外科部長として活躍されたが、十数年前お亡くなりになった.
根本先生はアメリカ女性と結婚し,ロズウェルパーク癌センターで乳癌の専門家として活躍を続けられたが、その後どうされたか.
浅井先生はやはりアメリカ女性と結婚したが,翌年自動車事故で亡くなられた.
そして「チプロ」は?

帰国後10年ほど発ってから,今度はジェット機も停まるようになったオルバニーを訪れた僕が,真先に駆けつけたのはその「チプロ」だった.
だが懐かしいあの猥雑なイタリヤ移民街からチプロは姿を消していた.
「あれはね」,と近所のイタリア人がそっと耳打ちしてくれた.「オルバニーで最も非衛生的な店だからって,市の御役人に閉鎖させられましたよ、」と。
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by n_shioya | 2013-03-09 21:36 | 食生活 | Comments(0)


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