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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
GWは横浜で
この30年、ゴールデン・ウィークを山で過ごさないことは無かったのに、未だ長時間の運転は、やっとコルセットから解放はされたばかりの腰にきついので、「山の休日」は諦めることにした。
だが、いったん諦めるとなぜかホットしたのも癪の種である。
年をとると思い通り行かぬことが増えていく。
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八ヶ岳の山麓に西武が開発した土地を求めたのはもう40年も前になる。
海抜1600メートルの山の中腹は蓮華つつじの群生で有名だった。
夏初めて訪れたときは一面のお花畑を淡い霧のベールがサーッとかすめていき、まさに天上の花園に迷い込んだ感じだった。
ここがあれば日本も我慢できる、僕は不遜にもそう思った。

アメリカから帰国してもう3,4年たつのに僕はまだ、ビザが取れ次第アメリカに戻ることか考えに無かった。
日本が性に合わなくて飛び出し、8年間アメリカでミスフィットに磨きのかかった男が、旧態然たる日本の医学界に馴染めるわけは無かった。
だが当時日本では形成外科医の数はまだ数えるほどで、患者のニーヅは痛いほど肌で感じていた。
また両親も帰国をことのほか喜んでいた。
だが、どうしても僕には日本に適応できる自信が無かった。
一つは帰国前の数ヶ月のキャンプ生活にあったとおもう。
荒削りのアメリカの大自然で蘇った「野生の呼び声」が、日本の都会では静かにしてくれなかった。
それが八ヶ岳の冷気に触れてスッと穏やかになった感じがした。

まずは土地を取得しても将来小屋を建てられるようになるとは思わなかった。
水場と便所だけ建てれば,後はテント生活をしてというつもりだったのが、幸い10年後に山小屋を建てるまでになった。
本当は毎週末通って自分で丸太小屋を立てるのが夢だったが。
山小屋はフルに活用した。
子供達も皆、いまでも八ヶ岳のない子供時代は考えられないといってくれる。

定年になったら居を山に移し、年間を通して山で暮らすつもりだったが、零下20〜30度という雪と寒さでは、高齢者の越冬は無理なことは分かった、例えいくら抗加齢に励んでも。
それでも正月だけは山で過ごすようにしてきたが、それも最近では億劫になったのも致し方ない。
と言う訳で、このGWを八ヶ岳で過ごすのは、入院中そして退院してからの夢だったのだが・・・
いっそ予報通り、これから天気が崩れてくれれば諦めがつくのだがなど、皆様には申し訳ない事を考えている。
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by n_shioya | 2013-05-01 20:51 | コーヒーブレーク | Comments(0)


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