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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
名前のない医学生
ソフトクリームの季節が来た。
あのコーンの上で白い渦を巻いているのを口にするたびに、僕はある男を思い出す。
名前のない医学生_b0084241_2111260.jpg

その男は医学部の4年間いつも階段教室の最前列の中央に陣取って、熱心にノートを取っていた。
いまのように長髪、スキンヘッドなんでもありの時代と違って、もじゃもじゃでも一応七三に分けていた頃に、癖毛なのか彼の髪は頭のてっ辺で渦を巻いてソフトクリームを思わせた。
いつでもエスケープできるよう階段教室の最後部に座るのを常とした僕が、その高みから内職の合間に黒板を見下ろすと、いつもソフトクリームの頭が目に入った。

ある昼休み、学級委員長の我妻君に呼び止められた。
“君、クラスの中に誰も名前を知らない男がいるのを知ってるかい?”
“そんな馬鹿な!”
午後の授業が始まると、階段教室の上から我妻君は最前列の男を指差して言った。“あいつだ。”
それはソフトクリームの頭であった。
“あいつなら・・・”といいかけて気がついた。僕も名前を知らない。
百人のクラスだが、名前を知らないやつはいくらもいる。お互いほとんど授業には出ないからだ。

我々はすぐ医学部事務室に行き、学籍簿を繰って彼の写真が無いことを確かめ、学部長に報告に言った。学部長は精神科の内村教授だった
卒業まで後数ヶ月、偽医者になられては困るからである。
内村学部長は言った。
“おおこの君ならよく知ってるよ、名前は知らんがね。ふむ、偽学生か。”
そして皮肉っぽく付け加えて下さった。
“だが今試験をすれば彼は君らよりずっといい点を取るね。”

学部長の許可をもらい、我々は彼を連行して、運転手つきの学部長車で彼の家に向かった。
父親は驚愕した。ある高校の校長だったのだ。
実は彼は旧制高校のとき入試に失敗し、厳格な父親に言い出せず、そのときから旧制高校の1年、新制教養学部2年そして医学部の最終学年まで計7年間、偽学生を続けていたのである。

いったい彼は今どうしているだろう。
「君たちより真面目な学生だった」と皮肉った医学部長の言葉を思い出し、複雑な思いを抱かずにはいられない。
もし彼が偽医者をやっていたら、かろうじて免許証を維持している一部の本物医師より、ずっとまともな医療を行っているのではないかと。

by n_shioya | 2013-06-09 21:11 | コーヒーブレーク | Comments(0)


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