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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
我疑う、ゆえに我あり
デカルトは近代哲学の祖らしいが、哲学を介さぬ僕は彼の名セリフ
「我思う、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」のありがたみはさっぱり分からない。
哲学者は分かりきったことを七面倒くさくする名人のようだ。
だからそれをもじって、イギリスの作家オルダス・ハックスレーが
「我糞をたれる、ゆえに我あり(カコ・エルゴ・スム)」
と喝破したと聞いて、ヤッタと快哉を叫んだものである。
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このところ、英米の諜報機関の暴露本やアメリカの帝国主義の暴走に関する著述など読みふけって、将来が暗澹となってきた。
だが、考えると歴史というものは官軍の歴史であり、真実という刺は抜かれ、勝者の都合に合わせたパッチワークと言えるだろう。

どうだろう、この辺で歴史を見なおしてみるのは。
日本史の場合は、第三者的というのは、外からの目で見直すこと。
世界史の場合は、どちらかというと現在の世界史は、白人中心のキリスト教、しかもプロテスタントの立場が勝った解釈が横行している。
これにもっとアメリカ大陸なら、先住民族の立場、そしてこれからの世界情勢を考えると、イスラムの立場等々を加味した本当の意味でのグローバルな世界史。
それにはまず、すべての定説を疑いの目で見直すこと。
いかにパッチワークが優れていても、必ずどこかほころびはあるはず。それを突破口に、自分の常識を最大限に働かしてみること。
その場合二つのことが基本になるだろう。
まず、人間の心の動きは基本的には、古今東西を通じて変わらないこと。
変わるのはその時代、時代の環境であり、その場に自分の身を置くことで、当時の人々の反応を推理すること。

こう考えると、歴史に限らず、医学、価値観、宗教すべて、既成の概念を一度疑いの篩にかけてみたくなる。
まず、すべてをまず疑ってみること。
次に自分の目で見ること。
そして自分の常識で判断すること。
デカルトにならって、
「我疑う、ゆえに我あり」
をこれからの僕のクレドとして。
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by n_shioya | 2014-08-30 20:49 | コーヒーブレーク | Comments(0)


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