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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
ハチ公と歩んだ八十年
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僕は渋谷の生まれ,育ったのは下北沢だが。
そのどちらも,若者の街として大変貌を遂げた。
そして渋谷のスクランブル交差点は,世界的な観光スポットだと言う。
開発は今も進んでいるが、ハチ公の行き場がまだ未定だそうだ。
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ハチ公の銅像は昭和9年,僕が三歳の時に建造された。僕は子守りの背中でハチ公とともに育ったと言える。
其の頃渋谷は田舎の,街とも言えない村のようなものだった。
舗装されてない道玄坂には夜店が立ち並んでいた。
七味唐辛子の店の隣は,蝮屋さん。
今でも瞼にその光景が浮かぶ。
その先は子供は見ちゃいけない筈のお店だが、何を展示していたか思い出せない。
なんか猟奇的な見せ物だったかもしれない。
見せ物と言えば,11月3日の明治記念日には代々木の練兵場が屋台で埋め尽くされ,見世物小屋も立ち並ぶ。
“イラハイ,イラハイ!お代は見てのお帰り!”という呼び込みの声が懐かしい。
宮益坂を青学に向けての左に入ったところ,美竹町に親父の診療所兼住まいがあった。隣が昔のカフェ、反対隣がビリヤード。何時も僕はカフェの女給さんに玉突き場で遊んでもらっていた。
これではイカンと孟母三遷ではないが、元祖教育ママが住まいを下北澤に移したのが6歳の時であった。
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by n_shioya | 2014-09-25 19:00 | コーヒーブレーク | Comments(0)


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