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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
若月さんが亡くなった。
巨星落つ。といっても大げさではないだろう。 佐久総合病院の名誉総長で享年94才。 日本の農村医学を立ち上げ、長野県を日本一の健康長寿県に仕上げた立役者である。 僕もずいぶんとお世話になった。 大学紛争以来だからもう40年以上になるか。 当時大学での研修をボイコットした若手医師たちが、医学教育の改革ののろしを上げ、青年医師連合(通称青医連)を結成し、日本の医療改革の拠点としたのが佐久病院だった。 僕も形成外科の普及もかねて、年に数回佐久病院を訪れ、青医連とけんかをし、若月節を聞かせていただいた。 昼から水代わりに焼酎をがぶ飲みされる大酒豪で、サク病院でなくサケ病院のほうが通りが良かった。 私は戦時中の転向左翼で、とよく自嘲気味に言われたが、かえってそういう人のほうが筋金入りのコミーだぞ、などとささやかれてもいた。 笑顔で話されていても、目は鋭く発想は若々しかったのを思い出す。 本性は万年文学青年とお見受けした。 赤のレッテルを貼られ、行き場所の無い先生に恩師が世話してくださった田舎の一診療所を、瞬く間に大学病院並みの医学センターにまで発展させたご苦労は大変なものだったろう。 ソ連が崩壊したときは本当にがっくりされていた。 共産主義の矛盾は先刻ご承知のはずである。だが、挫折しても捨てきれぬ若い頃の理想。そして半世紀たっての偶像の壊滅。複雑な胸中をお察しして、慰めの言葉もでなかった。 謹んでご冥福をお祈りします。
by n_shioya
| 2006-08-25 22:07
| コーヒーブレーク
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塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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