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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
失われた青春
あれから学校教育について考え続けている。
勿論何もまとまった結論がでたわけではない。
ただ思いつくままに書き連ねていく内に、何か明かりが見えてくるかも知れぬと言う淡い期待を持って書き始めている

いったいお前は何が言いたいのか?
もし教育がその人の持っている能力を引き出すことにあるならば、僕はやはり学校教育には不向きな人間であって、学校教育によってその能力を犠牲にさせられ、多少ともあった独創性もそぎ取られたような被害者意識から逃れられない。

もしやり直せたら?
そう、まず、そのときに興味を感ずることに、それだけに没頭してその時点での限界に達するまで、とことん追求すること。この習慣を小学校の時に会得しておく。
全く野放図と言う訳にも行かぬだろうから、せめて必須の教科は半分にし、残りは自由選択で一つのテーマに集中させる。
ただ凡百の知識を詰め込むより、一つでいいから自分で見つけた問題と徹底的に取り組み、何とか解決まで持っていくことが、長い目で見ればその過程で、又自発的な興味が刺激となって必要な知識もついてくるような気がする。

振り返ってみると、昔の中学はまだ余裕があった。
僕はそのとき興味がないものは完全に無視することにして、興味のあるものに専念した。
例え無視した科目で零点をとっても、興味を持った科目でそれをカバーしてしまう。
例えば好きな英語なら先ず自分の読みたい本を原書で格闘する、例えそれが大学レベルの本でも。すると文法だのスペルなどはその必要性が理解され自然に身につく。
生物も大学の教科書や副読本的なものを読み漁った。
化学もペットの一つで家の車庫の二階を改造して、実験室とし、試薬や試験管と遊んでいた、今の子がコンピューターゲームに熱中するように。
すると中学の教師が聞いてくる型どおりの質問より、もっともっと高度な疑問がわいてくる。その疑問に教師が答えられないのが又面白い。
ただどういうわけか物理は嫌いだった。社会、国語は完全にネグった。
つまりこんな片輪な生徒も、昔の中学は許容できたといえる。今にして思えばもっと片輪であるべきだった。

聖書の言葉に毒麦よい麦のたとえがあったようにおもう。初めから選別せずに、まず両方とも自然に伸ばせ、さもないとよい苗も育たないと。
まず疑問を感ずる心を持ち、その解決を追求する探究心。まず之が中心になければ。
之はただ学問だけではない、芸術運動も含め人間の営みすべてにいえることだろう。
ここで又、このごろお家の事情で途切れていた、ゴルフの中心感覚に話は戻ってしまいそうだ。

だが之を学校教育の現場で実現するには、教える側のキャパシティ、人員も含め、が要求される。
それがかなわぬから、学校教育は教える側の都合に合わせた、理想と程遠いシステムだといったのはそのことだ。
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by n_shioya | 2006-11-24 23:40 | コーヒーブレーク | Comments(0)


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