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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
カテゴリ:コーヒーブレーク( 1468 )
下界は猛暑
今日山から下りてきた。

山では夜はストーブをたいていたのに、下界はまだ猛暑である。
今夜はこれからクーラーをつけて、週末の美容皮膚科学会の準備をせにゃならぬ。

何たる落差!
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by n_shioya | 2006-08-17 22:46 | コーヒーブレーク | Comments(0)
変人の蛮行
やはりやってしまった、あの単細胞のナルシストが。
だが、賛成している人のほうが多いという。それも20台30台の若者たちだ。
経験がないとしても無知は恐ろしい。

あの男に近い方にこう尋ねたことがある。
“彼は外交音痴ですか”
答えはこうだった。
“先生、音痴というのは歌おうとして、音程を外してしまう人でしょう。”
これほど明快で痛烈な批判を聞いたことは無かった。

誤解の無いよう付け加えるが、僕はただ近隣諸国に気兼ねせよといってるのではない。
わが国のやり方が、片手で握手して、いま一方の手で平手打ちをしているようなものだからだ。
それ以前にいまだに加害者意識が欠如していることの愚かさと、あの狂気の世界とは無縁な平和ボケした若者の危うさが靖国問題をきっかけに浮き彫りにされてきたからである。

僕の結論は彼は生まれつきのギャンブラーである。議員バッジをつけた賭博師である。
それは許せる。だが僕が腹に据えかねるのは、徹底した議会無視である。
彼の頭にはディベートという観念は無い。ワンフレーズといえばとおりがいいが、質問ははぐらかし、まじめに答えようとしない問答無用の恥知らずである。
公約だ
冗談じゃない、公約なんて守らなくてもかまわんといったのはご自分じゃないですか。
これに関しての異常なこだわりは畢竟あるグループの票を気にしているだけじゃないの。

構造改革?構造破壊に過ぎないじゃないか、それも中途半端な。
壊したのは自分の出身以外の自民党の派閥すべて。そして出身派閥だけが醜く焼け太りした。

ま、誰が後を継いでも、この瓦礫の山整合性を与えるのは難事業だろう。

唯一つ、女性と金に関するスキャンダルが無かったことは賞賛すべきかもしれない。
だが、それとても国益とはあまり関係はなさそうだが。
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by n_shioya | 2006-08-15 21:59 | コーヒーブレーク | Comments(0)
父と子
今週は暑さも異常なら、交通渋滞も異常である。

普段なら一時間かせいぜい一時間半でつけるはずの相模原まで二時間もかかってしまい、約束の時間に大幅に遅れてしまった。
其の後、バーリントンハウス馬事公苑に向かったが、またまた大渋滞で二時間かかってしまった。
考えてみれば来週はお盆。其の前の都内のラッシュかもしれない。

馬事公苑の緑を見て、昔読んだルナールの短編を思い出した。
「公園を散歩してると、男が二人前を歩いていく。若い男と年配のと。ただ黙々と歩き続け二人の間には一言も会話がない。あれはきっと父親と息子に違いない。」
と言った文だったと思う。

僕と親父も似たようなものだった。
親父は元来語彙に乏しかった。
なんについても、阿呆だ、下らんの二種類ほどしかなかった。晩年外国旅行をするようになり、バンフやセントアンドリュースなど、名コースを回るようになると、初めて素晴らしいと言うのが語彙に加わるようになった。

親父は僕にゴルフをさせたがったが、僕は逃げ回った。だから僕は阿呆で下らん息子だった。
元来運動が苦手と言うこともあったが、ゴルフのお陰で家族は親父と顔を合わせることが殆どなかったので、僕はせめて休日ぐらいは家族と一緒に過ごしたかったからである。

子供たちも巣立って75歳のいま、あることがきっかけで一月ほど前から、ゴルフの練習を始めるようになり、親父のことを思い出すことしきりである。

100歳までは現役ゴルファー。毎週一回は熱海から一人で電車にのって、三島のゴルフ場に行き、ちゃんとワンラウンドして帰ってくる。
4年前の100歳の夏は、いまとおなじように猛暑が襲った。
其のときである、初めてハーフで帰ってきたのは。
そして“おい信幸、暑さが堪えるというのは俺も年かも知れん。”とのたまうて皆を呆れさせた。
自分でゴルフを始めて、改めて100歳の現役ゴルファーと言うことの意味を実感している。

だが其の直後である。マンションのエレベーターに倒れているのが見つかったのは。
残念ながらそれ以来療養生活に入ってしまった。

そのほか、玄米菜食、大気汚染への警鐘。親父は何時も阿呆で下らん人々の一歩も二歩も先を行っていた。

親父、あんたは偉かったよ、と言っても、高度の認知症の人間にはもう通じない。
だがもし通じるような状態だったら、やはり僕は口をつぐんでいるだろう。
ルナールの言うように、それが父と子の宿命のようだから。
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by n_shioya | 2006-08-10 23:47 | コーヒーブレーク | Comments(0)
ヒートアイランド
今山から降りてきたところ。

海抜1700メートルの山中でも摂氏25度を越え、村人は異常気象だと悲鳴を上げていた。
それが下界に戻ると34度。ガソリンが自然発火しそうな暑さである。

この写真は言うまでもなく、僕の山小屋ではない。
近くで西武が経営しているヒュッテという名のレストランで、東京の徳川邸を移転したもので、我が山小屋の近くにあり、しばしばコーヒーを飲みに来る。

去年だったか、テレビドラマの舞台になり人気を呼んでいる。
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by n_shioya | 2006-08-07 23:11 | コーヒーブレーク | Comments(0)
名前の無い男
b0084241_2240289.jpg盛夏。
昔はカキ氷の季節、いまはソフトクリームである。
コーンの上で白い渦を巻いているのを口にするたびに、僕はある男を思い出す。

その男は医学部の4年間いつも階段教室の最前列の中央に陣取って、熱心にノートを取っていた。
いまのように長髪、スキンヘッドなんでもありの時代と違って、もじゃもじゃでも一応七三に分けていた頃に、癖毛なのか彼の髪は頭のてっ辺で渦を巻いてソフトクリームを思わせた。
いつでもエスケープできるよう階段教室の最後部に座るのを常とした僕が、その高みから内職の合間に黒板を見下ろすと、いつもソフトクリームの頭が目に入った。

ある昼休み、学級委員長の我妻君に呼び止められた。
“君、クラスの中に誰も名前を知らない男がいるのを知ってるかい?”
“そんな馬鹿な!”
午後の授業が始まると、階段教室の上から我妻君は最前列の男を指差して言った。“あいつだ。”
それはソフトクリームの頭であった。
“あいつなら・・・”といいかけて気がついた。僕も名前を知らない。
百人のクラスだが、名前を知らないやつはいくらもいる。お互いほとんど授業には出ないからだ。

我々はすぐ医学部事務室に行き、学籍簿を繰って彼の写真が無いことを確かめ、学部長に報告に言った。学部長は精神科の内村教授だった
卒業まで後数ヶ月、偽医者になられては困るからである。
内村学部長は言った。
“おおこの君ならよく知ってるよ、名前は知らんがね。ふむ、偽学生か。”
そして皮肉っぽく付け加えて下さった。
“だが今試験をすれば彼は君らよりずっといい点を取るね。”

学部長の許可をもらい、我々は彼を連行して、運転手つきの学部長車で彼の家に向かった。
父親は驚愕した。ある高校の校長だったのだ。
実は彼は旧制高校のとき入試に失敗し、厳格な父親に言い出せず、そのときから旧制高校の1年、新制教養学部2年そして医学部の最終学年まで計7年間偽学生を続けていたのである。

いったい彼は今どうしているだろう。
医療ミスが続出するいま、君たちよりは成績はいいはずと皮肉った医学部長の言葉を思い出し、複雑な思いを抱かずにはいられない。

もし彼が偽医者をやっていたら、かろうじて免許証だけは持ってる一部の本物医師より、ずっとまともで安心な医療を行っているのではないかと。
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by n_shioya | 2006-08-06 22:05 | コーヒーブレーク | Comments(0)
ビアパーティ
今日は自称ブログの鬼としては許せぬチョンボをしてしまった

今夕、アンチエイジングを支えてくださっている方々をお招きして、外人記者クラブで開いたビアパーティが余りにも楽しく、おしゃべりに夢中になって、全員のフォトを撮り忘れてしまったのだ。

お開きになって半分ぐらい帰られてから気づき、そこは強力な助っ人恵里ちゃん(日本抗加齢学会事務局長)がとっさに全員集合!と号令をかけ、ともかくもこのような魅力的な記録を残すことが出来た。

ブログのプロになるには、まだまだ修行が必要なようだ。
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by n_shioya | 2006-07-27 23:48 | コーヒーブレーク | Comments(0)
二つの提案
昨日は時間の都合で中途で退席したが、その後も白熱した討議が展開したようである。

僕がいる間には以下のような議論があった。
まずわれわれの手で具体的に事を起こさねばならぬ。
ひとつは医療機関のミシュランの作成。
今ひとつはセコンドオピニオンの提供手段の検討。

どちらも一筋縄ではいかぬ難物である。
しかも前者は溢れるほど出版物等があるが、どれも本当に役立つものは無い。
これはお分かりのように、判断基準が難しいし、本当に役立つものなら、物議を醸し出すこと、必定だからだ。

とりあえずは僕の意見として、二つとも関連あるのである程度同時進行は必要だろう。ただわれわれでやれることは、人的にも資金面でも限度があるので、まず神奈川地区に限定して、しかも専門分野を一つか二つに絞込み、それをモデルケースとして一般にアピールすることから始めたらいかが、と申し上げてお先に失礼した。
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by n_shioya | 2006-07-23 17:56 | コーヒーブレーク | Comments(0)
白い巨塔
白い巨塔のリメークが人気を呼んでいると聞いて、暗澹となったのは前に書いたとおもう。
あれは40年前、医学部紛争に端を発した学園騒動の頃、封建的な日本の医学界に大胆なメスをいれ、話題になった作品である。
それが今、評判になるということは、極端に言えばこの40年間、わが国の医学教育そして医療制度は何も進歩していないということにもなる。

卒後教育を改善してほしい、という医学部卒業生たちの純粋な願望でスタートしたあの青医連、正式には青年医師連合の運動は、全学連の政治運動に巻き込まれて挫折し、医局という封建制度の牙城は更に強化され生き延びたからである。

このような思いを抱いているのは僕だけでは無いようで、今日は現状に危機感を抱く神奈川在住の現役、退役の医学部教授たちが中華料理をほほ張りながら、議論を交わした。
最近大学病院で続発する医療事故は、起こるべくして起こったもので、すでに日本の医療体制は崩壊寸前である、と叫ぶ若手の教授もおられた。

かって紛争の最中、ノンポリだが講義にも顔を出さない学生を呼び出し、お前、いい医者になりたくないのか、とどやしたときの彼の返答が忘れられない。
先生、日本にいい医者が必要ですか?”
皮肉でなくノンシャランに言い返され、僕は返す言葉が無かった。
以来、僕は医療改革などドンキホーテ的な行為からは遠ざかっていた。

だが、今日皆さんの熱っぽい議論を聞きながら、青医連に肩入れした40年前の思いが甦り、これはやはり何とかせにゃと心ならずも思い始めた。

焼けボックリに火がつくというのは、男女の間に限らないようである。
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by n_shioya | 2006-07-22 23:59 | コーヒーブレーク | Comments(1)
ブリュッフェンの“涙のパヴぁーヌ”が響いてくる。
このダウランドのリュートの名曲はリコーダーで聴いても素晴らしい。
そしてリコーダーの素朴な音色には癒しの力があるようだ。

今朝は不思議な夢で目が覚めてしばらくは泣き続けていた。
夢の記憶はおかしなもので、朝日で目覚めた脳細胞が追っかけるほどに、日の光を浴びたのようにサァーッと薄れていく。
そして支離滅裂なのも特徴だが・・・

二人で旅をしていた。どうも島巡りらしい、瀬戸内海かあるいは来年行こうと話し合っていたメインの海岸か?
他に同行者も居たようだが、途中で入れ替わったりして誰ともいえない。
最終的には新幹線で帰郷することになっていた。

島巡りのローカル線の、これが船でないのも変な話だが、終着駅のひとつ前で、チョッとここで降ろさせて。後で新幹線で合流するから、といって配偶者が車両を降りかけた。
何故?といぶかると、
“実はこの島の病院にいきたいの。調べたらここにいいお医者さんが居ると聞いたので。”という。
ああ、そうかあのなのか、と何故か僕にはすぐ解かった。
昔パリで手に入れたアイグナーのワインレッドの手提げを僕に預け、いづくえか消えていった。
幸いそこで目が覚めた。

朝の理性が目覚めた僕は、何故相談してくれなかったのだろうとひどく悲しかった。
また、何故見知らぬ病院で、と。
だが、その思いつめた気持ちもわかる気がして、なお悲しくなって泣きだしてしまった。
夢とは奇妙な体験である。
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by n_shioya | 2006-07-16 23:44 | コーヒーブレーク | Comments(0)
ネガティブシンキングの薦め
梅雨の最中で予報では雨のはずなのに、朝から快晴である。
これなら週末は晴れるかも、と脳天気に限りなく近い楽天家の配偶者ははしゃいでいる。

そんなことは無い、きっとザアザア降りになるよ、と言い返す。
ぼくは徹底した悲観論者である。
何をするにも失敗したときのことを考え、うじうじ心配し続ける。
旅行なども、数日前から新幹線や飛行機に乗り遅れるのでは、と心配ばかりして情緒不安定が続く。無事間に合ってもしっかり次の心配が控えている。

どうして僕はこうなんだろう、とまた悲観的になる。

僕の親父はすべてを肯定的に生きてきた、ポジティブシンキングの無類の信奉者である。
やはりこのポジティブシンキングの脅威から身を守るために、僕は幼児の頃からネガティブシンキングが習性となったのかもしれない。

親父の愛読書は”信念の魔術“という、おそらくこんな馬鹿なこと書くのはブッシュの同類項のアメリカ人しか居ないと思うが、結構評判になった本だった。
確固たる信念を持ってことにあたれば、何事でも成就するというのは、信仰のお題目としてはいいかもしれないが、日常の生活では地獄である。

失敗すればそれだけでなく、お前の信念が足りないからだとたたかれる。これはいわば二重の責め苦である。
弟が早死にしたのは親父の信念の魔術に押しつぶされたのだと、僕と同じく素直にひねくれている姉はいまだに信じている。

数日前、親父がお世話になったゴルフダイジェストの方が見え、ゴルフとアンチエイジングという本を書いてほしいという。
だけど僕はゴルフはしたことがないんですよ、と申し上げると、
そこなんですよ先生。だからこれからゴルフをお始めになってくださいよ。高齢初心者にうってつけのプロをご紹介します。と丸め込まれてしまった。
とその方の代理人がクリニックに見えたのが三日前である。

たまたまかもしれないが、その日になると不整脈が頻発し、上符院長が心配してまず精密検査を受けてください、とゴルフ練習は先延ばしにして、聖路加で心電図、エコーなどをチェックしたのが次の日である。

不思議とその日には、不整脈は雲散霧消していた。
やはりゴルフを始めるという決心がストレスになったのでは、逃げ腰になると、そんな馬鹿なことを言うな、と折角いい鴨になりそうだと期待してたゴルフ好きの友人は否定する。

するとやはり、ゴルフと重なって親父のポジティブシンキングが僕の心臓に暗い影を投げかけたのかな。

げに恐ろしきは幼児体験である。
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by n_shioya | 2006-07-13 12:59 | コーヒーブレーク | Comments(1)




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