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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
カテゴリ:コーヒーブレーク( 1494 )
エルミタージュ
エルミタージュ美術館展が来週までというので、今日クリニックを休んで配偶者と上野の都美術館まで足を運んだ。

なかなか壮麗なコレクションである。
だが正直のところ、ヤニっぽい細密画がほとんどで、いささかがっかりしたといったら、エカテリーナ女帝のコレクションに対する冒涜になるだろうか。

ベネチア派のみならず、ゴーギャン、ルノアール、ピカソなどの名前がポスターには書かれていたが、それぞれが一、二点づつ申し訳程度に並んでいただけで、物足りなかった。
やはり僕には後期印象派からエコールドパリあたりが一番ピンと来る。
来年一月からのオルセー美術館展が待ち遠しい。
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by n_shioya | 2006-12-13 23:36 | コーヒーブレーク | Comments(0)
母の納骨
b0084241_5322762.jpg夜来の雨も上がり、日が射し始めた。
この秋の名残の紅葉の大木多磨霊園の入り口のロータリーを飾っている。
銀杏などほかの落葉樹は殆ど裸で、地上に落ちた枯れ葉はもう土に帰ろうとしている。

母の納骨は実に簡単だった。
墓石の傍らにしつらえた台の上の遺影と骨壷の前で皆が順に焼香を終えると、係りの方が墓石の前の敷石を外す。すると人一人立てるほどの穴がぽっかりと開く。
その中の棚に、骨壷が安置される。そして又穴は塞がれる。
それで終わり。

ああこれでお袋もやっと安住の地を得たのだ、やがて土に帰るだろう、と何かしらほっとした気持ちになった。
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by n_shioya | 2006-12-10 22:37 | コーヒーブレーク | Comments(2)
超人
超人という言葉はよく使われる。
しかし本当の超人はそういるわけではない。
北里研究所の大村所長はその稀有な人物の一人といえる。

今日、研究所の顧問客員部長会議で、研究所の業績発表すなわちパテント、受賞、研究発表の数々を聞きながらそう強く感じた。
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大体、ゴルフを始めて三年間でハンディ3まで上達するというのは、人間業とは思えない。

それだけではない。美術愛好家でコレクターでもある。
先日横浜そごうの美術館で、鈴木信太郎画伯の大規模な展覧会があったが、その大部分が北里研究序所有であった。勿論大村理事長の仕業である。理事長個人の所蔵も少なくなかった。
数年前には、岡田謙三画伯の遺作を全部、未亡人からお買い上げになり、これも研究所の財産となっている。
そう、肝心なことを忘れていた。大村所長は女子美の理事長もかねておられる。

狙った獲物は絶対はずさない、研究所のお仲間が言っておられた。
自分で言うのもなんだが、私は異常なほど集中力に長けている、と白状されたことがある。

ああ、その百分の一の集中力があれば、と大村先生より10以上も年上で、まだ何一つまともに仕事を仕上げたことのない凡人は嘆いている。
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by n_shioya | 2006-12-07 23:33 | コーヒーブレーク | Comments(0)
無礼講
忘年会とは“品格ある国家”では、無礼講とも呼ばれるようだ。
店に足を踏み入れたとたん、ゲイバーに紛れ込んだかと目を疑ったが、これは店員ではなく仲間の某君の見事な変身振りだった。
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その後、本物の美女軍団に立て続けに焼酎割りを薦められ、暫し空白の期間が続き、覚醒したのは我が家のリビングリームであった。どうたどり着いたか想像するだに慄然とする。
だがひどく楽しかった光景がおぼろげに思い出せる。
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その先はご想像に任せると書きかけたら、クリニックの写真班からメールが入り、“先生がカメラをお持ちでなかったので、こちらで撮った意識不明の証拠写真をバッチリ先生ののブログに貼り付けます”とあった。

あな恐ろしや!
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by n_shioya | 2006-12-06 23:07 | コーヒーブレーク | Comments(2)
イン メモリアム
ニューヨークの長男からフォトアルバムのブログを開設したから見てくれと、メールが入った。
ところがソフトの関係か、真っ白な枠が並んでいるだけで、フォトらしきものは開けない。
が、本文の最後に、カークが亡くなったと書かれていた。
このところ訃報が続く。

カーク・スタットランダー
もう、結婚だの出産だのより訃報が増えても仕方がない年だが、アメリカ留学時代にもっとも親しかった友人で、8年間の家族ぐるみの付き合いだった。
奥さんのマーリーンは数年前になくなったが、若い頃はマリアカラスから険を取ったたような美人だった。
ニュージャージー州のジャージー市のさして裕福でない家庭に育ち、オルバニーでレジデントを終了後は、同じニュージャージーのモンクレアで開業し、精神科医として成功を収め故郷に錦を飾ったといえる。

高校卒業後スイスにわたり、ローザンヌの医学部を卒業してから、ニューヨークに戻り、オルバニーでインターン生活をはじめ、そこで同じインターン仲間として、僕は知り合った。

ヨーロッパでは完全に彼の地の文化の虜になったようである。
人は誰でも二つの故郷を持つという、生まれ故郷パリと。
彼も完璧なフランコファイル(フランス狂)だった。
フランス人は人生の楽しみ方を知っている、例え金がなくても。というのが口癖だった。
フランスから持ち帰った小さなコーヒー沸かしで、エスプレッソを入れるのは彼の食後の儀式でもあった。
“美味い””というと“どんなに?”と形容をせまる。
セレスチアル!(天上の味)”といってやった時のパッと輝いた彼の顔はいまでも覚えている。

一緒にキャンプもした。
コネティカットのストラットフォードというビーチにテントを張り、昼は海水浴、夜は交代でベーベイシッターをしながら、本場のアポンエイボンを真似したシェークスピア劇を楽しんだものである。

こうして僕は又かけがえのない友に先立たれた。
今古いアルバムを探すに、彼の写真が見つからぬ。代わりに昔の僕のつたないスケッチを彼の霊前に捧げる。
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by n_shioya | 2006-12-03 16:39 | コーヒーブレーク | Comments(2)
失われた青春
あれから学校教育について考え続けている。
勿論何もまとまった結論がでたわけではない。
ただ思いつくままに書き連ねていく内に、何か明かりが見えてくるかも知れぬと言う淡い期待を持って書き始めている

いったいお前は何が言いたいのか?
もし教育がその人の持っている能力を引き出すことにあるならば、僕はやはり学校教育には不向きな人間であって、学校教育によってその能力を犠牲にさせられ、多少ともあった独創性もそぎ取られたような被害者意識から逃れられない。

もしやり直せたら?
そう、まず、そのときに興味を感ずることに、それだけに没頭してその時点での限界に達するまで、とことん追求すること。この習慣を小学校の時に会得しておく。
全く野放図と言う訳にも行かぬだろうから、せめて必須の教科は半分にし、残りは自由選択で一つのテーマに集中させる。
ただ凡百の知識を詰め込むより、一つでいいから自分で見つけた問題と徹底的に取り組み、何とか解決まで持っていくことが、長い目で見ればその過程で、又自発的な興味が刺激となって必要な知識もついてくるような気がする。

振り返ってみると、昔の中学はまだ余裕があった。
僕はそのとき興味がないものは完全に無視することにして、興味のあるものに専念した。
例え無視した科目で零点をとっても、興味を持った科目でそれをカバーしてしまう。
例えば好きな英語なら先ず自分の読みたい本を原書で格闘する、例えそれが大学レベルの本でも。すると文法だのスペルなどはその必要性が理解され自然に身につく。
生物も大学の教科書や副読本的なものを読み漁った。
化学もペットの一つで家の車庫の二階を改造して、実験室とし、試薬や試験管と遊んでいた、今の子がコンピューターゲームに熱中するように。
すると中学の教師が聞いてくる型どおりの質問より、もっともっと高度な疑問がわいてくる。その疑問に教師が答えられないのが又面白い。
ただどういうわけか物理は嫌いだった。社会、国語は完全にネグった。
つまりこんな片輪な生徒も、昔の中学は許容できたといえる。今にして思えばもっと片輪であるべきだった。

聖書の言葉に毒麦よい麦のたとえがあったようにおもう。初めから選別せずに、まず両方とも自然に伸ばせ、さもないとよい苗も育たないと。
まず疑問を感ずる心を持ち、その解決を追求する探究心。まず之が中心になければ。
之はただ学問だけではない、芸術運動も含め人間の営みすべてにいえることだろう。
ここで又、このごろお家の事情で途切れていた、ゴルフの中心感覚に話は戻ってしまいそうだ。

だが之を学校教育の現場で実現するには、教える側のキャパシティ、人員も含め、が要求される。
それがかなわぬから、学校教育は教える側の都合に合わせた、理想と程遠いシステムだといったのはそのことだ。
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by n_shioya | 2006-11-24 23:40 | コーヒーブレーク | Comments(0)
美しい国???
先日は教育基本法がらみで、自民党や霞ヶ関をこき下ろし文科省廃止論まで唱えたが,
僕は決してアナーキストでもないし、又一時のヒステリー発作でもない。
だが戦後の学制改革の混乱のあおりをくらい、学校教育とひいては国家に対する根強い不信感があることは確かだ。
また、本質的にはというか現実的には、政府や政治家は必要悪であると認識した方が受け止めやすいとも思っている。

なぜなら政治とは人間社会に「秩序」をもたらす営みだからである。
そして秩序を維持するためには権力が必要である。
しかも政治を動かすのは人間である。残念ながら政治家、役人も人間である以上、普通の人と同じようにいやそれ以上に権力志向が強く、利権にしがみつく傾向がある。
彼らが国民の利益よりも自己保全昇進を優先させるのは当然であろう。
そして彼らは自分の権益が侵されそうなときは、国家の名において、個人の自由を侵害しようとする怪物に変貌する。

桜田淳氏に拠れば、「政治は恫喝と利益誘導と象徴の操作による説得で秩序の維持を試みる」という。(詳しい事はちくま新書の氏の「国家の役割とは何か」をお読みいただきたい。)
財務経済産業育成に関ることはある程度それもやむをえないだろう。
だが教育は違う。

教育とはものの考え方そして価値観を植えつけるものである。
権力闘争に明け暮れ、利権にどっぷり使ったやくざな連中には、子供たちに価値観を説く資格があるだろうか。
逆に彼等は体制維持に都合よくすべく、やがては思想のコントロールを試みるであろう。
だいたい恫喝によって愛国心が生まれると思うか、この大馬鹿者めが。

かねがね疑問に思うことは、学校教育が何故本当に必要なのかと言うことである。
教養、人格育成のためなら、もし可能なら個人教育のほうがはるかに優れているといえよう。

学校教育は一つには、教える側の便宜のために考案されたものと言える。
一時間ごとに算数、国語、理科と頭を、まして興味の対象を切り替えさせられることが如何に不自然なことか。
とはいうものの社会生活への順応と、友達を得ることだけでも、充分に学校生活の意義は認めるが。

為政者よ、まず人間はどうあるべきかを考え、自分でそれを実行すべく努力せよ。
そして如何に利己的でなく、金に綺麗で、権力に恬淡であることが難しいか自覚せよ。
自分が如何に卑劣な妥協の産物か、恥ずかしく思え。
そして素直に自分達の非を子供たちに詫びたうえで恥ずべき行動をやむなく続けるなら、ちっとは子供たちも見直してくれるだろう、ダブルスタンダードに一番敏感で、反吐をもよおすのは子供たちだから。

そして教育と文化には充分な予算をつけ、へたな口出しは一切控えること。そうすればこの国もちっとは美しくなるかもしれない。
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by n_shioya | 2006-11-22 17:11 | コーヒーブレーク | Comments(0)
クリーブランド美術館
今日は朝から雨模様で、急に冷えてきた。
山に行く予定を又先延ばしして、六本木ヒルズのクリーブランド美術展を見に行くことにした。

僕の好きな、最も好きなといってもいいが、画家はルドンである。
多少神秘的な、時として怪奇的な作品に子供の時から引き付けられてきた。
ルドンの絵を前にすると、自分の内面が露呈されているような、気恥ずかしさを感じたりした。
花や神話を題材にして具象といえば具象だが、花でもその精が描かれているような不思議な魅力がある。
中でも「花と少女」と言う作品は、昔から繰り返し画集で眺め親しんできた名作である。
左側に描かれた盛り花を、淡い色のワンピースを着た少女が右側に座って眺めている図柄だったと思う。
それを学会の合間に立ち寄ったクリーブランド美術館に発見した時は、久遠の恋人に出会ったような感激だった。

今回、美術館の主な作品たちは来たようだが、残念ながらその絵は展示されていなかった。
したがってお見せすることも出来ない。
やはり久遠の乙女に会うにはこちらから出向かなけれならないようだ。
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by n_shioya | 2006-11-19 22:12 | コーヒーブレーク | Comments(0)
懐かしのベルギー
ベルギーは又行ってみたい国の一つである。最も今まで行った国の殆どすべてが又行きたい国ではあるが。
ちょっとおしゃれで親しみやすくて。

前回はブラッセルの顔であるグランプラス、ヴィクトール・ユーゴーが最も美しい広場といったそうだが、その裏にあるアミーゴと言うホテルに泊まった。元刑務所を改造したというので親しみを感じたのである。
隣は今も警察で、安全なことこの上なし。

ヨーロッパにはお城を改造したり、貯水塔を宿に仕立てたり、風変わりなホテルが幾らもある。
ベルギーは食事も美味しい。勿論数百種類といわれるビールも個性豊かで有名である。
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今日はそのベルギーの王立美術館展を覗いてきてが、なかなか楽しめた。
展覧会場の国立近代美術館は、前庭に足を踏み入れると、ロダンブールデルの彫像群が迎えてくれるのがうれしい。
印象派以降のエコールドパリに慣らされた目は、古典的なフランドル派の絵にはちょっと戸惑ったが、馴染み深いブリューゲル、そしてアンソールデルボー、マグリットなどが勢ぞろいしていうると、アントワープ、ブリュージュそしてオステンドなど、曾遊のベルギーの街々が懐かしく思い出された。
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そう、又ベルギーに行ってムール貝をごそっとビールで流し込み、ベルジャンワッフルむさぼって、最後は勿論チョコレートで締めくくろう。ちなみにブラッセル子にはゴディバよりヴィトマーのほうが人気があるようだ、日本ではもと東武デーパートにしかなかったが、今は三越か松屋もあるようだ。

そしてベルギーは女の子も粋で可愛いですぞ、隣のオランダ女みたいに大柄で無骨ではなくて。
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by n_shioya | 2006-11-14 22:43 | コーヒーブレーク | Comments(0)
請う、隗より始めよ!
昨日の続きでまだ悲憤慷慨している。
ま、今日は昨日のようにヒステリックにならず、冷静に問題分析をこころみたいのだが。

まず教育基本法だ。何故総理はこんな茶番にこだわるのか、不思議でならない。
今の子供が荒れているのは、そして無気力なのは、そして又しらけているのは、大人のせいじゃないか、特にあんたら政治家の、二枚舌のせいじゃないか。
公約など守らなくていいとぬかした前総理のあとを受けて、新総理は就任早々君子豹変八方美人の鷹派ほどみっともないものはない。

役人はかたっぽで企業と癒着して税金を横流ししながら、消費税を上げることに躍起となり、反対すれば補助金削減と税務調査で脅しをかける。

また市場経済といえば聞こえはいいが、弱肉強食を煽っているだけじゃないか。
あの資本主義の申し子みたいなソロスさえ、ソ連が崩壊した時にしおらしそうにこういっている。“これからは共産主義という制御を失った資本主義の暴走を如何に防ぐかが問題だ”と。
ま、彼にしても、IT時代の錬金術でしこたま儲けたやつが、申し訳程度に慈善事業にしみったれた金を出して免罪符を買おうとするダブルスタンダードのいい例だが。

こういう大人の世界のいかさまを一番よく観ているのが、子供達の曇りない目なのだ。そして彼等は本能的に、しかも敏感に反応していく。そして早いとこ未来に見切りをつけてしまう。

大人たちよ、もし子供たちに愛国心を説くなら、愛したいような国に造り直せ。この利権まみれにずたずたになったコンクリートジャングルの土建国家を、貧しくとも緑豊かな国に戻してみろ。
そして嘘つきの政治屋や石頭の役人たちよ、道徳を説くならまず自分たちが見本を示せ。子供たちはもう嘘と強弁にはうんざりしている。

更に言うなら規制するしか能のない文科省など廃止して、公立学校には金だけ出して口を出すことを止めろ。そして私立学校にはもっと、もっと個性豊かな自由度を、財政基盤も含め、あたえろ。

又、ヒステリーが起こってしまった、嗚呼。
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by n_shioya | 2006-11-13 22:49 | コーヒーブレーク | Comments(2)




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