ウーマンエキサイト ガルボ Exciteホーム | Woman.excite | Garboトップ | Womanサイトマップ
ガルボウーマンエキサイト
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
<   2006年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧
歓喜の歌
何時の頃からかベートーベンの第九が年の終わりを締めくくるようになった。

今年も日本全国のコンサートホールで“歓喜の歌”が鳴り響いている。

我々は昔、フルトヴェングラーのベルリンフィルのレコードで親しんだ世代である。
78回転のSPで録音は今とは雲泥の差で、針音がザーザーと邪魔をした。
だがそこは若い感性の羽を伸ばし、存分に感激に浸ったものである。
大体作曲家自身、その頃は高度の難聴でもうオケの音が聞こえなかったそうじゃないか。

そしてこれまでに何度第九の演奏を聞いたことだろう。
戦時中、空襲警報の合間を縫っての日比谷公会堂での日響(いまのN響)の演奏会。
留学していたニューヨークのオルバニーと言う町の交響楽団。
田舎町の小さなオケである。けなげな演奏だったとしか言いようがない。
そして母校の日比谷高校のオーケストラ。
身びいきと言われるかもしれないが、クラスメートで芸大教授をしていた朝妻君の指揮でなかなかの熱演だった。

だが、年末何時も思い出すのは、オルバニーで若いアメリカ人の神学生夫婦の貧しいアパートに呼ばれたときのレコード演奏である。
奥さんは日本人で、そのために彼は両親に勘当され、自活を余儀なくさせられていた。卒業したら宣教師として日本に行くつもりだと言っていた。

暖房の効かない狭いワンルームのアパートに、彼等は僕をクリスマスディナーに呼んでくれた。小さなアルミなべの底のほうに、具のないカレーがわずかながら溜まっている。
それをアルミのしゃもじでカタカタとすくって、一膳分ほどのライスにかけてくれたのが夕食のすべてだった。

だが我々は話に夢中だった。哲学だったか、宗教だったか、芸術だったか定かではない、その全部だったかもしれない。楽しかった。

デザートの代わりが第九の演奏だった。お粗末なプレーヤーで、か細い音しかでない。ベートーベンでももっと聞こえていたのではないかとさえ思った。
だが、曲のスピリットは高らかに鳴り響いた。そして“すべての人たちが兄弟となって・・・”というシラーの詩の一言一言が心に染みとおっていった。

その後、国内、海外を含め、正規の交響楽団の演奏は何度も聞いてきたはず。
だがあのときの、寒い安アパートで若かりし三人が、具のないカレーを啜りながら聴いた第九ほど、心に響いた第九はなかったと言いたい。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-31 19:06 | コーヒーブレーク | Comments(2)
この一年
今年を振り返ってよかったことは

1 初めて一回も外国旅行に出なかったが、その代わり国内旅行を楽しんだことである。
吉野の桜、秋の日光そして初めてではないが盛岡。
その都度ブログには載せている。

2 アンチエイジングを自分でも始めたこと。
銀座にアンチエイジングクリニックを開設し、自分でもキレーションやサプリメントを試し始めたこと。
3 銀座と旧交を温めたこと。
やはり銀座はいい。もう柳はないが、昔ながらの洋食屋など食い物屋さんだけでなく、老舗やブランドの旗艦店がひしめいていて、何かやる気を起こさせるのは土地柄か。
そのためかやる気満々の方が活力回復ににクリニックを訪れる。又、美女は更に美しくなるために。

4 遂にゴルフを始めたこと、まだ練習だけだが。
この数十年、今年こそはゴルフを始めると年頭に言い続け、狼ゴルフとまで言われるようになり、最近はもうからかわれることすらなく、全く信用を失っていた。
それが7月からレッスンをはじめ、殆ど毎週続いている。
来春にはコースデビューの予定。

5 今年もブログを毎日書き続けた。
去年の5月26日からなので、連続584日ブログの火を絶やさなかったことになる。
自分で自分をほめてやりたい、ちょっとだけ。

と言うわけで今日は晦日
家族で集まってイタメシを楽しんだ、と言っても半分はニューヨークなので、総勢十名。だが久しぶりの賑やかな集まりで、孫たちはとりわけ楽しんだようである。
b0084241_235267.gif

[PR]
by n_shioya | 2006-12-30 23:11 | コーヒーブレーク | Comments(0)
プレゼントで身を固めて
ハリスツィードのジャケットは配偶者から、エルメスのタイは三山社長からそしてそのタイをピシッときめているのはさる女性からのジョージジェンセンのタイピンである。
b0084241_8342171.jpg

こう書くと如何にも僕はブランドマニアのようだが、実はあまりにもムサイ不精ッタレの僕に対する皆様からの警告をかねた誕生日プレゼントである。

だがやはりいいものはいい、すっかり気に入ってこの年末は毎日この出で立ちで銀座を闊歩していた。
首から上を写していない理由は、ご説明するまでもないでしょう。

ハリスツィードには思い出がある。
アメリカ留学の8年間、極度に貧乏な留学生生活で洋服は2着しか買えなかった。
一つは当たり前のスーツで、今ひとつがハリスツィードのジャケットだった。始めはごついけれど、長年着ているうちに体に馴染んで着心地がよくなる。

僕のいたオルバニーと言う大学町から車で1時間ほどのところに、コホーズと言う田舎町があった。そこにコホーズマニュファクチャリングカンパニーと言う衣服メーカーがあり、その今で言うアウトレットで、比較的良質な服が市価の半値か三分の一の値段で買えたのである。
僕の二着も、また配偶者が八年間、雪のオルバニーの寒さをしのいだベージュの暖そうなコートもそこで手に入れたのである。

繰り返し言うが僕はまだ気分的には釣鐘マント高下駄の旧制高校のバンカラの気風が抜けきれていない。
よれよれの格好で済まそうとする僕を、なんとか身奇麗にと苦慮する配偶者の殺し文句は、
そんなことではお嬢さんたちに嫌われますよ”の一言である。

お嬢さんたち、これならよろしいでしょうか?
[PR]
by n_shioya | 2006-12-29 21:56 | QOL | Comments(2)
仕事納め
銀座にアンチエイジングのクリニックを開いたのが今年四月。
キレーション専門のクリニックとしてようやく認められてきた。
上符院長、そしてスタッフの皆さん、本当にご苦労様でした。
b0084241_10413873.jpg

フォトは今年度最後の打ち合わせを済まし、美女軍団の労をねぎらう上符院長

ちなみに今日の午後5時に、残りの原稿二つを仕上げてハラハラしどうしだった編集者お二人にメールで送付した。

これで正月が迎えられる。
万歳!
[PR]
by n_shioya | 2006-12-28 22:54 | アンチエイジング | Comments(3)
12月27日
今日は打って変わって上天気。しかも気温は20度を越した。

銀座クリニックは今日が今年最後の日。
JTBの担当者と来年の三月のモンテカルロの学会の打ち合わせそのあとゴルフダイジェスト社の宮野さんと来春出版予定のアンチエイジングの単行本の内容の詰め。
あまり斜に構えず、ストレートにアンチエイジングの大切さを説き、共にに楽しく励めるアンチエイジングにしたいということでは一致した。
“一緒に楽しもう、アンチエイジング”とでもするか。
それにはまず僕がアンチエイジングと真正面から向き合わねばならぬ。

そのあとは明日までの二つの原稿の最後の追い込み。何とか間に合いそうである。

夕方長女が孫を連れて立ち寄る。
皆でニューグランドで簡単な夕食。
夜は又原稿と格闘。

そしてもう明日が間近に迫ってきた。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-27 23:31 | アンチエイジング | Comments(0)
持つべきものは・・・
今日は朝から荒れ模様の天気である。
三男が訪ねてきた。

一級建築士の彼は、自分で事務所を構えている。あまりクライアントの話は聞かない。

両親の熱海のマンションの売却や、我が家の手入れやその他モロモロ彼に丸投げしてきた。
きょうはその報告に来たのだが、ついでにパソコンの調整をしてもらった。
エプソンに変えてから、フォトプリントがうまく作動してくれない。

2,3時間格闘してから、やっと解決した。何のことは無い、僕が初歩的な操作を見過ごしていただけだったのに、彼はもっとその先の高級な問題解決を模索して、ハタと基本操作が抜けていたのに気がついたという。

“親父、あんま新しいことに手を出すなよ、すっかり時間を無駄にしたぜ。”としかられた。
“デジカメなんか止めてくれよ、もう、俺たまらない”、というのは今夜彼が来るまでに週1ぐらいでプリンターの不具合を電話で訴えていたからである。

“要するにやれるってとこを誇示したいんでしょ”と配偶者までつれない。

だがここは我慢のしどころ。新しいものへの挑戦こそアンチエイジングである。
迷惑だろうが付き合ってくれ。

持つべきものはよき息子である。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-27 00:02 | アンチエイジング | Comments(0)
クリスマスプレゼント
今日は大ポカをやってしまった。
配偶者へのクリスマスプレゼントを忘れていたのである。
結婚前からだから、50年以上忘れたことはなかったと思う。それがあさってが最終締め切りの原稿四つに追いかけられ、先週から目を吊り上げてワープロと格闘していたからである。

朝、配偶者から渡されたのは自分で絵付けをした陶器のボンボン入れと中に入るチョコレートだった。
b0084241_11215852.jpg

お詫びの仕様もなく、ただ一緒にクリスマスのミサにあずかり、夜はささやかな懐石料理をご馳走し、正月には何とか償いをせねばと悩んでいる。

ちなみに原稿はやっと二つ仕上げ、後二日で残り二つも何とかなりそうである。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-25 22:58 | QOL | Comments(1)
旅の本
三本に分かれたネプチューンの銛を思わせる赤いハイヒールの踵先を描いた表紙の図柄に魅せられて、つい東京駅のニューススタンドでペーパーバックを買ってしまった。
三叉の銛はイタリヤのスポーツカー、マセラッティのエンブレムでもある。
題は“Devil wears Prada”.“プラダを履いた悪魔”とでも訳すか。
三時間の新幹線の旅にはうってつけのミーハーブックのようだ。

b0084241_9412242.jpg昔から飛行中は眠ることが出来ないので、国際線に乗る前に肩のこらないペーパーバックを仕入れるのを習慣にしてきた。
30年前のヨーロッパ旅行がその始まりで、今でも覚えているが、“Coffee,tea or me?”
これも訳せば“如何?、コーヒー、紅茶それとも私・・・”という、スチューワデスの生態をおちょくった本だった。
それぞれのエアラインのスチューワデスのタイプや転び方、転ばせ方が面白おかしく書かれてあり、パリまでの長丁場を退屈しないで過ごせたのである。
TWA尻軽だが、パンナムお高く留まっている。何とかはどうでこうでと要するにどのエアラインのホステスも口説き方次第といった感じだった。
読み終えて進呈すると、先方はとうにご承知で“実際はもっと過激よ”とウィンクしてくれたのもパンナムのスチューワデスだったと思う。

アーサーヘイリー物も機内読書に向いている。ストロングメディシン、ホテルなどもこうして読了した。
フレデリックフォーサイス、ジェフリーアーチャーも悪くない。
ジャッキーという女”も長旅を忘れさせてくれた一つである。
要するにミーハー度ゴシップ度が高ければそれで充分目的は達せられる。
こういうのを読んでる時は、知らない単語は目に入らないから都合がよい。

ところで今度の“プラダを履いた悪魔”だが、ブラウン大学卒の女の子が、ニューヨーカーの編集に憧れ、その前段階としてファッション誌の仕事につく。
そのオーナー社長がとんでもない気まぐれな独裁者で、それとのドタバタが始まったあたりで国際線と違い、新幹線を往復しまったので、あとは暇を見ながらぼちぼちと。

ところで今気がついたが、すでにメリルストリープアンハサウェイのコンビで映画化されているらしい。
皆さんとうにご鑑賞済みですかね。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-24 22:36 | コーヒーブレーク | Comments(0)
賢治の古里
やはり盛岡は寒かった。

昨日は予報に反して快晴で、北上川の向こうには岩手富士が雪に覆われて優雅に横たわっていた。
が、今朝は一転して雪空

まず、形成外科独立の際非常にお世話になった故猪狩名誉教授のお宅を訪ねる。この夏満90歳でお亡くなりになった時は、ご葬儀に伺えなかったのでずっと気になっていたので、応接にかざられた遺影にご焼香を済まし、ほっとした。

日本で修行しなかった僕には、本当の意味での恩師がいない。
その意味で猪狩先生は僕にとっては唯一、恩師と言える方であった。
10年前、僕の退官記念の際は、すでにご不自由な体にもかかわらず、わざわざ横浜の会場までお越しくださった。

b0084241_9402999.jpgその後、これも最近亡くなられた岩手医大の形成外科の元教授奈良先生のお墓を、奥様のご案内でお参りすることができた。
あいにくの天気で、と奥様は残念がっておられたが、うっすらと雪化粧した墓地は、討ち入りの日の泉岳寺を思わせ、かえって風情があったと思う。
奈良先生は僕と同じ昭和6年生まれである。あまりにも早い他界だった。

ところで盛岡には学会で何度か来たはずだが、うかつにも啄木や賢治の里とはしらなかった。
墓参の後、駆け足で二人の足跡をたどり、イーハトーブのゆかりのコーヒー館でお茶を楽しみ、それと比べれば今流行のロハスすらうわっついたものに思える賢治の真摯な生き様に思いを馳せながら、新幹線で帰宅した処。

盛岡東京間2時間20分。啄木、賢治の頃と比べ格段のスピードである。だが、もし賢治が生きていたら、これをよしとするだろうか。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-23 23:54 | コーヒーブレーク | Comments(0)
木工の魅力
土屋拓三さんの作品展を見て、木工に対する憧れが再燃した。
土屋さんは岩手の山奥で、家具、木馬、オルゴールなど、長年温めてきた木材を細工して楽しんでおられる。
b0084241_9394318.jpg


すでに愛好者も結構おられるようだが、たまたま配偶者がなにかの雑誌に紹介された木馬がいたく気に入り、購入したのがご縁でお付き合いが始まった。
楢、樫、ぶななどを素材に、テーブルやロッキングチェアなど、すぐ我が家に欲しい物ばかりだが、問題は一つ入れればもっともっとと、いずれはそれに相応しいく家も立て直してなど、望みが止めを知らず広がりそうな恐れがあることだ。

もともと木工というか家具作りにはアメリカ留学中にはまり込んだことを思い出す。
友人の家の立替のとき、天井板を譲ってもらい、数ヶ月夜なべしてクレードルを作り、長男の誕生に間に合わせたものである。
ろくな道具も持たぬ素人の処女作品であり、見た目はよくなかったが、我が家の五人の子供たちや、又その孫もその中で育ってくれた。
天井板はノッティ・パインとよばれる節だらけの松で、もともと安い板だったがその節目がかえって味のあるパターンとなった。

以来、本棚や勉強机など質素だが味のある?作品を折を見ては作り、やがては家を持った際は地下室を工作場として大工道具をそろえ、家具作りに励むのが夢だった。
だが帰国後は本職の人体再建のほうが忙しくなり、又、家具つくりは金が出て行くだけだが、人間の皮をきったり張ったり、骨を接いだりすれば収入に繋がるのが現実で、日曜大工が日本でも盛んになってきても、それに合流する余裕を失ったままだった。

だが、今日こうして木の表面に手を滑らして、木目の感触を楽しむと昔の夢が甦ってくる。
土屋さんの作品には元の樹木の精が宿っているような感じがある。
もう自分では無理にしても、せめて少しずつ本当に気に入ったもので家具を入れ替えて、木に浸ったライフスタイルに徐々に改めて行きたい。

それとも自作の家具で囲まれた生活を、僕のアンチエイジングの目標としてみるべきだろうか。
[PR]
by n_shioya | 2006-12-22 22:16 | QOL | Comments(0)




woman.excite TOPへ Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - 会社概要 - ヘルプ | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム