ウーマンエキサイト ガルボ Exciteホーム | Woman.excite | Garboトップ | Womanサイトマップ
ガルボウーマンエキサイト
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
<   2007年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧
2コース目に入ったキレーション
今日の夕方今年三回目のキレーションを受けた。
去年の夏、キレーションのワンクール(10回のコース)を受けて、今年は2クール目ということになる。

何か違いは?
ときかれても、ええ、まあと曖昧な答えしか出来ない。
もともとキレーションは、何か病気やはっきりした症状に対して行うわけでないので、目に見えて何かが改善されるというわけではない。
そもそもは慢性の重金属中毒、蓄積した過酸化物EDTAというキレート剤の点滴で洗い流すという手法で、確かに検査値は改善されるが、もともと自覚症状が乏しいので、あまり改善されたという実感もわかないのが難点である。
人によっては、疲れが取れたとか、よく眠れるようになったとか言われるが、僕の場合はそれもない。

では何のためにキレーションを受けているのだろう、とさっきから考え込んでいる。
まず、銀座クリニックは上符院長が導入したキレーションの専門クリニックで、名誉院長である僕も人に勧めている以上自分で体験せにゃと言うことが一つ。
最近老朽化したマンションの水道管の汚れや錆が問題にされるが、人の体も老化が進めば、血管もさび付いてくるから、さびを洗い流したほうがいいですよ、と上符院長にやさしく言われるとついその気になってしまうというのが第二の理由。
第三の理由は去年の夏は頻回の八ヶ岳往復もいとわなかったのはキレーションの効果に違いないという配偶者の思い込み。
最後に “先生、このところ肌が綺麗になりましたね。”という美女軍団のお世辞が止めを刺した。

要するに害がなければともかく試して見よう、どんな効果があるかはやってみなければ分からないというのが僕の信条である。どうもあまり科学的ではないが。
だからエビデンスに欠けると言われても、やらなきゃエビデンスも出せないじゃないかと開き直っている。

ま、3月に2クールを終えて、夏前に3クール目に入る頃には、もっとポジティブなコメントを出せるかと期待している。
手術無しでヘルニアが治ったなんてことになれば万々歳だが。
[PR]
by n_shioya | 2007-01-31 22:23 | アンチエイジング | Comments(3)
鼠径ヘルニア
まさかと思ったがヤッパリそうだった。
こいつはヤバイ
なんとなく左の太ももの付け根に違和感があるので、左手をズボンに突っ込んで触ってみると,付け根の少し上に計2センチほどのふくらみがある。ふにゃふにゃと柔らかで痛くもない。仰向けに寝るとすっと消えてしまう。
典型的な鼠径ヘルニアである。
一瞬、インターンの頃手がけたヘルニア手術の様が脳裏をよぎる。
アッペ(虫垂炎)、ヘルニアといってインターンのメス下ろし、つまり手術入門に使われる手術である。だが、決して安易に考えてはいけない。下手な手術で再発を繰り返すとだんだん根治がが難しくなる。ほっておくとカントンといって飛び出た腸が戻らなくなることがあり、更には腸がヘルニア口に締め付けられると、腸が腫れて悪循環を起こし、血行が絶たれて腸が死んでしまい、勿論持ち主の命も危うくなる。これを絞葯という。
しかも成人のヘルニアはいったん発生したら自然には治らない。だが、手術は怖い。
おそるおそる,僕はクラスメートの消化器外科の大家に電話した。
“何、ただのヘルニアだろ。そんなの年寄りにゃ珍しくないよ。カントンしてるわけじゃないだろ。ほっとけ、ほっとけ。”
と相手にしてくれない。
“でもさ、いったん出来たら一人じゃ治らないだろ。だんだん大きくなれば手術も難しくなるし”
とねばっても
“どうせそのうち反対側もなるからさ。”
となかなか診てやろうとも言ってくれない。
診ては欲しいけど、手術はごめんというこっちの本音を見透かしているのかもしれない。

そもそもなんでこんなことになるのか?
確かに老化現象の一つで、顔の皺と同じくコラーゲンの変性である。
つまりからだの支持組織であるコラーゲンが劣化して、防御壁であるべき腹壁がよわくなり、腹圧がかかると腸が飛び出てくる。このところ慢性便秘で力むことが多いのが、僕の場合最たる原因であろう。
又、目のしたの膨らみも、眼窩脂肪といってクッションのように眼球を支える脂肪が、前の隔壁のコラーゲンが緩んで弱くなったために、突出したもので、眼窩脂肪のヘルニアという言い方があるくらいだ。顔のしわ取りも下眼瞼の脂肪除去も、僕が現役のとき数多く手がけた手術である。

こう考えながらぼくは、これまで脅しや甘言で僕のメスの餌食になった方々のことを思い浮かべた。
こりゃあかん、やはりこちらも覚悟を決めて。
と癪だが僕も消化器外科の軍門に下ることとした。
[PR]
by n_shioya | 2007-01-30 21:14 | 手術 | Comments(2)
キズケアアップデート
“ところで今は誰と一緒なの?”
ひさしぶりに日本を訪れたKにまず僕はこう聞いた。
“イヤー、ずっとと続いている。結婚してもう八年だ。今度はうまくいっている。”
のっけからこう不躾な問いを発したのは、それまでは会うたびに違う女と一緒だったからである。
最初の奥さんには逃げられ、はじめて日本の学会に招いたときはフランス女と一緒だったが、その次に来たときは中国系のといちゃいちゃしていた。その後結婚したアメリカ女には8ヶ月で家財道具すべて持ち逃げされ、今の奥さんは彼の女性遍歴を承知で結婚したようである。

Kはアメリカの創傷治癒学会の大御所である。
ジョンス・ホプキンスで形成外科を修行し、東部の大学でコラーゲンを軸に創傷治癒の研究を展開し、もう30年来の付き合いだ。
グルメの大食漢腹囲メタボリックシンドロームの上限を倍ぐらい超えている。
僕より三歳若い72歳だが、2年前心筋梗塞で危うくあの世に行くところだったという。それ以来食には気をつけているというが、外套を着て銀座をよたよた歩いていると、いまだに達磨さんのようであまり縦横の区別はつけがたい。
研究意欲は相変わらず旺盛で、今度も二つばかりの創傷治癒がらみのパテントを携え、日本の企業に売り込みにきたところである。

両親のことがあり、このところ海外の学会はご無沙汰が続いているので、クリニックのそばの日本料理店ざくろで昼飯をご馳走して、アメリカの友人の消息や、今活躍中の若手の研究者についてアップデートしてもらった。
形成外科医が皆安直に金になる美容外科に走り、再建外科やまして地道な創傷治癒の研究者が減ってしまったと嘆いていた。

夕べ日本について、今週は毎日企業や自治体の方たちと折衝をつづけ、金曜日に帰国するという。
帰り際にサインしてもらったゲストブックには、
Keep Working!(仕事を続けよう!)”と読み辛い字で描いてあった。
b0084241_1801485.gif

[PR]
by n_shioya | 2007-01-29 16:50 | キズのケア | Comments(0)
車のメンテナンスと体
愛車の走行距離がまもなく10万キロになろうとしている。
まだ3年ちょっとだから、年間で3万キロ以上、われながらよく走ったものだ。
わが国では中古車の査定の基本は年式だが、さすがに10万キロを越えると下取りの価値はゼロに近くなるようだ。
このごろの車は故障しないので、そうならばと更に10万キロを足して、ほぼ20万キロで新車に乗り換えてきた。、前のカブリオレなどは30万キロになってから、息子が引き継いでくれた。
勿論それなりにメンテナンスには気をつけて、定期的なオイル交換、バッテリー、タイヤなどの部品交換は怠りなくやってはいるが。
b0084241_7121384.jpg

考えてみると自分の体のメンテナンスにはほとんど無頓着でここまで来てしまった。
心電図をとったり、サプリメントを飲み始めたのはつい去年からのことである。医者の不養生とはよく言ったものだが、普通のヒトでも健康オタクか、何か痛い目にあわなければ、あまり自分の体のことは意識しないで過ごしているのではなかろうか。

車はメンテナンスを怠ればすぐ故障するか、ガタが来る。
幸いヒトの体には修復再生の能力が備わっているので、怪我をすれば他人が介入しなくても、また本人の意思に関らず、繊維芽細胞などの働きでリペアするし、皮膚などが欠損すれば表皮細胞が再生してカバーしてくれる。

だが車は事故でボディを破損すれば、板金塗装をしない限り一人で治ることはない。又タイヤが磨耗しても、表皮のように中からゴムが再生したら奇跡であろう。
だからヒトは車の整備には気を使っても、もっと大事なはずの自分の体のケアはおろそかになってしまうのではなかろうか。
何、車なら中古で売れるが、俺の体は1銭にもならないからだって?

生物学では個体維持種族維持が生物の二大本能であると説くが、修復再生個体維持の重要な手段である。近年細胞生物学の発展でこのあたりの見事な仕組みが分子レベルで解明されるようになってきた。
種族維持のほうは小説の上だが当人を刑務所に送るほど、はた迷惑なくらい充分に機能を発揮しているが、個体維持の能力に関しては万全とは言えず、外力やストレスが修復と再生の限度を超えると、病気を発生するかその個体の死に至る。又老化の原因のひとつはこれらの修復や再生がおっつかなくなって、錆や傷跡がたまっていくからとも考えられている。

そうなると人間とは勝手なもので、神様はこれほど精巧な仕組みを人間に与えてくださったのに、なぜもうちょっとその個体維持の能力をケチらないで、どんなストレスや磨耗にも耐えられる体にして下さらなかったのかという不満を持つようになる。
こんなゴタクを並べるのも実は、このところ年相応にそこここ不具合を生じ、自分の年式は棚に上げて、身体のガタを意識させらるようになったからである。
[PR]
by n_shioya | 2007-01-28 17:23 | アンチエイジング | Comments(2)
緑の親指
二月初旬というのに春のような陽気である。
そろそろパンジーを植えなければという配偶者のお供で、サカタに苗の買出しに行った。
配偶者は庭弄りが好きで、ほっておけば一日中庭仕事をしている。
ペットと同じで草花も、世話する人の気持ちを見抜くようで、彼女の手にかかると皆生き生きと育つ。頂き物の蘭なども温室もないのに毎年花を咲かせ、お陰で蘭の鉢は溜まる一方である。
こういうヒトをGreen Thumb(緑の親指)を持っていると言うようだ。
b0084241_10583336.jpg

僕も昔小学生の頃は園芸に凝っていたことがる。戦時中で肥料など手に入らなかった時代だ。おまけに世田谷の我が家は赤土で、しかも南側に高い家が建っており、日当たり風通しも悪かった。
その頃澁谷の父の診療所には祖父母が住んでおり、もう隠居していた東北出身の祖父は畑仕事が得意だった。堆肥も自分で作り、鶏糞などもどこからか手に入れ、百合だの苣だの立派に育てていた。
一度行商から買った百合の球根を分けてもらい、祖父と同時に世田谷にも植えたことがある。
やっと綺麗な花を咲かせ、喜んで祖父を訪ねたら、向こうの花は倍近くの大きさで色もずっと鮮やかなので、がっくり来たことがあった。
は入れ替えることが出来ても、日当たりと風通しはどうしようもない致命的なファクターだと思い知らされた。

戦争が終わるとやがて苗や球根やそして肥料も少しずつ手に入るようになり、薔薇やチューリップ、グラジオラス、ダリアなどで庭を埋め尽くすことが出来るようになった。
黄色の大輪のピースという新種が時代を反映して人気を呼んだのもその頃である。又、外人演奏家の走りで来日したソプラノ歌手、ヘレン・トローベルは、その名を冠した薔薇があるというのが園芸家の間では評判になった。僕のお気に入りはノクターンだった。濃い深紅の大輪で名前にみせられたのと、虫がつきにくく又我が家の土と相性がよいのか、余り手がかからなかったのである。
ヒアシンス水栽培もしばらくつづけた。これこそ水を時折替えるだけで、全く手がかからない。
後に研究で細胞培養を始めるようになり、なかなか言うことを聞かぬヒト細胞と格闘し、よくその頃のことを思い出したものである。

その後、本業が忙しくなり、患者の皮膚移植や細胞培養に終われ、植物まで手が回らなくなってしまった。
この数十年、庭仕事どころか、小枝一本きろうとしない僕に配偶者は愛想を尽かし、いくらかっての花つくりの栄光を披露しても信じてくれない。
最近は少し気分的にも余裕が出来たので、この辺で昔取った杵柄を、と密かに思っている。
“僕の緑の親指よ、永の眠りから覚めておくれ!”
[PR]
by n_shioya | 2007-01-27 18:08 | QOL | Comments(2)
産みの苦しみ
今日はゴルフダイジェストと本の打ち合わせ。

軸は人体の復元力羅針盤という二本とし、1日一話でアンチエイジング百話という形式で、体系的よりも、重要トピックスを網羅的に拾い上げることとなった。

編集氏から復元力はヨットの傾斜などでイメージしやすいが、羅針盤をどうイメージしたらよいかというご指摘があった。
よく考えると、船の傾斜の度合いを示す意味合いの羅針盤と、船の進行方向を示す羅針盤と二つの捉え方がある。
前者だと復元力と羅針盤は表裏一体の問題だが、後者は別の次元の事柄である。
後者の立場をとれば、復元力はストレスに対する身体の適応能力であり、羅針盤はある方向へ自分を向かわせる意思つまり心の面とも言え、復元力と羅針盤はいわば別の役割を果たすこととなる。

アンチエイジングという現象、または行為から、復元力と羅針盤という二つの要素を浮き彫りにしていく場合、羅針盤の捉え方をどちらか一つに決めておかないと、読むほうは混乱するのではないかという議論になった。

いずれにせよ、個々の事例を分析しながら、復元力と羅針盤の存在を明らかにする過程で、どちらに重点をおくべきか、検討することとした。

昨日は尻切れトンボ、今日はあまりにも抽象的な議論で申し訳ないが、今日のところはどのような切り口でアンチエイジングを俎上に乗せるか模索中の、いわば産みの苦しみを察していただければ幸いである。
[PR]
by n_shioya | 2007-01-26 23:23 | アンチエイジング | Comments(3)
シリコンバッグ解禁
近着のアメリカ形成外科学界のニュースレターに、豊胸術用のシリコンバッグFDAで解禁になった報じられていた。
やれやれやっとか、日本の厚労省が今後どうでるか、どうせ又だらだら先延ばしにするだろう、というのがかってこの問題で振り回された者の感慨である。

話は十数年前に遡る。
シリコンバッグによる豊胸術を受けた患者が、異物反応で胸は無残に変形し、挙句に膠原病になったとテレビで変形した胸をさらけ出して、悲惨な状態を訴えた。
これが全米のメディアの取材合戦を引き起こし、日本の形成外科学界まで巻き添えにする騒ぎとなり、やがてFDAがバッグの使用許可を取り消し、シリコンバッグのメーカーは自社製品が使用されたすべての患者に賠償を余儀なくされ、遂に破産してしまった。
あとでこの患者はもともと膠原病があって、すべては悪徳弁護士と、テレビ局の仕組んだやらせ、それに乗ったFDA長官の点数稼ぎ?だったことが分かる。
以来、シリコンバッグはわが国でも禁止に近い状態がつづいてきた・・・

とここまで書いてきたが、この問題はもっとシリコンによる豊胸術の景を説明し、アメリカでの今回の決定内容を詳細に吟味したうえで、わが国での今後の方向性まで話を煮詰めないと誤解を招きそうなで、改めて冷静に取り上げることとする。
[PR]
by n_shioya | 2007-01-25 23:24 | 手術 | Comments(0)
安心してかかれる美容外科を目指して
昔、“君たちをこれから社会に送り出すのは、狼の群れの中にを放つような不安を覚える”と卒業式の祝辞で述べたた東大総長がいたような気がする、いや、いなかったかもしれないが、現役のころ、僕は医局員美容外科の開業に踏み切るたびに、そのような不安を覚えたのは事実である。

だからこそ、一昨日横浜で食事を一緒にした聖愛クリニック西村先生達のように、水戸という決して地の利には恵まれていない、だからこそニーヅは大きいところで、立派に開業を成功させている弟子たちを見ると、拍手を送りたくなる。
b0084241_14284041.gif

東大総長の卒業の訓示は純真な卒業生たちに、現実の社会にはさまざまなわなや落とし穴があると警告を発しているわけだが、美容外科の場合はどうか。

昨今の報道で分かるように美容外科は魑魅魍魎の世界である。しかもこれは今に始まったことではない。
技術ももたず、医師としてのプライドも捨てた恥ずべき輩が横行している。
現役の頃僕は、そういう輩の犠牲になった、かわいそうな患者さんたちをいくらも見せつけられてきた。

なぜこのようなことが起こったか?
医師免許さえ持っていれば、誰でも美容外科は名乗れる。もっともこれは美容外科に限らず、法律で定められた標榜科名なら一般標榜といって、医師なら、全く修練を受けていなくても、何を名乗ってもよい。専門医の資格が必要とされるのは麻酔科だけである。
②勿論ほかの科でも専門医制度があるが、法律上は自分が専門医であることを広告できない。
③通常は患者の口コミが一つの評価になっていくが、美容外科の場合は自分が手術を受けたことは隠したがるのは当然で、口コミが成立しない。
④したがって患者は、誰が専門医か、誰が患者の立場で評判がいいか知るすべが無い。
⑤そのためマスコミ、特にテレビに露出度の多いほどいい先生と思いがちである。だがこれはで買えるものである。
⑥美容外科は自由診療である。保健医療が苦しい今、言い方は悪いが、美容外科は唯一うまみのある診療かとして目を付けられている。
⑦こうして、全く経験の無い、メスを持ったことがないどころか、一度も患者も診たことも無い医師でも、美容外科の看板を掲げ、収入の半分以上も広告費に投ずれば、患者を集めることは可能であり、あげくのはては無理な手術も強行し、トラブルをおこすことが珍しくない。
⑧こうして良心的な、立派な技術を持った医師でも金任せの宣伝合戦には太刀打ちできず、まさに悪貨が良貨を駆逐しているのが現状である。

にもかかわらず、美容外科は形成外科の大事な分野であり、又患者のニーヅは増大する一方である。
僕としてはやはりまだ老骨に鞭打って、僕の育てた羊たち、そして世の患者さんたち狼の群れから守り、健全な美容外科を育てなければと感じている。
西村先生、頑張って!
[PR]
by n_shioya | 2007-01-24 23:25 | 手術 | Comments(3)
人生は決して色褪せない
“これ如何でしょう”と秘書嬢が手渡してくれたのは、「ヘンダーソン夫人の贈り物」というイギリス映画のパソコンからのプリントアウトだった。
“ふむ、ジュディ・デンチが主演か、これにしよう”と僕はわかったような返事をした。
午後のアポが急にキャンセルになり、しばらく観てないのでなにか映画が見たいと、このところ配偶者が言い募っていたので、何かいいのは無い?と秘書嬢に検索を頼んだのである。
楽しくてきれいでというのが、配偶者の希望であった。

数時間後、東急文化村で配偶者と落ち合い、カフェドゥマゴで軽くランチを済まし、平日の午後でガラガラのル・シネマにおさまった。

夫を亡くし、突然莫大な遺産が転がり込んだヘンダーソン夫人は、ロンドンのウェストエンドのウィンドミルという劇場を買い取り、その頃としては破天荒なヌードレビューをおっぱじめる。
やがてドイツのロンドン空襲が始まり、ロンドンは瓦礫の山。灯火管制を命ずる当局との軋轢の中で、敢然として地下の劇場でショウを続ける。
なぜ彼女がそこまでヌードショーにこだわったか、何が贈り物なのかは最後に分かるが、それは観てのお楽しみとして、やはりデンチは大女優である。以前見たのは“恋におちたシェークスピア”のエリザベス女王だったか。

何より楽しめたのは、イギリス人の不屈のユーモア精神である。
逆境にあるほど、自分自身を笑いのめす。
僕は昔、アメリカでのインターン時代に接した、イギリスからの交換研修医のしたたかさを思い出した。
当時、アメリカに唯一残された奴隷制度とまで言われた苛酷なインターン生活の中で、ほかのインターンたちが仕事に追いまくられて、罵詈雑言が飛び交うような時でも、彼等だけは決して弱音を吐かず、キリキリ舞いしている自分自身を茶化す余裕を持っていた。
自分自身をからかえることこそ本当のユーモアだと思い知らされたのである。

ところで劇場の入り口で渡されたチラシの言葉が気に入った。
人生は決して色褪せない
いいじゃないですか、そのままアンチエイジングのモットー頂きである。
b0084241_1005149.gif

[PR]
by n_shioya | 2007-01-23 22:45 | コーヒーブレーク | Comments(2)
老いの兆しーその1
老いの兆しは日常生活の折々に段階的に気づかかされていくものだが、僕にとって最も悲しいというか情けないのは、食べられる量が減ったことである。

食欲が減ったわけではない、依然喰い気は旺盛なのに、胃袋が受け付けてくれない。
コース料理を前菜から全部食べていくとデザートに行き着かない。
バッフェだと昔なら前菜はたっぷり取って、その後メーンは少なくも二度、デザートは三回ぐらい行けたのに、今は一回ずつ、それも少量ずづが精一杯、とても元が取れない。

留学生の頃、僕は大概のアメリカ人より大食らいだった。
友人宅のパーティで残り物が出ると、おい、シオヤを呼ぼうとお声がかかり、残飯をありがたく頂戴したものである。
しばらく前まではアメリカに行くと、昔の友人はその頭が抜けず、おいもっと食えとご馳走を無理強いされ、もう食えないんだと悲鳴を上げても信用されず、夜通しもたれた胃袋に苦しめられることが度重なった。

それにしてもアメリカの食事は量が多すぎる。このごろは配偶者同伴のことが多いので、すべて一人分を二人で分けるようにしている。
それでもテキサスでは、どうせでかいだろうと、お子様のステーキを一皿だけ頼んで分けて食べたのに、それでも余ってしまった。

ごく最近は日本のレストランでも、一人前を二人で分けることが多くなった。又、ハーフポーションとか、バッフェなら2,3割安いシニアプライスを設けてあるところも増えてきたので、ありがたく思っている。

昨日もどこか外で食事をし、最後のデザートのアップルパイまで二分割しながら、“随分情けない胃袋になったなあ”、となげくと、配偶者は“あら、燃費がよくなったと思えばいいじゃない”と慰めてくれた。
これがポジティブシンキングということかもしれない。
[PR]
by n_shioya | 2007-01-22 22:46 | 食生活 | Comments(0)




woman.excite TOPへ Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - 会社概要 - ヘルプ | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム