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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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ねんきん特別便
b0084241_10585753.jpg悪名高い「ねんきん特別便」が送られてきた。
再送付、重要、親展と封筒にはくどく印刷されているが、最初の通知も受け取った覚えはない。

中身を改めて拝見すると、なるほどわかりづらい。
これで年に何万円か年金が増えるならよく読んでもいいが、その先の手続きやらを考えると、読むのもばかばかしくなる。だいたいこんなことは被害者にやらせないで、加害者がやるべきことだ。
こんなおざなりのものに、また莫大な税金を無駄遣いされるのではやりきれない。
そしてこの印刷業者もどうせ、天下りか随意契約で、社保庁にキックバックしているのだろう。

そもそもは社保庁ちょんぼというか、振り込めさぎではないか。
まず、当時の責任者を刑務所に送り、かかわったもの全員を罷免して、給与を没収して年金補填に当て、道路公団で強制労働させれば、道路特定財源もカットできて一石二鳥にも三鳥にもなるではないか。

大体福田総理なぞ、やる気のない人間を無理に首相に仕立てなければならなかったとは、自民党末期症状ですな。
さっさと解散か総辞職をしていれば、今頃日銀総裁問題で醜態をさらさずにすんだのに。
だが、それに対する民主党といったら・・・もう何もいうまい。
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by n_shioya | 2008-03-31 23:22 | 医療全般 | Comments(4)
ボビーよ、待っとれ:最終章
ゴルフダイジェストが親父の「追悼号」を出してくださった。

5年前、親父が倒れて以来休載になっていた「ボビーよ、待っとれ」の最終章という形で、黄泉の世界からの親父のメッセージという形でくくってある。
さすが親父に長年付き添って下さったダイジェスト氏の作品だけあって、親父のあの自信に溢れた、多少神がかった口調そのままである。

わが親父ながら、やはりたいしたものだったと思う。
あの信念と意志の強さ。
100歳で18ホールを回り、しかも100のスコアを出そうとすることが、どれほど凄いかということは、自分で練習を始めてみてやっと分かった。
だが皆さん、真似はしないほうがいいですぞ。努力すれば人は不可能も可能にできるという、励みというか、努力目標にだけしておいたほうが、気も体も楽だし、かえって長生きできるかもしれませんよ。

タダあの姿勢のよさ呼吸法だけは、今からでも見習おうかと思っている。

昔乗馬をしていたからか、最後まで背筋はピンとしていた。
ゴルフの練習を始め、中心感覚打法の習い始めに益田プロにまずさせられたことは、壁の前に立ち、踵と尻と頭を壁にぴたっとつけることだった。
これが意外に難しい。だが、これこそ中心感覚打法の中心である。

その次が、この体の軸を中心に体全体を一本の棒のようにぐるりぐるりと回す練習である。
これもまた意外に難しいが、なれてくるとごく自然な動作で無理がこないことが分かる。
後はクラブを上下に振るだけ。

それで球は?
そんなものは忘れろ、と益田プロはおっしゃる。が、まだその域には達していない。

このところ益田プロが超人気でレッスンがなかなか取れないでいるが、朝散歩のとき、背筋を伸ばすことと、肩甲骨を背骨に近づけるように上肢を振って、せっかく会得しかけた中心感覚打法を体が忘れないように努力している。

正心調息法と言う呼吸法も理にかなっているとおもう。
酸素補給、瞑想そしてイメージトレーニングという統合医療の三大要素を取り込んでいるからだ。
ただし、親父の方法だと最低20分はかかり、時間がかかるというより、なかなかモチベーションが沸かないのが難である。
僕にできるのは、思いついたときに深呼吸をする程度である。
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by n_shioya | 2008-03-30 22:03 | アンチエイジング | Comments(5)
モナリザ
夕べは久しぶりに「モナリザ」に行った。
箱根のオーミラドー同様、何時行っても裏切られない味である。

10年ほど前、恵比寿でスタートして評判となり、数年前丸ビルが新しくなったとき、その最上階に2号店をオープンした。
例の「ミシュラン東京」では星を一つ獲得した。が、なぜあと二つをケチったのか、以来僕はミシュランを信用していない。

眺めもすこぶるよい。
銀座のモナリザ達をお招きするには格好のレストランである。
美女の飲みっぷりがいいのは見ていて楽しい。見ているだけでこちらも酔いがまわってくるようだ。
お開きになったときは我々が最期の客で、11時を回っていた。
皆さん無事に帰られたでしょうか?
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by n_shioya | 2008-03-29 22:00 | QOL | Comments(3)
温泉の癒し
今度ほど温泉の癒しの力を感じたことはない。

親父が息を引き取って早や2週間。
連日、何かと対応に追われ疲れ果てて、二日前横浜を脱出して伊豆の温泉に向かった。
同行者は配偶者とその親友。
彼女は皮膚科の久木田大先生の妹さんで、配偶者とは高校以来の無二の親友である。
毎春学会出席をかねて札幌から上京されと、僕が運転手を勤めて、配偶者が近辺を案内するしきたりが続いている。

今回は稲取の銀水荘に宿を取り、一晩泊まりだったが、露天風呂に浸かって相模湾の落日をゆっくりと眺めることができた。

思えば両親が熱海に居を構えていた16年間は、伊豆は僕にとっては介護の場所であり、ゆっくり湯治などする気分にはなれなかった。
その後、2年前母親を横浜で看取り、2週間前、今度は東京の病院で親父に別れを告げると、、伊豆は本来の魅力をやっと取り戻してくれた。

銀水荘は初めての宿だった。
100室ほどの大きな宿で、団体も入っていたのに、まったく騒がしさを感じなかったのは、スペースの取り方なのか、それとも名物女将の気配りが末端まで行き届いているのか、極上の安らぎの場であった。
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稲取は東海岸だが、西海岸の堂ヶ島にも姉妹店があるという。
来春はそちらを試そうという話にまでなった。

帰路、今井浜、川奈などを経巡れば、桜はもうもう満開で、すっかりリフレッシュして横浜に戻ることができた。
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by n_shioya | 2008-03-28 23:54 | コーヒーブレーク | Comments(3)
弱肉強食のグローバリゼーション?
グローバリゼーションの津波が世界を飲み込もうとしている。
それはとりもなおさずアメリカナイゼーションであり、その中核にあるのは市場経済のようだ。
能力主義の自由競争というと聞こえはいいが、本質は弱肉強食の世界である。
アメリカンドリームの影には、それに押しつぶされた多数の人間がいるということも忘れてはならない。

医者の世界でもそうだ。若くて仕事がバリバリできるうちは天国である。が、いったん老いぼれれば、過去にいかほどの業績があろうと、弊衣のごとく見捨てられる恐ろしい競争社会である。

昔僕がレジデントをしたオルバニー大学病院の関連病院の一つに、退役軍人病院いわゆるVA ホスピタルというのがあった。
VAは退役軍人の全国的な組織で、各地に病院も運営し、詳しい仕組みは知らないが、メンバーは無償に近い形で医療が受けられた。
どういうわけかこの病院の部長クラスは、若くても退役医師とでも呼びたい無能とは言わないまでも無気力な医師が多く、その分大学病院から派遣されるレジデントが思う存分腕が振るえる、格好な研修の場であった。

僕が大学病院の外科のレジデントとして研修に廻ったとき、VAの外科の部長は年配の好々爺で、もう自分では手術もせず、研究、教育もあまり熱意が無く、タダ安穏な生活を楽しんでいる、レジデントにとってはありがたい存在だった。
だが、大学の外科部長はこれでは研修にならぬと感じたようである。

VAの常勤医師は終身雇用で首にはできないようである。
その時の大学の外科の教授は小泉流のドライな男であった。
その老外科医の上に、若いやり手の外科医を据えた。
やがて老外科医は自発的に退職して、マンハッタンのアパートに移り住んだ。

b0084241_1821310.jpgその老外科医がアパートでガソリンをかぶって焼身自殺したというニュースが伝わってきたのは、それから半年後のことであった。
僕は老いた獅子が、若い獅子に蹴落とされて行くという弱肉強食の動物の世界を見せ付けられた気がした。

毎日のように報道される鉄道の人身事故のニュースを耳にするたびに、僕はあの不幸な老外科医を思い出す。
経済には素人の僕が外科医の死を、弱者切り捨ての小泉の構造改革と短絡的に関係付けるのはおこがましいが。

アメリカの本性を知りたい方は、参考までに最近出た堤氏の「貧困大国アメリカ」をお読みください。
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by n_shioya | 2008-03-27 23:06 | コーヒーブレーク | Comments(3)
ジョージ・エリオットの言葉
こうして僕は形成外科医として、ためらいを感じながらも、形の美を肯定し、追求してきた。
だがいつも心にかかっていたのは、あのイギリスの女流作家、ジョージ・エリオットの言葉である。

十九世紀の女流作家ジョージ・エリオットロモラサイラス・マーナーなどの名作で知られているが、その類い希な知性と人間的な魅力には、およそふさわしからぬ容貌の持ち主であったという。

そのため深くつきあった男性と、同棲は続けても結婚はしてもらえなかった。
結婚したいのは山々だが、その顔では、とまではっきり言われたという。

彼女と親しかった作家のヘンリー・ジェームスは、父親にこう書いている。
「彼女はとてつもなく醜い。額は狭く、目は鈍く灰色で、鼻は垂れ鼻、口は馬鹿でかい・・・・
だが、その醜い衣のうちには 素晴らしい美がひそんでいて、瞬時に人の心を虜にしてしまう。私もその囚われ人の一人です。」

そのエリオット自身は出世作アダム・ビードのなかで、こう言っている。
「すべての美しい形に栄えあれ。男も女もそして子供にも、美をまとわせよう。だが、今ひとつの美も忘れないようにしよう。それは見た目の美しさでなく、人間の心の奥に潜む感性の美を。」

これを僕たちの仕事に当てはめるとこう言うことになるだろう。
“手術によって顔かたちを整えるのも結構でしょう、それでコンプレックスの解消になるならば。でも外見だけの幸せにとどまらないでください。人間の心はもっともっと広く奥深いものですから。”
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by n_shioya | 2008-03-26 22:58 | 美について | Comments(3)
メスで心を癒せるか?
繰り返し述べたように、僕はこれまで“心の悩みを癒すためにメスを握ってきた”つもりである。
しかし本当に、癒しになったのだろうか。

いつも成功したと思うほどうぬぼれてはいないし、いつも失敗だったとも思いたくない。
自分でもうまくいったと思い、患者さんにも満足してもらったという、確かな手応えをつかんだこともある。その反面、不満な患者にののしられたこともないではないのだが、ほとんどの場合は、感謝はされても本当に満足してくれたのかしら、と不安なことが多い。

確かによくはなった。しかし完璧と言うことはあり得ない。よくなった分より、至らぬ分にさいなまれるのが形成外科医ではなかろうか。そして患者さんの本音は?

しかし、この道を選んだことに悔いはない。又、生まれ変わっても同じ道を選ぶだろう。
そして、今ならこうもできたろう、いやあれなら完ぺきなのだがと、未練はつきない。
だがそうして形成外科医をやり直しても、やはり最後には足らざる部分にこだわるのではないだろうか。それが形成外科医の性(さが)というものだから。
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by n_shioya | 2008-03-25 20:26 | アンチエイジング | Comments(2)
乳房の測り方
このところ、「見た目のアンチエイジング研究会」の準備に追われている。
主たる目的は、加齢による身体の変化すなわち、皮膚、容貌、体型などの年齢による特徴的な変貌を把握することである。
つまり診断学である。

これまでは見た目の、すなわち美容医療では、治療のほうが先行し、とりあえずこういう手段が開発されたから、それを適用したらこうなったといった結構いい加減なところがあった。
これに対し、加齢による変化の基礎データを検討し、今流行のエビデンスに基づいた治療体系を打ち立てようという壮大なプロジェクトである。

その基礎となるのが当然ながら「人体計測」である。
ところで人体計測の難しさは、まず定点の取り方にある。
次いで、どこを基準点とするか、基準線をどう決めるか。
生体は流動的な存在である。
又、平均値の意味は。全体の中でのバランスをどう数値化するか、。
さらに容貌、体型は、三次元の立体であり、また表情というダイナミックな要素がある。
いったいこれらをどう数値化したらいいだろうか。

僕は学生時代の、芸大から講義に見えた故中尾教授の「生体観察」の授業を思い起ている。
美術学校お抱えの筋肉マンが現れて、今のボディビルの様に、大胸筋、腹直筋、上腕二頭筋、等々の筋肉を一つずつデモンストレートする。

生体の計測の難しさも、中尾先生が乳房を例にとって説明すると、はなはだわかりやすい。
“そんなの簡単だと思うでしょう、ところがそうではない”というのが、前置きである。
まず、乳房の境界は何処か、富士の裾野みたいなものだが、等高線があるわけでない。
寝ているか立っているか、でも形が変わり、裾野も動く。

b0084241_166378.jpgここでゴヤや、モディリアニなどの絵画の、デフォルメにふれる。
たとえばゴヤの「裸体のマヤ」。あの乳房の描き方は解剖学的にはインチキである。横たわっていればあの大きさの乳房ならば、本物ならもっとダラリとなるはずだと言われる。
豊胸術を受けた女性であれば、たとえば盲腸の手術で寝かされた際、乳房だけがあのように真上に突き出てもおかしくないがといって笑わせる。

ついでブラジャーのいわゆる、バストという計り方では、胸壁、つまり下の筋肉まで含まれてしまう、とファッションにもふれて楽しませる。
大きな水槽に、乳房を漬けて、体積を計る、これとても自然の形ではないが、ま、目安にはなるだろう、とご自身の実験研究を紹介して最後に、
“だから諸君、原始的だが乳房の計測は、素直に手のひらでぎゅっと押さえ込むのが一番確実で手っ取り早い方法だ”と締めくくって、喝采を浴びたものである。
故中尾教授人気の秘密はこんなところにあった。
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by n_shioya | 2008-03-24 22:34 | アンチエイジング | Comments(4)
山のホテル
元箱根の山のホテルつつじの名所として知られている。
5月の連休明けから半ば過ぎまで、白、赤、桃色のつつじの大群が、ホテルのテラス前の斜面を埋め尽くすサマは壮観である。
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60年前に最初に建ったのは、小さな山小屋風のコッテージだったのが、今は立派なホテルに変身している。
山小屋の頃もよかった。
ちょうど免許を取り立ての学生だった僕は、よく訪れては季節には芦ノ湖のわかさぎのフライを楽しんだものである。

北里大学教員のOB会の発起人会として、黒川教授と大内先生が10名ほどの名誉教授をその山のホテルに招集してくれたのが昨夜である。
まだつつじには早いが、天気に恵まれ、庭園から見晴らす芦ノ湖には波一つ無く、西のかなたにはまだ真白く雪に覆われた富士山がくっきりと勇姿を現していた。
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相沢現学部長、馬場教授に加え、菊池元院長、石川、亀谷、吉村の学部長の三名、それに名誉教授の設楽、堀田そして小生などの昔の戦友が一堂に会したのは何年ぶりだろう。
佐藤元理事長兼学長だけが腰痛のため参加できなかったのは残念だった。

b0084241_34005.jpg夕食をかねて回顧談現況報告がされ、北里医学部新設当時の医学教育に対する熱い思いが、皆にまた甦ったようである。(ブログ医療崩壊参照

そして今日は皆はゴルフに勇んで出かけたが、まだその域に達してない僕は配偶者とポーラ美術館で、個人の収集とは思えない印象派を中心とした見事なコレクションを楽しんで帰宅した。
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by n_shioya | 2008-03-23 21:58 | コーヒーブレーク | Comments(3)
グッドサマリタン法
今から50年前のアメリカ留学時代の話だが、「グッド・サマリタン法」という法案がニューヨークの州議会だったかに上程されたが、否決されて医療界で大問題になったことがある。

ことの起こりはどこかのプールでの事故だった。
準備体操なしにさっと飛込みをした男が心臓麻痺を起こした。
居合わせた若いインド人の医師がとっさに心臓マッサージを試みたがむだだった。
するとその医師が家族に訴えられた、死んだのは医師の医療ミスだというのであると。
免許は持っていても、インド人ということも不利な要因だった。

これが論議を呼び、このような医療設備の無い緊急事態に対処した場合は、譬え治療が成功しなくても、医師は免責にしうるというのが法律の趣旨だった。

この法律案の名前には聖書にある「良きサマリヤ人のたとえ話」の説明が必要だ。
隣人を愛せよ”と説いたイエスにある律法の専門家が、“私の隣人とは誰ですか”と聞いた。

イエスの答えは譬えを使ってこう問い返した。
“強盗にあい半殺しになった男が街道に倒れていた。
通りがかった司も、レビ人もその男を避けて行き過ぎた。
ただ一人、あるサマリア人だけが男の手当てをし、宿まで運び、治療費も宿の主人に渡して行った。
誰がこの強盗に襲われた人に対して、隣人として振舞ったと思うか?”
律法の専門家は答えた。
“あわれみをほどこした人です”
イエスは言った“あなたも行って、同じようにしなさい”。

これは隣人とはあなたのほうから求めるのではなく、あなたが進んで隣人になりなさい、という教えだとされている。ちなみに当時サマリア人は下層民族として軽蔑されていた。

この法律が否決されたとき、医療界は自衛のために次のような指針を打ち出した。
「道端でけが人や病人を見かけても、うかつに手を差し伸べないように」と。

こうしてアメリカの医療は崩壊がはじまり、いま日本も同じ道をたどろうとしている。

(ブログ医療崩壊より転載
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by n_shioya | 2008-03-22 11:30 | 医療崩壊 | Comments(7)




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