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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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ブログ三周年
今日はは皆さんで僕のブログ三周年、連続1000回突破を祝ってくださった。
場所は帝国ホテルの17階、レストラン・バイキングだった。

ちょうどバイキングも帝国ホテルが日本に導入して今年が50周年ということで、当時を再現したのメニューを皆で楽しんだ。

皆さん有難うございました。
また、これからも頑張って、アルファに近づくようにします。
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by n_shioya | 2008-05-31 23:09 | アンチエイジング | Comments(12)
美しき惑いの年
若さはいいものである。

"人生の秋”の訪れとともに人は若き日々を懐かしく思う。
あのときに戻れたら,と想起する至福の時のいくつかを誰でも持ちあわせているはずだ。
未来は可能性に満ち溢れて,われわれも活力にみなぎっていた。
すべてがチャレンジであり,好奇心をかきたててくれた。
万巻の書はいずれ読破され、生命の神秘は解き明かされ,社会の不正もすべて是正されるはずであった。
つまりやりたいことはいずれ成し遂げられるという暗黙の了解があった。

若さはまた“美しき惑いの年(カロッサ)”でもある。
理想と現実のギャップに目を向けず、ひたすら突っ走るのを若気の至りと大人達は許してくれた。
そして訪れる挫折。受験の失敗だろうと,友の裏切りだろうと、失恋だろうと挫折のない青春はない。

それはまたフラストレーションの年でもある。親の支え無しには何もできず,すべては将来のための準備期間だというもどかしさ。
そのフラストレーションはかっては支配層へ向けられ、反体制運動の火種となった。今はこれが内にこもり、登校拒否や家庭内暴力を生む。

準備期間,このモラトリウムを卒業して社会に出る頃、厳しい現実の矛盾に対してもはやほとんどの者は,立ち向かうだけの意欲を失い,醜い妥協を試みるようになる。
すると大人達は,ああ,やっと大人になったな,と仲間入りを許してくれる。
若返りとはその頃に戻ることなのだろうか,そしてそれは可能なのだろうか。そしてそれがのぞましいことだろうか?

3月に親父を看取り、改めて自分にも“老い”は訪れると気づかされた。
そしてせまり来る“人生の秋”の悲哀豊かさを同時に感ずるようになった。

今まではアンチエイジングもどちらかというと人事のような気がして、建前はNPO法人のホームページで説いても、ブログでは本音で適当に、といい加減なダブルスタンダードで息抜きをしてきた。

だがこれからはこのギャップを埋めていかねばならぬ。
建前を本音に引き下げるか、あるいは反対に本音を建前に近づける努力を始めるか、どのようにアンチエイジング有言実行するか、ここが思案のしどころである。

お蔭様で5月26日でこのブログも丸三年。一日も欠かさず続けてきたので、すでに1000日を越える。

改めて自分で自分を褒めてやると同時に、これまでこの支離滅裂な独白にお付き合いくださった方々に改めて感謝いたします。
これからも末永くご支援のほどを!
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by n_shioya | 2008-05-30 20:43 | アンチエイジング | Comments(4)
二つの取材
今日は二つ取材が入った。

多々ますます弁ず、”というのが僕のマスコミに対するスタンスである。
自己顕示ではなく(それもあるかもしれないが)、我々医療従事者にとっては常識でも、一般の方々がご存じないことはいくらでもある。また、医療は日進月歩である。
その新しい、かつ必要な情報を開示するのは、我々医療従事者の義務と心得ているが、我々にはその時間もなく能力にも乏しい。
それを職務として受け持ってくださるのが、マスコミの方々と僕は理解している。

さすが皆さんプロだけ在って、飲み込みは早いしまとめ方もお上手である。
僕らでも専門外だと理解に苦しむことでも、数日の取材で一般読者に判りやすくまとめられるのには、それが仕事と言っても、やはり感心させられる。

今日は朝日新聞の記者のの“傷跡のケア”に関する取材と、アンアンの編集部の“若い女性のスキンケア”に関する取材だった。

僕の取り止めのない話が、どんな立派な記事に化けて出るか今から楽しみである。
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by n_shioya | 2008-05-29 21:04 | コーヒーブレーク | Comments(0)
美容外科医を志すあなたへ
なに、美容外科医になりたいって?それも学問的立場を守った。
素晴らしいじゃないですか。

楽しい世界ですよ、美容医療は。手術が楽しいなど言うと普通の人はぎょっとなるけど。
鼻筋を数ミリ高くして、鼻尖部をちょっと持ち上げただけで、ピット決まった感じになったときの嬉しさ。
本人も嬉しいだろうが、これこそ美容外科の醍醐味

ま鼻に限って言えば聖路加の大竹部長の右に出るものはいないでしょう。鼻だけでない、どんな種々でも手際よくこなす。
アンチエイジングのなればやはり帝国ホテルのクリニック宇津木流。10年前に白金の北里研究所病院に美容医療センターを立ち上げた、元祖アンチエイジング。
最近はやりの脂肪注入なら岐阜の市田院長.
レーザー、フィラーを使っての皮膚のアンチエイジングなら、湘南鎌倉病院の山下部長。日本中から患者だけでなく医師も見学に来る。
エステとのコラボをうまく取り入れ、そして地域密着型といいながら、その地域が日本全国に及ぶ自由が丘クリニックの古山理事長
そして皮膚科の教授と連携を密に、美容外科を大学で育てているのが大滋弥教授。
気がついたら、昨日集まったメンバー全員だ。

だが、その域に達するには、研修を安易に考えてはいけませんぞ。
できればまず形成外科の基礎を固め、それを更に美容外科として洗練させる。
すぐに美容に飛び込むと、そこらにウジャマンと入る魑魅魍魎と同類項になってしまう。
メスも使えぬくせに、美容外科医と称して、タレントまがいの活動をし居る。完全にタレントになれば話は別だが、やはり美容外科の足を引っ張ることは同じだ。

最近のメス離れの傾向は、形成外科医としてはいささか悲しい。
が、患者にとっては効果が少なくて、リピートが必要でも、ダウンタイムが短くて、気軽に受けたいという気持ちがわからぬでもない。
あまり馬鹿にせず、学問的に対応して、その中には皮膚科の基礎知識も入るが、ニーヅに答える必要があるでしょう。
でもどんなに簡単な操作でも、医療は医療。リスクは伴うことをよく説明する必要がある。そのリスクを最小限に抑えるために、形成外科の修練が役に立つ。

今日のお話で2年の研修制度医療崩壊に繋がったことは良くわかりました。
だが、考えると使いようによっては、形成外科医にはありがたい制度かもしれない。
僕だったら形成外科、特に美容外科を志す人は、一年目では、外科、麻酔、救命救急など全身管理を覚え、
2年目で、皮膚科、眼科、耳鼻科、整形外科など関連分野を習得できれば理想的だと思うが如何でしょう。

b0084241_10283615.gif美容外科医になることを前提にして、どこで形成外科を修行したらいいか?
これが意外に難問ですが、よく考えて、秘策を練ることにしましょう。
僕の書いた「美容外科の真実」でも参考にしてください。
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by n_shioya | 2008-05-28 21:49 | アンチエイジング | Comments(2)
出版記念会
今日は美容医療界のトップリーダーが銀座に集まった。
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湘南鎌倉病院の山下理恵部長出版記念を肴に、飲み食いいさらに飲み食いさらに・・・・
何時に終わったか定かでない。

聖路加の大竹部長、自由が丘クリニックの古山先生、クリニック宇津木流院長の宇津木先生、さらに岐阜からは市田院長、そして福岡からは大滋弥教授がはせ参じた。

豪華メンバーである。
彼らが動けば、日本の美容医療は地殻変動が起こる。
何が話されたかは追って小出しにしよう。
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by n_shioya | 2008-05-27 23:12 | アンチエイジング | Comments(3)
ホテル アルゴンキン
戸口に山高帽を被ったドアマンが居なければ,これがホテルだとは誰も気がつかないだろう.
五番街とアメリカ街の間,44丁目でビルの谷間に窮屈をそうに立っている古ぼけた石造りの二十階建ての館は,よく見るとなるほど玄関の庇にホテル・アルゴンキンと印されている.
“アルゴンキンとゴンにアクセントをつけてタクシーの運ちゃんに言わないと通じませんよ”,とここを定宿にしている従兄弟で演出家の福田陽一郎に言われたのをおもいだした.

世界の都ニューヨークだ.ホテルはそれこそ星の数程あろう.
まずウォールドルフ・アストリヤ.それより更に格式の高いセンと・レジス.その他,ペニンシュラ,エセックス・ハウス、カーライルなど,あまり我が国ではしられていない高級ホテルがセントラル・パークを取り囲むように林立している.
その中でこのアルゴンキンは所謂高級ホテルではないが,いささかユニークなホテルとして知られている.

1902年の創業以来,雑誌ニューヨーカーの編集者の溜まりとして,又著名な作家や劇作家達の常宿として,洒落ていて暖かみのある,ホテルというよりは日本語の旗籠屋に近いイメージのものとして人気を保ってきた.

そして今、従兄弟の自伝を読みながら、彼の勧めで20年も前にアルゴンキンを始めて訪れたときののことを思いかえしているのだ。
そのときはまだ大学生だった長女が、夏の休暇で一緒だった。

タクシーから降り立った僕は、娘を促して,ごつい木の扉を押し開けた. 中はほの暗く,使い込まれた時代物の家具がしっとり落ち着いた感じを出して,ホテルのロビーというよりは,古い館の居間を感じさせる.
右手の奥の小さなカウンターがフロントで,そこでチェックインして部屋の鍵を受け取った.
エレベーターも時代物で,ボーイが丸い手回しのハンドルをぐるりとまわすとギー,ガタンと動きだす.
部屋もなかなかいい感じだ.
骨董品のような家具やスタンド.三つの中一つは点かない電球.暑くもないのにかかりっぱなしのクーラー. だが不思議と安らぐ感じはなんと表現したらいいか.
“あ素敵!丁度お祖母ちゃまのお持てなしって感じ.それもイギリスの田舎家ってとこかな.”
娘の言葉がピッタリだった.

このホテルの今一つの魅力はブロードウェイのすぐ傍にあることだ. 隣がタイムス・スクェアでその先はもう劇場街.
キャッツ,コーラスライン,スターライトエクスプレス.ともかく40軒を越す芝居小屋がタイムス・スクェアの回りに犇めいているが,皆歩いて行ける距離だ.
お目当てはオペラ座の怪人だったが,勿論半年先まで売り切れ,当日売りなどとんでもありません.とフロントで言われ,
“ じゃ,娘よ.42 ストリートにするか?”
“ オッケー,
という訳でゆっくり昼寝をとってから,夜のブロードウェイに繰り出した.

最近日本でも公演があったから,筋は皆さん御承知でしょう.
田舎からスターを夢見てブロードウェイに出で来た女の子が,努力とツキでやっとトップの座を射止めると言う,まことにアメリカ人好みのサクセス・ストーリーだ.
主役は勿論上手だが,その他大勢の粒揃いの事.
全員のタップで始まる幕開けの稽古場のシーンから,唯もうそのド迫力に圧倒されっぱなしだった.
うーん,これじゃ一寸まだ日本では無理ね.と言うのがその頃ダンスに凝っていた娘の感想だった.

翌朝の朝飯はロビーの奥の明るいダイニング・ルームである.
白い壁にロココ調の赤い椅子が可愛らしい.
中央のテーブルには出勤前のビジネスマンが二三人.年寄り夫婦が一組壁際の席に.そして部屋の片隅でキャリアウーマンらしき美人が,カフェオレとクロワッサンを前にして書き物をしている.
自分でもカフェ・オレとクロワッサンを頼みながら娘が言った. “若い女が一人で朝飯を食べていて,サマになるホテルは珍しいわね.”

以来アルゴンキンは僕にも定宿となった。
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by n_shioya | 2008-05-26 23:06 | コーヒーブレーク | Comments(5)
~これからの美容医療~
今日は福岡で行われた
アンチエイジングセミナー in 九州~これからの美容医療~
に出席。
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世話人は福岡大学の中山教授で企画はJ-mec
NPO法人アンチエイジングネットワークが後援をしているので、最初にNPO理事長としてご挨拶をさせて頂いた。
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J-mecはわが国でレーザー機器のリーディングカンパニーだが、つとにアンチエイジングの導入に一役も二役も買った、美容医療では先端的な企業である。
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今回は主として肌のアンチエイジング、それもレーザー治療が中心だったが、いまだにレーザーの進歩は目を見張るものがある。ちょうどコンピューターの世界と似ている、というかレーザー本体の半分はコンピューターと言えないことはない。
パソコンと同じで、あまりにも新しい機種が続出で、まめに顔を出していないと進歩に取り残される。
だが、だがパソコンと違い、単価は二桁も違う。
これを年中買い揃えなければならないのでは、クリニックの経営者も大変だろうと同情した。

異色の二つの講演
古賀女史による「美容クリニックに求められるホスピタリティとは」と
山田教授の「人の問題から見た成功するクリニック経営」
は並みの医師には盲点の部分で、大変参考になった。
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by n_shioya | 2008-05-25 22:45 | アンチエイジング | Comments(3)
人間家族
津田女子大の学生寮には男便所がない。
この当たり前のことを知らされたのは、医学部の一年生の夏休みである。

何も女装で侵入し、痴漢行為に及んだわけではない。クエーカーの団体主催のれっきとした「平和問題に関する国際学生セミナー」に参加した時の経験である。
戦後5年目。まだ日本は食糧不足で、チョコレートをばら撒く占領軍に後光がさしていた時代であった。

日本在住の、それに加えてこのために来日した世界各国の学生40~50人が、2週間、津田の寮に合宿して、世界のエキスパートの講義を聞き、小グループにわかれ、これから世界平和を如何に築くべきか、激論を戦わしたのである。

参加国は韓国、中国、タイ、フィリッピン、インド、オーストラリアそして勿論アメリカ。
日本側は東大、慶応、早稲田、一ツ橋、同志社など全国の大学から一、二名ずつ選ばれてきた。その他外務省の研修生が数名いたように思う。
2週間、討論は英語だった。

討議の合間には、水泳、野球、テニスなど運動に興じ、夜は夜で余興大会など開催し、2週間にわたって寝食を共にすると、お互い気心の知れた仲間になり、理屈抜きに平和のありがたさを感じることが出来た。
勿論、男女は別棟に分かれて泊まった。

すでに鉄のカーテンはヨーロッパに影を落としていたが、まだベルリンの壁は立ちふさがらず、我々日本の学生は祖国復興の意気に燃え、アジアの若者は植民地政策から開放された独立の喜びに溢れ、アメリカは一段上から指導的な立場を受け持ち、皆平和な未来を信じていた。

なにを議論したか具体的なことは忘れてしまったが、あの精神形成期に体得していまだに恩恵を受けていることがいくつかある。

まず、国際社会で日本の学閥などまったく無意味だということだ。出身校に関わらず出来る奴は出来るし、いい奴はいい。
また、肌の色、言葉の違い、つまり国籍の壁を越えて、大げさに言えば人類は一つ、つまり「人間家族」という意識を植え付けられたことだった。

それを国際性というならば、その頃に比べ今の若者は遥かに国際性を身につけるチャンスに恵まれているはずだ。
もっともっと在日の外国人と交流を深め、海外にも飛び出し、ブランドショップはほどほどにして、もっと現地の若者と交わって、このかけがえのない地球に共生する我ら「人間家族」を肌で感じ取って欲しい。

もし僕の言うことがぴんとこないというなら、まずあの不朽の名著、エドワード・スタイケンの写真集「The Family of Man」を紐解いてみたらどうだろう。
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by n_shioya | 2008-05-24 22:54 | コーヒーブレーク | Comments(4)
老人は若者のお荷物か?
今日本は年金問題で大揉めに揉めている。これは国家規模の振り込め詐欺だが、それ以前から若い者は何かにつけて老人を厄介物にするようになった。

禄に働きもないくせに,年金だけはもらってのうのうとしていている。
どうせ俺達が年をとる頃は日本は破産して、年金などなくなちゃう。ばかばかしくて払えるか、と年金控除を断る若者が増えているという。
その気持ちもわからぬでないが、それでは働いて役に立とうと思うと,老いぼれがなんで俺達の稼ぎ場所を奪うんだとわめく。

そんなことはない?
それじゃなんで定年制度など設けるんだ。
これは年齢による差別ではないか。そういえばアメリカではとうに,年齢による差別は撤廃され,法律上定年制度は廃止された。
働く場は与えられないまま,無駄飯を食ってと怒られては立つ瀬がない。

勿論,とっくに定年を過ぎても,お手盛りで規則を変えて“余人を持って変えがたし”と,居座って顰蹙を買っているボケ老人もいないではないが。

老人が非生産的と言う勘違いの一番の原因は,生産性の基準が間違っているからである。
今のGDPの算出は,給与か代価としての金銭の動きがないと計算されない。
ボランティア活動や,コミューにティサービスなどはいくら働いても,いくら社会に貢献しても,生産的とは考えてもらえない。

例えば孫のお守り。その間に娘は会社で働いて給与をもらっても,それは娘の生産性に寄与するだけで,親がベビーシッターをしても非生産的のままである。
これは主婦の労働についても同じことが言える。

もっとわかりやすい例を作ろう。
隣同士で老人がベビーシッターをしたとしよう.そしてお互いに同額の金額の謝礼を払ったことして,じっさいには相殺とする。
この場合は形の上ではある金額、つまり収益が動いてわけで,生産的であり、GDPに寄与たことになる。なんとも奇妙なことではないだろうか。
つまり、所得発生にこだわらなければ,老人でもいくらも生産性を発揮しているのである。
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by n_shioya | 2008-05-23 22:31 | アンチエイジング | Comments(10)
エド・マローという男
b0084241_9164550.jpgエド・マロー」の伝記を読み終えた。
昨日の午後そごうの紀伊国屋で手にして、エピローグから虜になり、そのまま家で読み続け、夜中過ぎやっとあとがきを読み終えて、床に入ることができた。

冷やかし半分で本屋を入っても、手ぶらで出てきたことがないのが僕の悪癖である。
全部読めるわけではないので、我が家は読みかけの本で溢れている。
金を払うのは読む価値のあるものだけにして頂戴と配偶者は言うが、それは読み始めてみないとわからないでしょう。
だが十に一つは読み出したらとたんにはまって、そのまま読了する“当たり”もある。
エド・マローは“大当たり”だった。

ラジオ時代からの二ユースキャスターの草分け。
第二次大戦時のロンドン空爆の生々しい実況放送で一躍人気を呼ぶ。
テレビ時代には例の「赤狩り」のマッカシーを引きずり落としたキャスターとしてさらに男を上げる。
そのころ僕もアメリカ留学中だったので、チャップリンオッペンハイマーまで巻き込んだあのアメリカの汚辱の悲劇の記憶は生々しい。

彼に匹敵するのは、ジョンソンにベトナムを諦めさせたウォルター・クロンカイトぐらいだろうか、その報道スタイルは対蹠的だったが。

体制側は本質的に隠蔽を図る。その権力を傘に着た“暴露の抵抗”と戦い、不正を暴くのがジャーナリズムの使命とわれわれは期待しても、時にその戦いは壮絶なものとなる。

僕がこれほどまでにジャーナリズムにこだわるのは、あの過酷な幼児体験のせいであろう。
国民は“菊とサーベル”によって、目隠しをされ、猿轡をはめられ、さらには思考の自由も奪われてしまった暗黒の時代。
あの忌まわしい大本営発表の後遺症で、どんな報道でもまず反射的に眉に唾して自衛を諮る男にとって、真実の報道は可能か?報道の使命とは?そもそも真実とは?どこにそれを求めればよいか?という問いかけは、いまだに模索を続けている大命題である。

日本に今彼らのような気骨のあるジャーナリストはいるのだろうか。
そしてニール・シーハンとボブ・ウッダードを守ったニューヨークタイムスワシントンポストのような経営陣。
このように社の命運をかけても記者を守るガッツが、日本のメディアにあるだろうか?
わが国のように、体制べったりの記者クラブの存在は、ジャーナリズムの自殺行為ではなかろうか。

ハルバースタムの[Power that be(メディアの権力)」ヘドリック・スミスの[Washingotn Power Game]そしてボブ・ウッダードの一連のブッシュ政権もの。
こうしてアメリカのジャーナリストは僕の野次馬根性に掻き立てる名著を次から次へと提供してくれる。
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by n_shioya | 2008-05-22 21:56 | コーヒーブレーク | Comments(4)




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