ウーマンエキサイト ガルボ Exciteホーム | Woman.excite | Garboトップ | Womanサイトマップ
ガルボウーマンエキサイト
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
<   2008年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧
公開シンポジュームの仕上げ
今日の昼間は司会の大下さんをクリニックにお迎えして、一週間先に迫った公開シンポジュームの打ち合わせ。
さすがベテランのアナウンサーだけあって、こちらの無理な注文にも、柔軟に笑顔で対応してくださる。

夜はセミナー講師の麻生名誉教授とそのご夫人、それにこれも講師の浜中先生事務方2名と計6名で、ダズルでディナーを楽しみながらの最終の詰め。

つもながら料理は洒落ていて、マネジャーのジョンがこれもいつものノリで、食卓を楽しませてくれた。

すでに申し込みは千人を超えているという。
会場も広く取ったので、今回は濃い内容のセミナーを、ゆったりとお楽しみいただけることと思う。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-31 23:12 | アンチエイジング | Comments(4)
N響定期演奏
昨日はゴルフの練習に励んだので、今日は骨休めで、N響の定期演奏会

指揮はイタリアのノセダ。ピアノはノルウェーの生んだ逸材、アンスネス
前半がラフマニノフのピアノコンチェルト。
素晴らしい演奏にアンコール鳴り止まず、アンスネスはドビュッシーの前奏曲の一曲で応えてくれた。

後半はレスピーギの小曲一つと五つの練習曲「音の絵」だった。
どちらも初めて聞く曲だが、なかなかよかった。

思い出すと僕の学生時代、仲間のほとんどがN響の定期公演のメンバーだった。
今皆がそのまま、後期高齢に突入した感がある。
従って定期演奏会は「特養」とまでは言わないが、ちょっとした「老人ホーム」の集いの感が無いでもない。
若者はそこまでクラシック離れをしてしまったのだろうか。

昔、五味康祐は、その人が青春をベートーベンの「運命」で過ごしたか、またはモーツァルトの「ト短調」だったかで、分けることができると言ったが、今の若い者を種別するのは、どんな曲なのだろうか、ポピュラーにしても。

ちなみに僕は、シューベルトの「冬の旅」を知ってるかどうかで区分けする癖がある。
そして今日もまた、演奏会場で販売していたCDの中に、アンスネスの伴奏で、現代のシューベルト歌い、テナーのボストリッジの歌う「冬の旅」のCDを見つけ、買って来てしまった。

今から聞き始めると、寝るのは何時になることやら・・・
[PR]
by n_shioya | 2008-10-30 23:09 | コーヒーブレーク | Comments(12)
ゴルフレッスン再開!
しばらく途切れていたゴルフの練習を再開した。
半年振りである。
これは僕の怠慢ではなく、増田プロが超人気でレッスンがなかなかとれないのと、練習場が今までの赤坂から四谷に移転するため、暫く中断してのだ。

合間に全く練習をしてなかったので、また振り出しに戻ったかと心配だったが、30分ほどやっているうちに、だんだんと思いだしてきた。
“やっぱり、先生はもう体が覚えているから大丈夫ですよ”と増田プロはおだて方もプロである。

当初の目標はこの春のコースデビューだった。
何とか寒くならないうちにと思ったが、あいにく11月、12月は相模も混み合っていて、何とか予約が取れたのが12月26日である。

もう寒いだろうな?
いやでもこれを逃すと来春まで伸びてしまう。
年内に思い切って始めないと、もうだれも信用してくれないだろう。
いやもうすでに失墜している。
やりましょう、12月26日にコースデビューを。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-29 21:18 | エクササイズ | Comments(10)
浅草踊り
僕にとって浅草は「曾遊の地」である。
何もそんな気取った言い方をせずに、「ガキの時によく遊んだ」と言えばいいじゃないか。
はい、確かに。
広辞苑で調べたらもう載っていませんでした。
b0084241_9324269.jpg

親父が渋谷で開業し、住まいも一緒だったので、僕は昭和の始めに渋谷で生まれ育った。
ちょうどそのころ、初めて東京に地下鉄ができて、渋谷と浅草がアンダーグラウンドでつながり、日曜ともなれば看護婦さんに連れられて浅草に出かけ、松屋の最上階の遊び場で、ゴロゴロさんに球をぶつけて楽しんだものである。
でっかい雷神の像のおなかに球が当たると、雷さんはゆっくりと手を挙げながら、ゴロゴロと腹に響くような音を出すのが楽しみだった。

今日は江戸っ子滝川会長のお招きで、久しぶりにその浅草を訪れた。以前も三社祭に御呼ばれしたが、今回は「浅草踊り」が七年ぶりに復活したのでどうぞ、ということだった。
b0084241_933942.jpg

b0084241_9332587.jpg

楽しい一日だった。“浅草情緒”を満喫した。
ここでまた蘊蓄を傾けると、“情緒”はジョウショが正しいはずなのに、最近ではジョウチョが優勢だが、広辞苑ではやはりジョウショが第一選択になっている。

さて肝心の「浅草踊り」だが、踊りも見事だったが、何よりも“浅草芸者”の心意気に感動した。
芸者さんというのは、他の地区では絶滅にひんしている種族だという。
だが、“浅草芸者”は健在である。
それを知っただけでもうれしかった。
また、わざわざお呼びくださった滝川会長にもお礼を申し上げたい。

持つべきものはよき友である。それも江戸っ子に勝るものはない。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-28 23:04 | コーヒーブレーク | Comments(9)
忙しい一日
先ほど帰宅。
明日までもう30分もない。
忙しい一日だったと言えるだろう。
今日はこれで、“お休みなさい。”
[PR]
by n_shioya | 2008-10-27 23:45 | コーヒーブレーク | Comments(4)
大谷吉秀君を偲ぶ
今日は埼玉医大の外科教授、「大谷吉秀君を偲ぶ会」がホテルオークラで行われた。
近頃は葬儀は家族だけの密葬を執り行い、しばらく経ってから関係者に呼び掛けて、故人を「偲ぶ会」を催すことが多い。
意義のある習わしだと思う。
ある程度心の平静を取り戻したところで、皆でじっくり故人をしのぶことが出来るからだ。
だが亡くなられてもう4カ月経つのに、これほどの“喪失感”を味わったのは初めてである。
b0084241_1051681.jpg

君の教授就任を同じホテルオークラで祝ったのが、つい三年前。
このブログでも、彼の門出を励ましたものである。
誰が今日またこのような形で集まるようになると思っただろう。
享年50
これから新たな教室造りを、と張り切ってスタートした矢先の訃報だった。

君は消化器外科で僕は形成外科だが、創傷治癒に一緒に取組み、国内外の学会を御一緒することが多かった。
また、創傷治癒の学会誌、WRRの編集も一緒で、欧米で行われる編集会議など、君がいるおかげで僕は時差ボケを理由に安心して居眠りしていることができた。

参加された皆様が異口同音に称えたように、君は人もうらやむ能力に恵まれ、心優しく、誠実であった。しかも本当に恰好よかった。
なぜこれほどすくすくと伸びつつある若木が、かくも無残に折り倒されなければならないのか。
“神は愛する者を早く召される”という。
そんな勝手な理屈があるだろうか。われわれだって君を愛し、もっと君の存在を必要としているのに。
なぜこんなむごいことが許されるのか。

ロード・テニソンは親友アーサー・ハラムの死を悼み、17年の年月をかけて、長編詩「イン・メモリアム」を歌い上げた。
大谷君。
そのような真似は僕にはできないが、せめてこの場で、君に対する想いを綴ることを許してほしい。これは僕の“心の軌跡”でもあるので。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-26 20:42 | コーヒーブレーク | Comments(2)
ヒットラーの贋札
このところ“ヒットラー物”が続いている。
2週間ほど前には、“わが教え子ヒットラー”、その前は見損なったが “ヒットラー最後の12日間
どうして60年経った今でもまだヒットラーなのだろう。
それ以外にも、“ホロコースト”を扱ったもの、“戦場のピアニスト”、“ドレスデン最後の日”など、ナチ関係のものを挙げればきりがない。
そう言いながら自分でもせっせと見に行くのだから世話はないが。

ユダヤ人にとっては、まだまだ恨みの傷は癒えてないだろう。
ドイツ人に関して言えばは、いくら自虐的に懺悔を繰り返しても、贖罪として自分たちを納得させられないのは、まだ己の中のヒットラーを恐れているからだという解釈もあるようだ。

そして当時の日本の少年たちにとっては、ナチは輝かしい存在だったことは皆認めるところである。
その青年団体、“ヒットラーユーゲント”の存在など、今はみな口を拭っているが、彼等は兄貴分というか、“日本少国民”のロールモデルでさえあった。

この映画は、第二次大戦中、ナチスドイツがイギリスの経済混乱を狙った「ベルンハルト作戦」のもと、強制収容所内の紙幣贋造工場で、ユダヤ系技術者にポンドの贋札を強制的に作らせたという史実に基づいている。
実際に紙幣贋造にかかわった印刷技師アドルフ・ブルガーの著書をベースにフィクションをくわえ、スリリングかつドラマティックな映画に仕上げている。
よくできた映画で、ナチの狂気の恐怖政治がよく再現されているが、戦争を知らない今の若者たちには、どう映るのだろう。

我々は同じような恐怖政治を、骨の髄まで味わっている。それは天皇の軍隊による、自国民の弾圧である。極端にいえば、日本全国がオーム真理教に操られたようなものだった。
日本はアジア諸国を侵略し、失敗して、降伏した。
この単純明白な事実を認めようとせず、自衛、終戦というあいまいな表現で自分たちに免罪符を与えようという風潮が日増しに強まっている。
そう教育されてきた若者にとってこの映画は、単によくできたエンターテイメントにすぎないのかもしれない。

映画を見て、またシャイラーの「第三帝国の興亡」を読み返したくなった。
やはり僕も内なるヒットラーを抱えているのだろうか?
[PR]
by n_shioya | 2008-10-25 21:07 | コーヒーブレーク | Comments(6)
学校教育からいかに身を守るか?
僕ぐらい、学校教育に根強い不信感を持っている男はいないだろう。

一つには、高校時代、教育制度の度重なる改変で、4年間に三度も入学試験を受けさせられた恨みがある。

しかもその以前には、敗戦による180度の価値転換で、小、中学教育で受けた理科以外のほとんどの教科書が全面否定され、墨で塗りつぶすという作業を強制された苦い経験もある。
それによって、保身のためには前言をくるりと翻す教師の醜い姿をいやというほど見せつけられた。
もっとも、生徒に合わす顔がないと教壇を去ったわずかの教師もいたが。

だが、そういった状況変化よりも、もっと本質的なのは、学校は教える側の都合によって組み立てられているということである。
そのために子供の伸びる芽は容赦なく摘まれていく。
たとえば脳の働きは、一時間ごとに、国語から数学へそしてまた歴史へと迅速に衣替えするようにはできていないし、それに適応することで、自らの問題発見と解決の能力は失われていく。

時間割など思い切ってなくして、その時その子が興味を持っている対象を、その時点の能力で対処できるまで中断せずに、ぎりぎり追及させるのが望ましい教育だと思う。
しかしこれには、個人教授に近い教師の数と能力が要求され、現実には不可能なことはよくわかる。

たしかに経済的な理由から医療の世界でも、クリニックや病院の運営は、医療従事者側の都合が優先し、患者の都合やアメニティは後回しにされがちなので、あまり大きなことは言えないが。

また、経済的な理由だけでなく、為政者の言いなりになる愚民を養成するために学校は役立っているし、その手先が文科省である。
本当に学生の思考能力を重視した智力を養成したいなら、まず、文科省を廃止し、教師に教科書の選択を含め、もっと自由度を与えることから始めるべきだろう。
村の掟で汲々としている文科省の役人が、嘘八百のの政治家と一緒に、徳育など説くのが噴飯もので、決して子供たちに良い影響は与えない。

僕が改めてこう言いだしたのは、大学を退職して10年たった今、やっと学校教育のくびきから解き放たれ、初めて自分の頭を使い、自由な発想を楽しめるようになったからである。

など偉そうなことを言うと配偶者からは、“要するに貴方、被害妄想から誇大妄想に変わっただけじゃないの”と言われそうな気がしないでもないが。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-24 22:36 | コーヒーブレーク | Comments(4)
ミレイのオフィーリア
“How should I your true love know
From another one?・・・
He is dead and gone, lady,
He is dead and gone;
At his head a grass-green turf,
At his heels a stone.”

ハムレットの第四幕第五場で、正気を失ったオフィーリアは、歌の最後で“ストーン!”と叫びながら、泣き崩れる。
そしてそのあと、小川に溺れてしまう。

ローレンス・オリヴィエの映画ハムレットでは、オフィーリアを演じたのはジーンシモンズだった。
だが、この歌が心に響くたびに、僕の脳裏に浮かぶのはミレイのオフィーリアである。
無学にも僕は、ミレイの絵はこれしか知らなかった。しかもあの小川に浮かぶオフィーリアは、ハムレットを読む前から馴染んでいた。子供心にもそれほど印象的だったのだろう。

b0084241_1072673.jpg今日、東急文化村ミレイ展を覗き、オフィーリアを含め彼の素晴らしい数々の作品に圧倒されて帰ってきた。

9歳の時のデッサンの素晴らしさ。
そのまま芸大から特待生としてお呼びがかかっても不思議ではないくらいの出来栄えである。

僕はプレ・ラファエル派は、ロゼッティぐらいしかなじみがなく、しかもあの角ばった顎がどちらかというと苦手であった。
だがもっとイギリス絵画も見直さねばならないと感じた。
あらためて考えると、イギリスは島国のせいか、コンスターブルにしてもターナーにしても、国内で絵画は完結し、いわゆるルーブル、オルセー、プラド中心の西洋名画から置き去りにされている感がある。

近代絵画はあらゆる表現法を試み、行き詰まって末、また糞リアリズムに一部回帰したがある。
リアリズムというとまず思い浮かぶのが、日本画ではあるが速水御舟だが、“あれは写実性以上のものと思いますが何と呼べばいいのでしょう?”と、芸大の美術解剖の故中尾教授にお伺いすると、“迫真性というべきでしょう”と即座にお答をを頂いたことがある。
ミレイの肖像画、風景画、すべてリアリズムに徹してはいるが、迫真性と同時に唯美的でもある。

同じ階のカフェ・ドゥ・マゴでエスプレソをすすりながら、これまでに接した名画、名曲にあれこれ思いを巡らしながら、“芸術作品を鑑賞する”というのは間違いで、“体験する“もっと具体的には“感ず”べきものである、と言えるようになった後期高齢者のゆとりに感謝を捧げたくなった。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-23 21:17 | 美について | Comments(10)
アンチエイジングの一日
今日は楽しい一日になった。
b0084241_105363.jpg

朝から山本浩未女史11月9日の公開シンポジュームの打ち合わせ。
彼女は、容姿に関心のある女性なら誰でもご存じの、カリスマ”的”でない本物のカリスマ メーキャップ・アーティスト
おかげさまで参加希望者は殺到して、会場の席数を増やすべく、事務局は大わらわである。これで席数も増やしたので、是非お申込みを。
今からでもまだ遅くありません。”

昼はさる美女とランチデート

午後は雑誌アディクタムのアンチエイジング特集記事の取材。
どうしてこう雑誌社は美人記者を差し向けるのだろう。
つい差しさわりのある本音をべらべらしゃべってしまうのは、決して僕だけの責任ではない。

夜は夜で、クリニックのラウンジを開放して、今大ブレーク中の朝倉匠子女史のファンクラブのカクテルパーティ。
b0084241_10574187.jpg

つまり美女漬けのまことにアンチエイジングな一日だった。

というわけで“霞が関総攻撃”など野暮な話題はまた別の機会に。
[PR]
by n_shioya | 2008-10-22 20:11 | アンチエイジング | Comments(6)




woman.excite TOPへ Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - 会社概要 - ヘルプ | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム