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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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チーズケーキとワッフル
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山手の外人墓地の向かいに、ワッフルチーズケーキの可愛いカフェができた。
しばらく前まではフレンチ・レストランだった店だ。
赤と白のストライプのキャンバス・トップをくぐって中に入って、コーヒーを頼んだ。
テーブルクロスも赤と白のギンガムである。
初めてのパリで、友人に連れてもらったブーローニュの森の中のテラス・レストランのテーブル・クロスも、赤と白のギンガムだったのをなぜか思い出す。



ワッフルベルギーの名物だと知ったのは、ストックホルムに行った時だ。
夕方、ちょっと時間が空いたので、どこか近くにドライブと思い宿の者に聞くと、市の南の郊外にあるドロットニングホルム宮殿がいいだろうという。しかもそこで出すベルジャン・ワッフルがお勧めだという。
30分ほどのドライヴで宮殿にたどり着いた時は、残念ながらもうワッフルの店は閉まっていた。
だが、まもなく宮殿の中でバロック演奏が始まるが、まだ席は空いてるので如何、と宮殿案内のハンサムなブロンドの若者が誘ってくれた。

ヨーロッパの街では、しばしばこうした場所でコンサートを聴く機会に恵まれる。パリのサン・シャペルとか、ザルツブルグのホーエンザルツブルグ城とかでも経験したが、コンサート・ホールのフォーマルな演奏会とは違った親しみやすさがある。
その時もだいぶ心を動かされたが、時間の都合で辞退してそのままホテルに戻った。
だが、無理してでも聴いておきたかったと、いまだに思い出すだに残念でならない。
ワッフルもそうだ。b0084241_23465917.jpg
その後、何度かブラッセルに行って、充分にワッフルは堪能したが、ドロットニングホルムワッフルは未だに心残りである。
食い意地の張った僕は、とかく何を食べたかより、何を食べそこなったかが忘れられないものである。

チーズケーキについては、日本では本物のチーズケーキにありつけない、もしニュー・ヨークのカーネギー・デリを本物とした場合だが。ついでに言うならば、あそこのパストラミ・サンドウィッチも絶品だ。

だが昔は東京にも本物のチーズケーキを出す店が一軒だけあった。元の防衛庁、今のミッドタウンのあたりに、ユダヤ人の名物小母さんが自分の名前をつけたアナ・ディンキンズというコーシャ・レストランだ。ガラッパチ小母さんで、ちょっとでも料理を残すと、“こんなおいしいものを!”とこっぴどく怒られたものである。

ところでこの外人墓地前のお店のチーズケーキとワッフルは?
今回はコーヒーだけでしたので、次回お知らせしましょう。
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by n_shioya | 2009-12-31 23:10 | 食生活 | Comments(6)
「生きる意味」
え!マジ、この男。
題名を見て一瞬そう思った。
生きる意味」上田紀行著とある。岩波新書の赤版だ。

b0084241_205620100.jpg今時こんなことを大上段に振りかざすなんて、頭がおかしいんじゃないかと共感を覚えて買ってしまった。

読み始めると、著者は文化人類学の教授だけあって、現代人の病巣を見事に暴いて非常に読み応えがある。
最終章の冒頭のパラグラフが、全体の要旨のまとめになっているで、ここに引用する。

『さて、「生きる意味の病」から出発して、私たちはようやく未来を展望できるところまで到達した。「人の目」と「効率性」によってがんじがらめになって、私たち自身の「生きる意味」が見失われているところに私たちの時代の病はある。それ故、いま私たちに求められているのは、私たちひとりひとりの「生きる意味」の自立である。しかし、一見私たちの自立をもたらすように見える、新自由主義的なグローバリズムは私たちをますます効率性と他人からの評価に縛りつけ、私たちの「生きる意味の再構築」をもたらすものではない。
今こそ、経済成長や数字に表わされる成長といった、私たちや私たちの社会を外から量的に見る見方だけでなく、「生きる意味の成長」といった人生の質に関わる成長を考えるべきではないか。そうした「内的成長」をもたらす社会への転換が求められているのである。それは私たちが自分自身の「喜び」と「苦悩」に向かい合うことから始まる。そして、それは私たちの間のコミューニケーションの在り方の転換でもある。「内的成長」を育むさまざまなグループが生まれ、さらに仕事、学校、家庭といった場が私たちの「内的成長」の場へと転換していく。私たちのたどってきた道筋はおおよそ以上のようなものであった。・・・』

これだけでは何のとこかわからない、という方は是非原著をお読み下さい。決して後悔しませんよ。
なぜなら、この本に書かれていることは空理空論でなく、著者が体当たりして得た実体験から生まれたものですから。

ちなみに今僕はアンチエイジングにのめり込んで、高齢者のQOLが最大の関心事となっている。これすなわち生きがいの問題である。
だが本書を読んで、現代の若者の生きがい喪失の方が、はるかに深刻な問題と感じた。
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by n_shioya | 2009-12-30 20:19 | コーヒーブレーク | Comments(2)
きみに読む物語
“これはぜひ、親父とおふくろに見てもらいたいと思って。とてもいい映画なんだ。”と子供たちから、一枚のDVDを渡された。
きみに読む物語」という5年ほど前に評判になった映画である。b0084241_7502449.jpg

認知症を患い過去を思い出せずにいる老女と共に、療養施設へ入寮しているデュークは、ノートに書かれた物語を彼女へ読み聞かせている。
物語は、1940年のアメリカ南部シーブルックを舞台にした、青年ノアと少女アリーのひと夏の出来事であった。”

というのが、ウィキペディアの梗概の引用だが、この先を話すとネタワレになってしまうのでやめておく。
要は、「純愛物語」(多少ハチャメチャではあるが)と「認知症問題」(これは切実な問題ではある)が巧みに絡み合って、ストーリーは展開する。
確かによくできた映画には違いないが、見終わった配偶者と僕は、“なんでまた、子供たちがこの映画を我々が見るべきと思ったのだろう”、といささか不審に思ったことは確かだ。

我々夫婦の一人が認知症になれば、こうなりますぞ、というブラックヒューモアなのか、映画のエンディングのように、二人揃ってとっととあの世に逝って欲しい、という真摯なメッセージなのか、ひねこびれた両親は、正直子供たちの真意を計りかねている。

この映画をご覧の皆さんはどう感じられましたか?
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by n_shioya | 2009-12-29 22:25 | コーヒーブレーク | Comments(8)
年の終わり
今日の午後、北里研究所病院で今年最後の患者を診て帰宅すると、どっと疲れが出て、着替えもせずソファにマグロのようにしばらく横たわっていた。
これで今年の仕事はすべて終わったという安堵感だった。
そして“越し方行く末”に思いを馳せた。

本当にいろいろなことのあった年だった。
で、最もメモラブルな思い出は?
そう、ニューヨークから孫娘が来て、夏休みを我々と過ごしたことだったろうか。
このことはまた改めて。
もう夜も更けてきた。

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by n_shioya | 2009-12-28 23:58 | Comments(13)
アンチエイジングのベストセラー
この春、某出版社から話のあったアンチエイジングの啓もう書がもう出来上がり、新年早々から書店に並ぶことになった。
2年前から始めた今一つの出版所の方は、単行本編集担当が雑誌の編集長になったため、今一歩というところで停滞しているがこれも来春には出版される予定である。

早速このブログでご紹介したいと思ったら、出版社の戦略上、具体的なことは発売日までは控えてほしいという。
ざっと目を通したところ、自分で云うのもおかしいが、なかなか読みやすく内容も充実している。

これまでも何冊か本作りはしたが、一般書の場合は学術書と風習が違い面白い。
学術書の場合はまず、本の構成からターゲット層、ページ数、発売日そして印税など、まず事細かく決めたうえで、契約書を交わしてスタートする。
一般書の場合は、“先生、こんなところで一つ”と編集者から依頼が来る。
“ふむ、それじゃあ”とこちらは“こんなところ”がどんなところが判然としないまま、何となくお引き受けした形になる。
そこでこちらがとりあえず書き始めればよいのだが、なかなか筆が進まないままに、数カ月が過ぎる。
すると、業を煮やした?編集者から、腕利きのライターが差し向けられる。向こうは、乾いた雑巾から水の滴を絞り出す名人である。

そうして数カ月もたたぬうちに、“先生、こんなところで如何でしょう?”と完成まじかの原稿が持ち込まれる。
いやー、見事なものである。僕にはとてもこういう上手い表現は出来ないとうめいてしまう。
だが、そんなことは素知らぬ顔で、“ふむ、まあこれでいいでしょう。”ともったいをつけて、承諾を与える。
そして発売直前になって、題名表装を決めるのが編集者の仕事である。それから帯も。このへんのことは、本の売れ行きにもかかわるので、編集者にお任せした方が賢明であることはいうまでもない。

というわけで、年明けのの発売日が待ち遠しい。ベストセラーになりますように。
いやそんな大それたことは言わない、せめて洛陽の紙価がちょっとでも上がりますように。
や、こっちのほうがもっと厚かましいかな。

そして、乞う、御期待!
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by n_shioya | 2009-12-27 23:53 | アンチエイジング | Comments(5)
スターバックス
地下鉄の元町駅と山手の丘のアメリカ山公園がエレベーターとエスカレーターで繋がったので、僕の朝の散歩道にヴァリエーションが出来た。
フランス山を下りて、山下公園を散策、そして時折ニューグランドでお茶する従来のコースに、アメリカ山公園から元町に降りてスターバックスでひと休みするコースが加わったのである。

スターバックスのコーヒーは旨い。どこがどう違うのか、たまたま僕の好みなのか、店の雰囲気もアメリカが漂っている。

昔アメリカではコーヒー一杯で、何時間も過ごすという習慣は、グリニッチ・ヴィレッジでしか味わえなかった。
今は亡き岡田画伯と、窓際のカウンター席で道行く人を飽かず眺めていたことを思い出す。
それからヴィレッジの一角で道が斜めにクロスしたコーナーには、オー・ヘンリーというステーキ屋があった。床一面におがくずが敷いてあったのが印象的だったが今でもあるだろうか?・・・

b0084241_0234030.gifところでスターバックスシアトルでスタートしたと聞いているが、それはあのメルヴィルの「白鯨」に出てくる第一航海士の名前ではなかったろうか。
確かあの小説の始まりは、ナンタケットを望むニューイングランドの漁港から始まったような気がする。その町の旅籠屋で漁師たちがクラムチャウダーを啜るあたりから。
そのスターバックスがなぜ、シアトルが発祥の地のコーヒー・ショップの名前になったのだろう・・・

長男と次女の二家族を従えてナンタケットへ渡ったのはもう十年以上前だったかな。
準備不十分の為、ニュー・ヨークからレンタカーを飛ばし、最終のフェリーになんとか間に合い、翌日は幸い晴天に恵まれ、島のサイクリングと名物の海鮮料理を堪能した二泊の旅だった・・・

・・・など、コーヒー一杯でジェームス・ジョイス張りに、“意識の流れ”が延々と続いたのは、昨日が仕事納めで、今日から年末の休暇が始まったからかもしれない。
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by n_shioya | 2009-12-26 23:13 | コーヒーブレーク | Comments(16)
銀座のクリスマス
b0084241_028225.gif今ほど“音楽”が手軽に手に入る時代はなかったろう。
山野楽器の二階のクラシックのフローに溢れているCDにはただただ圧倒されてしまった。
どんな名演奏家のどんな名曲でも、僅か10数センチ四方のコンパクトなディスクに収められ、廉価版ならば、1000円ほどで自分のものとなる。
その中のただ一つを聞くためでも、かつては一月分の小遣いをはたくか、いわゆる音楽喫茶に通って、数時間一杯のコーヒーで粘って、自分の希望のレコード盤がかかるのを待たねばならなかった。
だが、昔より今のほうが“音楽”が聴こえているのかどうか?そこが問題である。

b0084241_0312383.gif山野楽器から銀座通りに出ると、隣の御木本の前に人だかりがしている。
赤と銀で飾られた大きなクリスマスツリーに引きつけられた見物人が、一斉に携帯で撮影しているのだった。

そう、山野楽器にきたのは、僕として今日初めて、配偶者にクリスマスプレゼントを忘れるというポカをやったからだ。配偶者からは今朝、我々がひいきにしている、出身の長男の栄光学園の後輩の描いたベゴニアの油絵と、アンネ・ゾフィー・ムタ―のモーツァルトのバイオリン協奏曲をプレゼントされてハッと気がついた次第。

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そこで、彼女が聴きたがっていた
内田満子のピアノと、モーツァルトのクァルテットを遅ればせながらのプレゼントとすることにしたのである。



これまでは毎年、12月も半ばになれば、我が家では天井まで届くツリーを飾り、その根元にプレゼントが山積みされ、クリスマスの朝には、子供たちが早く起きだして、歓声をあげながら、プレゼントを開けたものだった。
その子供たちもいなくなり、ついにツリーも今年は飾られなかったので、配偶者へのプレゼントを失念してしまったのだ。

夜は、10日前、誕生日を祝ってくれた女性陣を、外人記者クラブに招いて、クリスマスディナーを楽しみ、お互いに一年の労苦を回顧した。
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メリー・クリスマスそしてハッピー・ニューイヤー!
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by n_shioya | 2009-12-25 23:37 | コーヒーブレーク | Comments(8)
「ビューティフルエイジング 美と医の融合」
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先日ご紹介した田中宥久子女史との対談の日程が発表された。
1月19日夜7時から9時まで、場所は六本木のアカデミーヒルズである。
僕が前座を務めて、それから「真打ち」登場、そして二人の対談という運びだ。
司会は僕の敬愛する医療ジャーナリスト宇山女史。
彼女の司会進行なら僕は大船に乗った気持ちになれる。





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これは講談社が企画している、会員制サービス「Health & Beauty Review」のプロモーションの一環である。
先日「造顔マッサージ」を受けさせて頂いて、その効果のほどは実感したが、その後お伺いしたいことが山ほど溜まってしまったので、僕にとっても楽しみな対談である。

この講演会は六回のシリーズで、総合テーマは、「ビューティフルエイジング 美と医の融合」ということであり、ぼくの持ち分は「“見た目”のアンチエイジング」である。
美容医療の分野では美容の専門家と医師のコラボレーションが必要で、しかも医師の出来る「技」は限りがあるというのがかねてからの僕の持論だ。


一番困るのは、患者さん自身が、眼とか鼻とか、不満がはっきりしていればよいが、“ともかくキレイにして欲しい、どうするかは先生が決めてちょうだい、専門家でしょ。”といわれる場合である。
だが、我々は“美”の素養に乏しい一介の医師である。
そこでまず、田中女史のような「女性美」の専門家が患者の悩みをトータルに受け止めてくださり、医療以外の手法、それはエステ、メーキャップから始まって、服飾、髪形などを総動員し、ここだけは医師の出番ですよ、と絞り込まれてから治療を始めたいとかねがね思ってきた。

医療行為がエステやメークと違うのは、痛みや後遺症や、またごく僅かでもリスクを伴うということだ、その分効果は上がるが。
また、手術は一旦受ければ、元には戻せない。そこが他の手法と大違いである。
僕が「造顔マッサージ」がアンチエイジングの重要な手法の一つと考えるゆえんだ。

ちなみに「Health & Beauty Review」は会員向けの機関誌を発行予定で、そのサンプルともいえるムック「何歳からでも美しくなる生活・特集アンチエイジング」が発売され、その中に今度の講演会の詳細な案内も載っているので、ご覧いただけければ幸いです。

また、講演会も席に限りがありますので、ぜひ早めにお申し込みのほどを。

●詳細はこちら
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by n_shioya | 2009-12-24 21:55 | アンチエイジング | Comments(2)
箱根日和
今朝起きると、雲一点ない師走の快晴だった。
箱根日和だな”と思わず叫ぶと、そこは心得たもので、配偶者はすでに厚めのコートに身を固め、気がついた時は僕もハンドルを握って、東名へ車を走らせていた。

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小学生の頃、夏を箱根で過ごした縁で、箱根は僕にとって最も近しいリゾートである。いや感じから言えば、我が家の庭の延長だ。
長期ステイに使っていた小塚山の貸別荘は、今ポーラ美術館のあるあたりだが、日帰りや一泊には富士屋ホテルが、我が家にとって定宿のようなものだった。
当時は温泉宿に限らず、宿といえば日本旅館が主流で、まだホテルは帝国ホテル、金谷ホテル、横浜のニューグランドそしてその富士屋ホテルなど数えるほどしかなかった。これらは戦前の暗雲立ち込める軍国日本で、唯一自由な異国情緒を味わえる別世界だった。

戦後は長期間にわたり、富士屋ホテルは進駐軍将校の専用の施設となる。
富士屋ホテルについては、まだまだ書きたいことがあるが、一冊の本になってしまうのでここで終える。
事実、単行本も出版されているので興味のある方はお読みください。

山のホテル」は僕の大学時代に出来た覚えがある。

b0084241_7441711.gif「<そのころは木造りの簡素なホテルで、ワカサギのフライを売りにしていたと思う。
今は、五月のつつじが名物の立派なホテルに生まれ変わった。
同じ経営で、芦の湖沿いの道を隔てて、僕の気に入りのカフェがある。
今日もまず、ターンパイクから元箱根に入り、箱根権現をバイパスして、まずカフェに入り、遅めのランチに人気のビーフシチュウを摂った。

そこから湖尻へ向け車を走らせ、時間の都合で本来なら必ず立ち寄るフレンチレストラン、オーベルジュ・オー・ミラドーを横目に、仙石原へ抜ける。
ちなみに今の僕にとって、オー・ミラドーは箱根の最大のチャーム・ポイントである。
以前、日本熱傷学会を箱根プリンスで主催した際、オー・ミラドーを借り切っての会長招宴は、グールメの会員方から学術プログラムに劣らぬ高い評価を受け、いまだに語り草になっている。

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仙石原の丁字路を左折すると、すぐ右にハイランドホテルがある。50年前、アメリカから帰国した頃は、三井の番頭の“団家”の別荘をホテルに改装したばかりで、こじんまりとして家庭的な雰囲気があった。
その後は今風のホテルに変身し、レストランが人気で予約なしには席が取れなくなった。
など書いていると、ホテル・ジャンキーと言われそうなので先を急ぐ。


b0084241_7434830.gifハイランドホテルの先に今日の目当ての一つの、ガラスの森美術館がある。
鉄板焼きで有名な鵜飼亭の鵜飼氏が作られたもので、ベネチアングラスのコレクションは素晴らしい。庭園やレストランも、鵜飼亭同様凝りに凝っている。
今日はレストランで、何時ものカンツォーネの他にクリスマスキャロルも歌われていた。

そのほか、サン・テクジュベリ ミュージアム、彫刻の森等々、子供にも大人にも楽しめるな施設が続々と生まれ、ススキの原で蜻蛉釣りする以外に何もなかった僕の子供時代とは一変した箱根だが、それらは芦ノ湖を取り囲む箱根の大自然に溶け込み、箱根そのものがますます魅力を増したのは幸いである。

ちなみの今回のフォトは、レイアウトの都合上、富士山を除きほかはすべてガラスの森のフォトを散りばめてある。
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by n_shioya | 2009-12-23 23:46 | コーヒーブレーク | Comments(8)
足あと
ここ数年、親しい友を何人か失った。
その多くが癌である。
昨日は配偶者の中学時代の親友を一緒に見舞ってきた。
僕も昔から親しくしてきた友である。
咽頭がんで、転移もあるという。げっそりと痩せ、抗がん剤で体も弱っていた。
その帰路、
“彼女にこのカードを渡したの”と、教会で買ったカードを配偶者からみせられた。
そこには、M・パワーズという女性の「足あと」という詩が書かれていた。

『 足あと

 ある夜 わたしは 夢を見た
   神さまと二人並んで わたしは砂浜を歩いていた
   ・・・・・
 砂の上に 二組の足あとが見えていた
   一つは 神さまの そして一つは わたしのだった
      ・・・・・・・
     しかし最後に
     わたしが振り返って見たとき
     ところ どころで足あとが 一組だけしか
     見えなかった
      ・・・・・・・
     「わたしの愛する子どもよ
     わたしは けっして お前のそばを
     離れたことはない お前が もっとも
     苦しんでいたとき 砂の上に 一組の
     足あとしかなかったのは
     わたしが お前を抱いていたからなんだよ」』

僕は思わず自分の後ろを振り向いた。
するとそこにはずっと後ろまで、ひと組の足あとが続いていた。そして、ところどころに二組の足跡があった、詩の場合とは反対に。
「そういうことでしたか、」僕は改めて神さまに感謝した。

この美しい詩が友人になんらかの慰めを与えてくれたことを祈る。
そしてここにその原詩の全文を付け加えておく。

FOOTPRINTS

     One night I dreamed a dream.
     I was walking along the beach with my Lord.
     Across the dark sky flashed scenes from my life.
     For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
     one belonging to me
     and one to my Lord.

     When the last scene of my life shot before me
     I looked back at the footprints in the sand.
     There was only one set of footprints.
     I realized that this was at the lowest and saddest times in my life.

     This always bothered me and I questioned the Lord about my dilemma.
     "Lord, you told me when I decided to follow You,
     You would walk and talk with me all the way.
     But I'm aware that during the most troublesome times of my life
     there is only one set of footprints.
     I just don't understand why, when I needed You most,
     You leave me."

     He whispered, "My precious child,
     I love you and will never leave you
     never, ever, during your trials and testings.
     When you saw only one set of footprints
     it was then that I carried you."

                  by Margaret Fishback Powers
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by n_shioya | 2009-12-22 23:19 | コーヒーブレーク | Comments(14)




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