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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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医師は不足しているか?
今日の昼はベイ・シェラトンで「第20回医療を考える医学者会議」があった。
話題は医師不足医学教育だった。
まず、医師不足に関して会議の結論は、数としては必ずしも不足していない。ただ、専門や地域によって偏りがありすぎるのが問題だということになった。
その原因の一つは、悪評さくさくの2年の研修制度である。これは今年から一年になったが、いずれは廃止さるべきというのが大方の意見だった。

従って今医学部を新設するのは愚の骨頂と言わざるを得ない。
今医学部を増やしても、その入学生が一人前になるには10年かかる。そのころは少子高齢化もあって、かえって医師過剰になりうるし、定員は減らすことはできても、医学部を廃止することは難しいからというのがその理由である。

医学教育はもっと深刻な問題を抱えている。
まず、教員の数が不足しているし、又大学教員の務めである研究、診療、教育の三分野の中で、教育に最もしわ寄せが行っている。研究、診療と違い評価が難しいので、業績中心の医学界では教育熱心な者は割を食ってしまう。

又学生の質も問題となった。
ここでも「ゆとり教育」のつけで、悲惨な状態そうだ。勉学意欲の欠損、そして勉強の仕方のわからぬ子どもたち。また、マナーの悪さは想像を絶するようだ。正直、手の着けようがないというのが現場の声だった。
大体小、中高の教育を崩壊させておいて、医学教育にまで行政が口を出すのはけしからんというのが、これまた全員の意見だった。
文科省不要論者の僕はその意見には大賛成である。

さて、これらの意見をただ悲憤慷慨、ごまめの歯ぎしりに終わらせず、いかに現実に反映させるか、それがこの「会議」のこれからの最大の課題である。
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by n_shioya | 2010-02-28 22:06 | 医療全般 | Comments(5)
温泉と都市型原始人
温泉学にはまっている。
元来温泉は好きな方だが、この正月、清少納言ゆかりの榊原温泉に二泊してすっかり味をしめ、アンチエイジングの中核に温泉療法を据えたプログラムを展開できないかと思案している。

手始めに阿岸佑幸先生の「温泉と健康」を熟読している。

b0084241_2322688.jpg阿岸先生は温泉学の大家で、温泉の定義、効能、利用法など海外の状況を踏まえて蘊蓄を傾けられ、初心者にはまことにありがたい御本である。

ドイツのように三週間、保険で療養が受けられれば最高だが、日本では僅かの有給休暇すら遠慮しがちな労働環境では望むべくもない。だが、せめて二泊三日のパッケージでどうだろう。
温泉につかるだけでなく、アンチエイジングの入門講座、アンチエイジング・ダイエットの指導そして合間には森林浴やトレッキングを交えて。

でもせめて一週間は欲しい。
人間には一日を単位としたサーカディアン・リズムがあるが、更に一週間でまた生ずる一つのリズムがあるといわれている。
僕も山の生活でよく経験するが、最初の数日はただただ寝続ける。そして一週間経つと、やっと人間らしさを回復したように感ずる。これでまともな状態に戻ったと感じ始めたところで、又都会のコンクリートジャングルに戻るのがとてもつらく感じられる。

先日の講談社の講演会で青木晃先生がいいことおっしゃった。
“地球を意識して生きよ”というお言葉である。
人間は地球から生えてきた生き物だ。空気、森、海そして地球の自転のリズムに育まれてきた。
今、我々は自分で作り出した環境汚染にどっぷりつかっているので、その中には生活リズムの乱れ、人工食品の摂取等すべてが含まれるが、たえず生まれ故郷の地球環境を意識し、時々はそれに回帰する必要性があるというのが先生の主張のようだ。先生はそのライフスタイルを「都市型原始人」と表現されていた。

NPOとしてはその「都市型原始人」の支えの一助として、「温泉」を軸にしたアンチエイジング・ツァーを提案していきたい。

過去関連ブログもご覧ください。⇒●温泉文化 ●バーデン・バーデン
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by n_shioya | 2010-02-27 22:35 | アンチエイジング | Comments(7)
漱石の個人主義
漱石、鴎外といった明治の作家の作品を読み、またその生きざまをたどると、その欧米文化の吸収力と又自分なりの対峙の姿勢に感服させられる。
当時のカルチャー・ショックは想像もつかぬほど大きかったはずなのに。
それなりの苦労はあったろうが、それゆえに洞察力も深いものがある。

b0084241_2251353.jpg鴎外と漱石はある意味で対処的な存在だが、今日は漱石の「私の個人主義」を読み返し、改めてその感を深くした。

これは大正三年の学習院での講演会の記録である。
ヨーロッパ文化のコッピーに汲々している日本からイギリスに渡った漱石は、“自由と規律”を前提とした個人主義に接し、個人主義のコピーほど矛盾したものはないと悟る。
自分の価値観を求め、其れに立脚した「自己本位」の生き方を模索する。
これは今はやりのミーイズムでもなければ、まして利己主義でもない、もっと孤独な厳しい世界である。
これはほぼ一世紀たった今でも、日本人が抱えている問題である。

自我の目覚め”、これは育った環境もあるが、多分に生来的なものではなかろうか。
幸いに僕は育つ家庭で其れを阻害されることはなかった。
岐路に立った時、僕の選択方法は単純だった。
自分をその状態に置いた時、何かしっくりいく、その方向を選んだ。
極端にいえば、たとえそれで飢え死にしようとも、それをやることで満足が得られるなら。
もっと卑近な例えは、丁度下着が自分に合うかどうかといった原始的な感覚である。

これは裏返せば、人はだれでもその人に会う下着をはくべきだということだ。つまり自分の価値観は人に押し付けることはしたくない。
それぞれが自分の下着、すなわち価値観を求め、それを大事にして。
我が家では子供たちもそのような環境で育ったと思う。放任主義と取られてもいたしかたないが。
だが、それは決して日本の社会に適応しやすい人間は作らない。
長じて長男に言われた。
“自由を与えられるということは厳しいことだ”と。

文明の衝突」の中でハンチントンは、宗教的な見地から日本だけは一国だけで文明圏を形成している様に書いていたが、この問題をどう取り上げていたか、また読み返すこととしよう。
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by n_shioya | 2010-02-26 22:18 | コーヒーブレーク | Comments(6)
北里研究所病院
今日は北里研究所新病院開設10周年記念行事が、目黒の都ホテルで開催された。
相模原の北里大学病院とよく混同されるので一寸解説を加える。

そもそもの始まりは北里柴三郎が白金に創設した北里研究所である。その研究所の付属病院が戦後、古くなったのを立て直す話が発展し、相模原に医学部と大学付属病院の新設となった。戦後新設医学部のはしりである。

僕が23年務めたのは、その相模原の医学部とその付属病院であった。
だが、白金の病院の方が老舗で知名度も高く、よく患者さんが間違えて白金に行かれたこともある。

その白金の研究所付属病院がいよいよ老朽化し、新病院に生まれ変わったのが10年前ということだ。
相模原と違って地の利はよいし、医療体制も万全で、中規模なので看護もきめ細かく、僕の友人も最近入院して、すっかり気に入ってしまい、家に帰りたくなくなったとこぼしたくらいである。

これからの10年、どのように発展していくか楽しみである。
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by n_shioya | 2010-02-25 22:41 | 医療全般 | Comments(7)
ポドロジー
欧米のように、朝靴を履いたら夜寝床に入るまで靴を履きっぱなしの生活では、足の様々なトラブルが発生し、アメリカではポダイアトリーというフットケアの専門の職種があるほどだ。
ドイツではポドロジーといってさらに学問的に奥深いものであることを今日初めて知った。

その本場でポドロジーを学び、日本でその普及に努めておられる中村先生の講演と実践を、ゼクスのチャーミングスクエア豊洲で行われたセミナーで学んできたばかりである。

人類が二足歩行するようになってから、すべての荷重は足にかかる。この最もストレスにさらされる足が、意外に体の中では冷遇されている。まず、心臓から最も遠いために、血のめぐりが最も悪い。糖尿病などで真っ先に足の指がやられるのは一つにはそのためである。

また、ちょっと乱暴な比較かもしれぬが、腕一本失っても歩行は可能で、自立はできる。だが、足となると、関節に障害があるだけで、車いすの生活を強いられる。

日本でも欧米並みに靴の生活が主流となり、又、メタボのお陰で下肢のトラブルも激増している今、このようなフットケアの専門集団の必要性は増大するし、その前先ず、このような専門の方々の存在を国民が認識し、活用することが必要だろう。

「JPポドロジー」の一端をフォトでご覧ください。

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足型の計測と分析、足底部の皮膚の角化状態の評価等をドイツ流に厳密に行い、それによってテイピング、インソールなどを足に合わせて処方する。
一回の講義では十分全貌を把握したとは思えないが、大切な足である。これからもっと奥を極めることにしたい。
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by n_shioya | 2010-02-24 21:05 | アンチエイジング | Comments(27)
今日から始めるアンチエイジング
今日は例の講談社の企画のビューティフルエイジングの講演会“
今日から始めるアンチエイジング”に出席した。

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講師は運動療法の東大教授石井直方先生、
順天堂大学の抗加齢準教授の青木晃先生、
そしてメーキャップアーティストの藤原美智子さん
だった。

今回も宇山女史の名司会で、
最初のお二人の抗加齢の理論が、
藤原さんのライフスタイルで
いかに生かされているか浮き彫りにされ、
大変勉強になった。

次回は“遺伝子を味方にする食生活”という
括りで、
順天堂の白澤教授とエリカ・アンギャル、
宮坂絵美里の美女たちが
ミス・ユニバースの食事法と
長寿遺伝子について論ずる予定。
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by n_shioya | 2010-02-23 23:41 | アンチエイジング | Comments(9)
胎児外科
昨日、傷跡は消せないといったが、そのことを補足しておく。
キズをした時のことを思い出して欲しい。
少々のキズなら絆創膏を貼って数日して剥がせば傷口は閉じている。深いキズならば、怪我でも手術の時でもそうだが、外科医が縫ってくれる。五日から一週間ほどで糸を抜けば、もう傷跡はふさがっている。
暫くして傷口が赤く盛り上がることもあるが、やがてそれも平らに薄くなる。
だが、その白い筋は傷跡として残り、消えることはない。

傷口、創面というが、を接着して直してくれるのは、瘢痕組織と呼ばれ、大半は傷口で繊維芽細胞が織り出すコラーゲン線維である。
又皮膚の支持組織は真皮といって、やはり8割はコラーゲン線維である。ただ瘢痕組織はおなじコラーゲンでも、構築が違うので、周りの皮膚と比べ、傷跡として目立つのである。

では瘢痕組織を無くせばと思うかもしれないが、どんなに年月がたっても、この瘢痕組織が無くなると傷跡は開いてしまう。今は見ることがないが、壊血病といってビタミンCが不足するとコラーゲンの生成が抑えられ、一旦はふさがった傷口がぱっくり口をあけるという現象が認められた。

ならば真皮が「再生」してくれれば、傷跡は残らないじゃないか。
仰せの通り。
だが、悲しいかな、高等動物は進化の過程でその「再生能力」を失い、瘢痕組織という「補修の組織」に頼らざるを得なくなったのである。再生に対しこれを「修復」といって区別している。

ところで御承知のように、ヤモリなどは傷口だけでなく、手足を失っても立派に再生する。
昔生物学で、“個体発生は系統発生を繰り返す”ということを習ったのを思い出して欲しい。つまり人間の胎児も、受精卵から一人前の個体になる過程で、ヤモリの時期を通過するということだ。ならばその時期の胎児に傷をつけても、修復ではなく再生で治り、傷跡を残さないだろうというのが胎児外科の発想の起点である。

ちなみにこれは胎生期3か月ほどといわれている。この時期になれば今の超音波の診断技術で、口唇裂などの奇形も診断は可能である。
その時に手術をすれば、ということになるが、これは母子ともにあまりにもリスクが高い。
そこで今貴志君が取り組んでいる、胎児の再生による創傷治癒機転を解明し、成人に持ち込むことはできないか、という発想が生まれる。

これは広い意味で再生医療の一環ともいえる。
これから最も期待される分野だということはお分かりいただけたろうか。
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by n_shioya | 2010-02-22 22:13 | キズのケア | Comments(8)
スカーレスヒーリング
風邪でうだつの上がらぬところに朗報が飛び込んできて、のどの痛みもすっ飛んでしまった。
創傷治癒研究の仲間の貴志君が慶應大学の形成外科の教授に選ばれたという知らせである。
まことにお目出度いことだ、慶應にとっても、日本の形成外科にとっても、そして患者さんがたにとっても。

彼はかつてイギリスに留学し、マンチェスター大学のファーガソン教授の薫陶を受け、帰国してからは忙しい臨床の合間に、胎児の創傷治癒の研究に励んできた若手(僕にとっては)研究者のホープである。

彼の研究を紹介するには、創傷治癒全般のレクチャーが必要となるが、一言でいえば、傷跡の残らぬ「スカーレス・ヒーリング」が最終ゴールである。
今の形成外科の技術では、傷を目立たなくすることはできても、完全に無くすことはできない。
だが、動物実験の結果から、人間でも胎児のときに手術すればスカーレス・ヒーリングは可能と考えられている。

しかしこれは理論的には可能でも、母子ともにあまりにもリスクが大きい。そこで彼が取り組んでいるのは、傷跡を残さぬ胎児の創傷治癒のメカニズムを解明し、その要素を成人の傷に持ち込めば、傷跡を消すことが可能ではないか、という発想である。
勿論まだこれからの道のりは険しい。

だが、君なら可能な筈だ。
好漢」期待してますぞ!
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by n_shioya | 2010-02-21 22:00 | キズのケア | Comments(4)
拝金大国アメリカ
高校留学した次女が無事大学進学したころだと思う。
そのころ毎年一度は、ときには二度三度とアメリカの学会に出席するたびに、次女に会い、その成長ぶりに目を見張ったものだった。
その折、
“なんでアメリカ人は年収のことばかり気にするのだろう?”
と漏らすと、
“あたりまえじゃない、アメリカでは人の評価基準はそれしかないから。”
と当然のことのように言われ、ショックを受けたことを思い出している。

確かに皆移民の成り上がり者の集まりで、名門貴族などと家柄には縁のない集団だし、教養についてはヨーロッパの後塵を拝し、しかもその数値化は困難である。
するとアメリカン・ドリームなど格好をつけても、所詮は金。どれだけ儲けたかという数値が最終目標となってしまうのはいたしかたない。
又、実力主義というと聞こえはいいが、要は弱肉強食であり、強者の論理がまかり通る国で、格差社会は自明の理となっている。

そもそもの成り立ちから、原住民から土地を強奪し、黒人奴隷の犠牲の上に築かれた繁栄である。
その体質は未だに引きずっており、そのダブルスタンダードはアメリカの言う民主主義を胡散臭いものとしている。
今「戦後のヨーロッパ」を振り返って感じたのは、第二次大戦で世界中のすべての国は、多かれ少なかれ既得権を失い、その廃墟から立ち上がる中で、国民の為の社会保障を真剣に取り入れざるを得なかった。
一人アメリカだけが、ほとんど無傷の戦勝国として繁栄を謳歌し、社会保障は人間を束縛し自由を奪おうものとして、ひたすら小さな政府にこだわった。
更に共産主義が倒れた後は、抑制の外れた資本主義は、市場経済の美名のもと、世界中を恐慌に撒き込み、その元凶のウォール街の怪獣だけがしたたかに息を吹き返して、オバマも歯止めをかけることができない。

金の亡者アメリカ。どこへ行く、お前は?
b0084241_1905594.jpgそう案じているところへ、堤未果女史の第二弾が出た。題して「貧困大国アメリカⅡ」。
その後書きよりの抜粋。

「いま私たちが直面している、教育に医療、高齢化に少子化、格差と貧困、そして戦争といった問題をつきつめていくと、戦争の継続を望む軍産複合体を筆頭に、学資ローンビジネス、労働組合や医産複合体、刑産複合体など、政府と手を結ぶことで利権を拡大させる様々な利益団体の存在が浮かび上がってくる。
世界を飲み込もうとしているのは『キャピタリズム』よりむしろ『コーポラティズム(政府と企業の癒着主義)』の方だろう。」

と現在のアメリカが抱えている矛盾点の全貌を鮮やかに浮き彫りにしている。
日本よ、明日は我が身だ!
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by n_shioya | 2010-02-20 22:27 | コーヒーブレーク | Comments(4)
故郷でのアンチエイジング
今日は世田谷区民会館でアンチエイジングの話をさせていただいた。
40人ほどだったろうか、女性が大半だったが皆さん熱心に聞いてくださったと思う。
僕もかつては世田谷の住民だった。

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50年ぶりに下北沢、豪徳寺の当たりを車で回り、その変容ぶりに驚かされた。
それだけこちらも年をとったということか。

すでに書いたかもしれないが、僕は生れは渋谷である。
幼稚園の頃世田谷代田に引っ越し、大学卒業してアメリカに留学するまで20年ほどは世田谷に住んでいた。
住まいは丁度下北沢と三軒茶屋の間、丁度茶沢通りの下北沢よりのところにあった。

引っ越しの理由はこうだ。
親父のクリニックは澁谷の宮益坂を青山学院に向けて上る途中を、左に入ったところにあった。
住まいの半分がクリニックで、左隣が昔の女給さんのいるカフェ、右隣がビリヤードだった。
ということは、幼稚園の頃まで年中カフェの女給さんに玉突き場で遊んでもらいながら、草食系男子として育った。

b0084241_1921276.jpgこれも前に書いたことだが、おふくろは今はやりの「ママゴン」のはしり、超教育ママだった。
これでは教育上よろしくないと、孟母の三選ではないが、クリニックから住まいだけ移すことにして、家族は世田谷の住民になったのである。

あの頃はこのあたりは全くの郊外というか、田舎に近かった。
下北沢も百メートルほどの商店街があるだけ。三軒茶屋などは字(アザ)三軒茶屋といった風情で、三叉路にラーメン屋が一軒、そして焼き鳥の屋台がある程度だった。
今は何線というのか、そのころは玉川電車、通称「玉電」という路面電車がのどかに走っていた。

今回の講演前に会館の周りをうぶらつくと、昔の「玉電」の緑の車両が会館の庭に展示されているのがひどく懐かしかった。
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by n_shioya | 2010-02-19 23:41 | アンチエイジング | Comments(4)




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