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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
<   2011年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧
サバ合戦
物事を行うに当たっての手順で、二つの正反対のタイプがあるのに気づいた。
何を今頃と言われるかもしれないが、まずデッドラインを決めてそこから逆算して、余計なことは切り捨てて間に合わせようとするタイプ。今一つは、デッドラインは頭の片隅において、必要なことを積み上げていくタイプ。
医者の場合は外科医が前者の逆算タイプで、後者の積み上げタイプは言うまでもなく内科医と言えるだろう。

どちらかと言うと男は逆算タイプで、女は積み上げタイプが傾向としてはあるのではないか。少なくも我が家ではそのようだ。
時間の約束などその最たるものだ。
例えば5時に出かけると決めたとしよう。
僕は5時までには出発という感覚だが、配偶者は5時になって慌てて身づくろいを始める。
最近ではお互いにサバを読みあい、サバ合戦でギャップは広がるばかりだ。

其々の欠点は明らかである。
僕の場合は間に合わせることが目的になり、そのプロセスはあまり楽しめないし、手抜き工事もないではない、勿論手術の場合はそれは許されぬが。
配偶者の場合は、例えばお客を迎えるとき、家の片づけが始まるが、掃除から始まって、家具の配置、敷物等それぞれ納得いくまでの作業となる。それが全部終わって初めてお迎えできる状態になるが、その途中で客が見えて慌てふためくこともないではない。まず、肝心なところから初めてというのは、工程にはないようだ。

ちょっと似たようなことが文章でも言えると、新聞記者の方から教わった。
普通論説の場合は起承転結というか、出だしから紆余曲折を経て、最後に落ちに持っていくが、記事の場合はまず結論を出す。次のパラグラフはそれを敷衍し、さらに次のパラグラフで詳述してと、パラグラフを追って展開していく。
これは、紙面の都合で、どこで尻尾からというか後から切られても肝心な話が通じるようにするためだそうだ。
強いて言えば、前者が内科医タイプの文章、後者が外科医タイプのそれということになろうか。

一概に善し悪しは言えないが、事によっては向き不向きもあるので、大事なことは自分の性格がどちらに近いかを認識し、事柄によって工程を使い分けられることであろう。
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by n_shioya | 2011-04-30 22:30 | コーヒーブレーク | Comments(2)
ミッション・ヴィジョン・ヴァン
今回の震災に関しては、原発関係では不都合な真実がボロボロと瓦礫の様にあふれ出てくるが、その反面、現場でのさまざまな助け合いの物語も伝わってくるのは救いである。
其の中で、快挙ともいえる医療活動を一つご紹介したい。

主人公は「ヴィジョン・ヴァン
実態は眼科診療用に造られた移動可能な巨大なバスである。
ハリケーン・カタリナの時に大活躍をした。
フロリダ大学の所有で、その運営にかかわる眼科の教授が、慶應の坪田教授と親しかったので、震災直後にこの話はスタートした。
“今,空いてる?”
“ああ、貸そうか?”
つまり無償で貸与してくれるという。
そこまでは良かったが、いかに空輸するかで難航した。日本にも、アメリカにもそれだけの輸送機はない。
世界で唯一つロシヤの輸送会社が、この巨大バスを飲み込む大型機を持っていた。ソビエトの頃と違い、そのヴォルガ・ドニエプル航空は民間会社である。それが災害支援のためにと、これも無償でサービスを申し出た。
元来は輸送費だけでも億単位である。
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日本の対応も早かった。
出だしから後手後手に回った菅政権として失態回復の妙薬として渡りに船だったろう。
すべては超法規的に便宜を図り、バンが仙台空港に到着したのが4月14日。
東北大、岩手大の眼科スタッフそして、震災でクリニックが流出した現地の眼科医が乗り込んで、今、まさに東北地方を駆け巡っているという。

直接命にかかわらぬ疾患の中で、眼科ほど緊急性を要する疾患はない。
迅速にこのプロジェクトを実現された関係者、そして事務局として奮闘を続けているメディプロデュースの方々に敬意を表したい。
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by n_shioya | 2011-04-29 21:04 | 医療全般 | Comments(8)
若き「皇帝」
今度のサイバーショットは素晴らしい。
全く別のカメラといっていいほどだ。
元来がバカチョンだが、プレミアムおまかせオートにしておくと、大概の撮影条件には自動で対応してくれる。
それでも更にという時は、シーンセレクションで場面に会った撮影モードを選ぶこともできる。

例えば「美肌モード」とか、「ブレ軽減」とか「逆光補正」とか、「料理補正(料理を明るくおいしそうに撮影する)」とか「打ち上げ花火用」の補正モードもある。
まだ全部試したわけではないが、例えば夜景。
今日はサントリーホールでN響の定期演奏。休み時間にホール前の暗いカラヤン広場を撮影すると、この通り。
ホールの入り口の照明も、周囲の高層ビルも、バランス良くシャープに映し出された。
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昔、素人でも、ピンと合わせだけでなく、露出計を片手に、シャッタースピードと絞りまで自分で設定していた頃が嘘のように思える。

ちなみに今日の演目はオール・ベートーベン。
指揮はイギリスの名指揮者ロージャー・ノリントン。
後半のピアノ協奏曲第五番「皇帝」のピアノはベルリン生まれのマルティン・ヘルムヒェン。弱冠29歳。
戦前の78回転SPのシュナーベルの荘厳さ馴らされた耳には、大変爽やかに、そう清冽といってもよい演奏だった。
若々しい皇帝も悪くないものだ。
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by n_shioya | 2011-04-28 23:14 | コーヒーブレーク | Comments(2)
我が家は花盛り
ここにきて、庭の花が一気に咲き始めた。
玄関口のアーチの木香薔薇
白の花水木
そして薄紫のアゼリア
それぞれに思い出がある。
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木香薔薇は数年前、電話の配線工事で根をやられ、一度全滅したので植え替えたところ、瞬く間に成長してご覧の通り。野生種はやはり強い。
花水木は、アメリカの思い出に赤白数本植えたが、狭い庭に欲張って植えたため、2本を残して他は枯れてしまった。
アゼリアは、昔サカタで大安売りでまとめ買いして、庭のぐるりに植えたところ、毎年元気に花をつけてくれる。ちょっと珍しい色でしょう。
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園芸の好きな方ならおわかりだろうが、ほとんどの花は、日当たり風通しだ。
我が家の厳しい条件で、よく頑張ってくれてると思う。
いや、頑張っているのは配偶者かもしれない。彼女にとって最も優先度が高いのが、花の世話なのだ。僕はその次。
昔はその間に、五人の子供と、二匹の犬が入っていたが・・・
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by n_shioya | 2011-04-27 22:26 | コーヒーブレーク | Comments(4)
「老いの才覚」
曽野綾子女史の「老いの才覚」を読み終えた。
実は「曽野綾子」は苦手で、敬して遠ざかっていたが、昨年末からベストセラー入りして、書店に行くたびに山積みになっており、つい買ってしまったのである。
それと、アンチエイジングの目的は「高齢者のQOL」にありと唱えている以上、無視もできなくなったということもある。
いつも彼女の言われることはごもっともだが、何か説教口調で高飛車に言われてるようでかなわないと言うのが本音でもあった。
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だが、今回読み終えていささか印象が改まった。
一つには、癌病や骨折など、彼女の闘病生活の下りを読んで、些細な異変でオタオタしている自分が恥ずかしくなったということもある。
彼女の人生の対決のしかたと割り切り方は実にイサギヨイ。
何に限らず、概して女の方が度胸が据わっているもので、小説でも男の作家は4畳半の片隅でコチョコチョという感じのものが多いが、女流作家の方々は皆さん歯切れが良い。瀬戸内寂聴、塩野七生など想い浮かべてください。
そして曽野綾子は、ある意味で不器用だと言うのが僕の持論でもある。
文学としては、同時代に同じく才女ともてはやされた有吉佐和子の方がはるかに巧者だと思うが。
曽野綾子は、良くも悪くも糞真面目なのかもしれない。

さてこの本で「老いの才覚」として彼女が挙げているのは、
①「自立」と「自律」の力
②死ぬまで働く力
③夫婦・子供と付き合う力
④お金に困らない力
⑤孤独と付き合い、人生を面白がる力
⑥老い、病気、死と慣れ親しむ力
⑦神様の視点を持つ力。
である。

その殆どに僕も納得するが、一つだけ異論がある。
それは序章で彼女が述べる、
“高齢である、ということは、若年である、というのと同じ一つの状態を示しているだけにすぎません。それは、善でも悪でもなく、資格でも功績でもないのですから。”という箇所だ。
“老人よ若者に甘えるな、”という視点では納得がいくが、若者が老人を敬する、敬老の精神は復活すべき日本古来の美風ではなかろうか。彼女がほかの箇所でも強調している、「心遣い」でもあるから。
大体、ワインでもウィスキーでも年代物ほど珍重されるのに、なぜ人だけは年を重ねるほどに、屑扱いにされなければならないのか。
すべての機能は加齢とともに衰えるが、唯一、判断力は、それを叡智と呼んでもよいが、経験に基づくもので、加齢と共に向上していいはず、というのが僕の持論なので。勿論認知症にならなければ、という条件付きだが。

今一つ気になるのは、この本の売り上げはすでに50万部を突破しているという。
だがはたして読者の価値観や身の処し方にどこまで影響を与えているのだろうか?
ただ、“納得しました。”と言うだけでは、著者の意にそぐわないのではと思うのだが。
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by n_shioya | 2011-04-26 22:59 | アンチエイジング | Comments(6)
シンガポール・ミッション
J-tecという企業のことはブログで何度か取り上げたので覚えておられるかともあるだろう。
皮膚と軟骨を中心に再生医療の先端をゆく会社である。実のところ、再生医療を専門とする会社はわが国ではこの一社だけである。
現在は、ジェイスという名前で全国的に培養皮膚の供給を開始し、重症熱傷患者の救命に貢献している。

この事業を東南アジアでも展開すべく、シンガポールに拠点を構えたのが昨年末。そのお手伝いに社長を含め数名の社員の方々とシンガポールに同行したのが、数日前に書いたシンガポール・とんぼ返り・ミッションである。
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ちなみにこのフォトで、右端の最も若々しいのがJ-tecの社長である。

シンガポールにはS.T.Lee(通称エス・ティー)という形成外科のパイオニアがいる。
僕より一回り下のおん年70歳。
J-tecの進出にあたり、当地のキーパーソンに仁義を切っておこうというのが、今回の僕の役割であった。
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彼とは30年来の付き合いで、以前、僕が国際形成外科学会の副理事長を務めた時には理事の一人として、大いに助けてもらった。
イギリスで教育を受け、弁が立つ男で、理事会でも筋の通った議論で、他の理事と丁々発止とやり合っていた。
とかく、アメリカとヨーロッパ勢で役職を独占し、理事長職もたらいまわしにする風潮に憤慨し、僕に理事長選に立てという。こちらはその器でないと固辞し続けたのは未だに申し訳なく思う。
その後も運営は堕落と続け、ぼくもエス・ティーもこの国際会議から足を洗ったので、今回の再会は十年ぶりである。

日本でもやっと立ち上がったばかりの事業を何故シンガポールでと思われるかもしれないが、シンガポールは東南アジアのハブである。
空港もしかり、金融のセンターでもある。
医療面では、メディカル・ツーリズムをいち早く国策として取り入れ、最先端の医療技術を東南アジアの住民に提供している。

僕はビジネスサイドのことは解らぬが、再生医療の研究面ではエス・ティーのグループとコラボ出来る面が多々ありそうなので、これを機会に旧交を温めなおすこととした。
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by n_shioya | 2011-04-25 22:04 | キズのケア | Comments(8)
鎌倉ぶらぶら歩き
いろいろ迷ったが、新しいカメラは結局元と同じ薄型のサイバーショットに落ち着いた。
慣れた機種だし、周辺機器がそのまま使えると思ったからである。
だが、買う段になってわかったが、周辺機器は新たに買いそろえなければならなかった。中身が全く別物になっていたのである。そして嬉しいことに機能が格段に進歩していることが分かった。

新しいカメラをポケットに入れ、まずは教会へ。
今日は復活祭で、生まれたばかりの赤ちゃんの洗礼式も兼ねていた。
広いお御堂の内部がきれいに映っている。
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そして電車で鎌倉へ。
最近スイカを持つようになり、電車に乗るのも億劫でなくなったからとは、お恥ずかしい次第。
普段は車の渋滞で悩まされる海岸通りを、今日は江ノ電に載ってのんびりゴトゴトと、気儘に乗ったり降りたり、七里ガ浜、稲村ケ崎、極楽寺などぶらぶら歩き
車のハンドルにしがみついて、クラクションを鳴らし続けるよりはるかに心がそして体も休まることが分かった。
鎌倉詣ではこれに限る。
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江ノ電は車体も路面電車に毛の生えた程度で、鎌倉と藤沢の間を単線運転で海岸沿いに、時には町中をゆっくりと走る。
こののんびりした電車にひかれて命を落とされた方のことを思い出した。
アメリカ留学仲間のお父上で、五十台の若さであったろう。
留学中の出来事で、彼はお葬儀のために一時帰国を余儀なくされた。
どういう情況だったのか聞きそびれたが、お気の毒なことだった。

ところで彼は精神科の医師だったが、アメリカではマウスを使って何かホルモンの研究をしていた。
マウスの細い血管に針を刺すのが特技で、不器用なアメリカ人には真似が出来ない、というのが自慢だった。
だが、奥さんが臨月のとき、同じアパートに住む彼から電話がかかってきた。
“さっきから女房が腹が痛いと言いやがって。痛み止めが効かんのですよ、頻回に痛みが来よって。”
“え、何分おき?”
“それが始めは間遠だったのが、今は3,4分ごとに来るんで。”
僕は電話機を放り出して、彼のアパートに駆けあがり、二人で奥さんを車に詰め込んで、病院まで飛ばしことなきを得た。
なるほど、精神科の医師とはこういうものかと、いたく感じ入ったものである。
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by n_shioya | 2011-04-24 21:04 | コーヒーブレーク | Comments(6)
不毛な憎しみ
3・11以来、僕はこのブログに原発事故を惹起した当事者のおごりと欺瞞と隠ぺいとに怒りといら立ちをぶつけ続けてきた。
始めは一人で怒り狂い、配偶者からも愛想を尽かされた。
その後、僕の危惧した不都合な真実がボロボロ明らかにされ、ブログではおとなしくするようになった。

だが、依然、事態は一向に鎮静化していない。
最悪のシナリオは遠のいたかもしれないが、現状はまだ、半年、一年はだらだらと続くだろう。
そして、地震と津波の災害だけであったら、すでに復興のつち音は高らかに響き始めていただろう。
このあと5年、10年と日本はいばらの道を歩むことになるだろう。

ある時まで、僕は原発事故の当事者の怠慢と自己保全とそして何よりも欺瞞を憎み続けた。
文字通りハラワタが煮えくりかえる経験をした。
今でも許す気にはなれない。が、“人を憎む”と言うことがどれほど自分自身を蝕む行為であるか、やがて気付かされた。そして務めて自身の怒りの鎮静化を図った。
其の時頭に浮かんだのはヘッセの「デミアン」の一節である。

「ある人間をにくむとすると、そのときわたしたちは、自分自身のなかに巣くっている何かを、その人間の像のなかでにくんでいるわけだ。自分自身のなかにいないものなんか、わたしたちを興奮させはしないもの。」

人を憎むのは天に唾をする行為だということか。
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by n_shioya | 2011-04-23 22:07 | 原発事故 | Comments(8)
「悪名の棺」
題名が「悪名の棺」、主人公が笹川良一となると、“究極のミーハー”(学生たちが僕に与えてくれた尊称)としてはすぐ飛びつきたかった。
が、相手は名だたる「日本の黒幕」である。
「ファシスト」「ギャンブルの胴元」「日本のドン」と言われ続けた男である。
えてしてこの手の本は、その汚名をそそぐために創られたもののことが多いのでは、と発刊以来気にはなっていたが、手にするのをためらってきた。

が、敬愛する南美希子女史から、“案外面白いですわよ、先生。”と手渡されたのが、一週間ほど前。
その後、徳島、シンガポールと出張が続き、帰宅してやっと巻を開いたのが一昨日。そして昨日にはもう巻を閉じ終えた。
それほど面白い。
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もし書かれたとおりなら、この男は「巨大なキメラ」と言える。
キメラだから矛盾だらけだ。
ただそれを押しとおせたのは、持ち前の強引さと財力であろう。
一言でいえば「天才的な相場師」ということのようだ。

矛盾の最たるものは、上半身と下半身の人格の完全な分離だ。
上半身の活躍も目覚ましいが、下半身の暴れ方もそれに劣らない。
少なくもねんごろになった女性の数は十指にあまり、ひと時の戯れなら三桁に近いという。
上半身の働きも矛盾だらけである。
右翼かと思えば、ギャンブルのテラ銭で慈善を施し「人類みな兄弟」を説く。

確かに良く調べあげて描かれている。
だが、笹川良一の行為と属性は把握できても、何か本当の意味での「人となり」がいまいちつかめない。
それがキメラである所以なのか、それとも著者が本人に接することがなかったからだろうか。
また、本当に金にきれいな男だったのだろうか?
相場を操るだけで、それほどの金が動かせるものだろうか。
一見、当人の長所、短所をえぐりだしたようで、とどのつまりは“顕彰本”になってしまったのではなかろうか。
それとも、著者がマインドコントロールされるほど、ある種の魅力に満ちた男だったのだろうか。

良くも悪くも本人と関わったことのない僕にはわからない。
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by n_shioya | 2011-04-22 22:23 | コーヒーブレーク | Comments(4)
「木漏れ日の家で」
今日は「映画の日」だった。
岩波ホールでの「木漏れ日の家で」。ポーランド映画である。
如何にも岩波ホール好みの、しっとりした映画だった、しかもモノクロである。

この頃、岩波ホールに行く時は、そばの学士会館に車を留めて、中のカフェで食事をしてから行く習わしになっている。
カレー、ハンバーグ、スパゲッティのたぐいだが、値段も手ごろで味も悪くない。
昔、学士会館は古臭い、鹿鳴館みたい、とくさしていたが、最近違和感がなくなってきたのは、当方も鹿鳴館になってきたということだろうか。
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其の映画だが、主人公は91歳の老女。
主演女優自身、この撮影の時に91歳だったという。
親の代からの田舎の古い屋敷に住んでいて愛着があるが、都会に住む息子の家族は見向きもしない。
毎日の話相手はフィラデルフィアという名の老犬である。この演技がまた素晴らしい。
紆余曲折の後、其の家を手放すことにするが・・・

死んだ方がまし」という原題だが、邦訳が「木漏れ日の家で」となっているように、林の中のこの古い家も主人公と言えるほど、魅力的に映されている。殊に古い歪んだ窓ガラスたちが。日本でも昔の洋館で見るでしょう、あの飴色をして波打ったガラスを。

後半に流れるドップラーの田園幻想曲が、木漏れ日の家とその住人の心の揺れ動きを見事に奏でていた。

それにしても主演女優は91歳とは思えぬほど身のこなしがしなやかで、演技も巧みである。
凛として、とはこういう時に使う言葉だろうか。
美しく老いる”ということは可能であると、この映画は教えてくれる。
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by n_shioya | 2011-04-21 22:41 | コーヒーブレーク | Comments(2)




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