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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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医学の勝利
“まあ、私の手の甲、こんなしみだらけだったの!”
というのが、両側の白内障の手術を終えて病室に戻った配偶者の第一声だった。
このところ配偶者の病変は急速に進行し、駅の掲示板もよう見えなくなったので、急きょ年内に手術を受けることにしたのである。

僕も三年前、同じ清水教授から手術を受けているので、白内障の術后の驚きはよくわかる。
殊に僕の場合は一月おいて片側ずつやったので、その差は歴然としていた。
手術した側は白色の透明な世界。
反対側はセピア色の不透明なぼやけた世界。

僕の場合、眼底のレーザー治療のためには、白内障を治療しておかないと、と言われながらも何となく先延ばししていたが、決め手は清水教授の一言だった。
“先生、まさかこの目で、夜運転していないでしょうね?”
オペをして初めて分かったが、僕は何時も薄暮の中でハンドル操作をしていたのだった。

医学も進歩したものだ。中には人類を不幸にした進歩もないわけではないが、こと白内障に限り、其の高齢者のQOLへの貢献度は、ダントツである。
例え駅の掲示板が読めなくても、もし、本が読めなくなったら配偶者は生きている意味を失っただろう。

目が落ち着いたら配偶者がしようと考えていることはもう解っている。
湘南鎌倉病院詣でをして、山下理絵ちゃんに手の甲の忌まわしい斑点を消してもらうことである。
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by n_shioya | 2011-10-31 23:18 | アンチエイジング | Comments(4)
特ネタ
今日はブログのネタを何にしようか悩んでいたら、特ダネが降ってきた。
といってもはなはだ迷惑な特ネタだが。
今日の夕方、レインボウブリッジの流入部で、渋滞のノロノロ走行が続いている時に、後続車に追突されたのである。
幸い怪我もなく、車も凹みはしたが走行に支障は無いので、こうして能天気に報告ができるわけだ。
外部損傷の軽い割には、衝撃音というか、ショックは大きく、一瞬何が起こったかわからなかった。

実は六本木のフランシスカンチャペルセンターの6時の御ミサにあずかるつもりで、山手から湾岸に乗り、レインボウブリッジで渋滞に引っかかってしまったのだ。
これだと、丁度長いお説教が終わったころに着けるかもしれないと、ひそかに期待していた罰が当たったのかもしれない。

とりあえず明日ヤナセで点検をしてもらい、念のためにクリニックでレントゲンを含め、鞭打ちの検査もしておくつもりである。
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by n_shioya | 2011-10-30 21:47 | コーヒーブレーク | Comments(8)
キリスト教の誕生
今更に、キリスト教誕生のいきさつを探っている。
以前書いたように、元来ユダヤの救い主であったはずのキリストが、何時の間にどうして全人類の救い主になったのか、まだこだわっているからだ。
今日読んだのは「キリスト教の誕生」。創元社の「知の再発見」双書70である。
著者のピエール=マリー・ボードはメッス大学の聖書文学教授。専攻は古代ユダヤ文学と原始キリスト教文献学、とある。
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これを読む限り、初期のキリスト教はユダヤ教の中にあり、其の中で抗争を繰り返しながら、ユダヤ教から分離し、それからさらに内部抗争を続け、勝ち残ったのがローマカトリックと東方教会の様である。

どうも一神教というのは、定義上排他的にならざるを得ず、これまでも神の名において、殺りくを繰り返してきたことは嘆かわしい限りである。
だが半面、あの初期のクリスチャンの信仰の強さと、進んで殉教の道を選ぶ勇気も、根は同じと思えると複雑な気持ちになる。
しかも今のイスラム原理主義者の行動と本質的にどう違うのか、確たる答えは見つからない。

ただ、初期のクリスチャンと教会の強みは、ということは現代でキリスト教が伸び悩んでいる理由にもなるが、
①キリスト自身に接していること、その軌跡と言われる行為も含めて。
②やはり、御利益があったこと
③今のように人間関係が希薄でなく、共同体が存在しやすく、教会が其の中核にあったこと。
④迫害によって共同体はますます強固になったこと。かつての教徒迫害は想像を絶するものがあったようだ。遠藤周作先生なら解ってくださるでしょうが、僕だったらとっくに転んでいたでしょう。

この次はユダヤ教の歴史をさらい、その上だキリストの生涯をたどることにしたい。
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by n_shioya | 2011-10-29 22:28 | コーヒーブレーク | Comments(4)
なれこそわが憩い
今日もまた音楽会。
徳永二男、通称ツンちゃんのリサイタルである。
コモ湖畔のヴィラ・デステでのツンちゃんとの劇的な開合のことは以前に書いた覚えがある。
毎日コンサートばかり行っていて仕事になるの?
まあ、そう言わないでください。
僕にとって音楽は、シューベルトの歌曲を引用すれば、「汝(なれ)こそわが憩い Du bist die Ruh」です。

場所は紀尾井ホール。
大きさも手ごろな、木目の壁が美しい音楽空間である。
ふと気がつくと、壁寄りの席に、元首相が座っていた。御存じでしょう、認知症の噂のある。
認知症患者は独特の願望になる。僕の親父の晩年もそうだった。
顔面筋が緊張を失うのか、目もうつろで。
帰宅してからテレビのニュースの国会風景に移っておられた、やはりうつろな表情で。
“あれで役に立つの”と配偶者。
“数合わせに役立てばいいのさ“と答えるしかなかった。

床で曲目は、ベートーベン、バッハ、シューベルトなど、など。
アンコールのドヴォルザークと、クライスラーも楽しかった。
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by n_shioya | 2011-10-28 23:16 | コーヒーブレーク | Comments(3)
物忘れ
嗚呼、全く!
寿命が三年縮まった、いや五年かな。そうすると平均余命を使い果たしたことになる。
このところ物忘れ、置き忘れ、しまい忘れの連続である。

きょうはN響の定期で、指揮はアンドレ・プレヴィン。押し車を押しながら登場。指揮の最中もずっと椅子に座ったままだった。まだ、僕より2つ上にすぎないのに、などと思いながら、終演後サントリーホールを後にして、全日空ホテルの駐車場に足を運んだ。
そこで気がついた。鞄を会場に置き忘れてきたことに。
まずいことに全財産に匹敵する重要書類を詰め込んだ鞄である。
鍵をかけた車に置いてくればよかったのだが、車を離れる時に“貴重品はお車に置かないで・・”といういつものアナウンスが流れ、つい出来心で会場に持ち込み、足元に置いておいたのである。
ホールにすっ飛んで戻ると幸いに遺失物として保管されていた。
やれ、やれ。

先週は新幹線の新神戸駅でポカをやった。
朝、観光に邪魔な鞄をコイン・ロッカーに入れて、夕方ののぞみに乗ろうとして、鞄を出さなかったのに気づいた。
発車まで4分。ロッカーは駅構内の反対にあり、駆けもどり、開けようとしても、暗証番号がわからない。そのコインロッカーは鍵ではなく、暗証番号がプリントアウトされて出てきたのだが、それが見つからぬ。
ま、結論から言うと、何とか取り出せて、発車には間に合った。

しまい忘れも困ったものである。
ほとんどの重要書類等は銀行の貸金庫に預けてあるが、たまに必要で家に持ってくることがある。
そんな時は、大事なものほど隠し場所に苦労し、あっち、こっちに入れたり出したりしているうちに思い出せなくなってしまう。
何処に入れても、まず泥棒が目をつけそうな感じがしてきて、奇想天外のところに隠してしまうからである。

これも認知症の始まりだろうか、それとも年相応の物忘れなのか、専門家の診断が必要かもしれない。
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by n_shioya | 2011-10-27 23:16 | アンチエイジング | Comments(6)
ご苦労様、古賀さん!
ミス・ジェイメックの古賀嬢が、しばらく仕事を離れてリチャージすると言うので、何時もの仲間が新装なったアメリカンクラブに集まって、慰労会を催した。
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いずれまた、何か素晴らしいことを始めるでしょうが、それまでも今までどおり、楽しいお付き合いをお願いします。
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9年間ご苦労様でした!
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by n_shioya | 2011-10-26 23:30 | コーヒーブレーク | Comments(2)
快眠を求めて
今日はある寝具メーカーから睡眠について取材をお受けした。
睡眠は僕の専門ではないのでといったんはお断りしようと思ったが、考えてみると、アンチエイジングの三大要素は「バランスのとれた食事」「適度な運動」そして「安眠」と呪文のように唱えている立場上、これを機会に少し勉強することとした。

加齢によって睡眠は浅くなりがちで、特に中途覚醒は老人の特徴だとは、東京女子医大の精神科教授石郷岡先生から得た知識である。
問題は、運動や食事と違って、本人のコントロールがしにくい領分である。反対に、意識するほどひどくなるのが睡眠障害だ。
かく言う僕も、数年来、中途覚醒には悩まされている。

石郷岡先生のお話では、最近の睡眠導入剤は作用時間が短く後に尾を引くことがない。しかも習慣性は無いので、必要なら眠剤を使って、悪循環を断ち切った方が良いということである。依存症と言っても、精神的なものだそうだ。

また睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠のサイクルがあり、そのたびに眠りが浅くなり、高齢者は頻繁に覚醒しているのだが、その期間が短く気付かないだけだと言う。
何時間睡眠が必要かと考えるより、起きた時の熟睡間の方が大事だとも言われた。

また、一般に時差ぼけのサプリと考えられているメラトニンは、睡眠調整のホルモンである。これを効果的に分泌させるには、朝起きたら日光を浴びて、目を刺激すること。そこから14時間ほどたって、つまり夜中前にメラトニンの分泌が始まり、睡眠導入の引き金になるからである。

睡眠は日中の疲労を回復し、体をリセットする大切な時間である。自律神経、内分泌等々、睡眠中の体の機能回復のキジョについては、まだまだわからないことが多い。
それと同時に、寝具も含め、快適な睡眠空間の演出もこれからの課題ではないかと考えている。
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by n_shioya | 2011-10-25 21:28 | アンチエイジング | Comments(2)
くたばれ、カロリス!
最近抗加齢と言うと必ず出てくるフォトが、老いさらばえた猿と、毛もふさふさした猿の対比である。
年齢は同じだが、若く見えるほうは、今はやりのカロリー・リストリクションを受けた猿だ。
始めはネズミの実験だったか、餌を三割減らすと寿命が三割伸びると言うことを、言いだした人がいる。
そしてその理由づけとして、飢餓状態でサーテュインとかいう長寿の遺伝子が活性化して寿命が延びるとされている。
これが食事制限で寿命を延ばそうと言うカロリー・リストリクション、いわゆるカロリスのブームに火を点けた。

だが、批判がないでもない。
野生の動物は何時も腹いっぱい食えるわけではない。食べられる時に貯め込んで、食糧難に備える。つまり、飢餓状態の方が正常なのだ。
人間も動物のはしくれとして、インシュリンの働きはそのためにあるわけだが、何もそんな極端に制限しなくても、過不足ない食料供給に適応しているのではなかろうか。
もし我々の今の食の摂取量が過食だとしても、せいぜい8割ぐらい、つまり腹八分で、人間にとっては十分なカロリスになるのではなかろうか。
大体食いたいものも食わないで寿命が延びても、それこそ何の生きがいぞ!

と、カロリスに八つ当たりしてるのは、今宵、配偶者の苦心の作のジューシーなハンバーグをついつい食べ過ぎて、はち切れそうになった胃袋に対する自己弁護のあがきである。
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by n_shioya | 2011-10-24 20:45 | 食生活 | Comments(2)
「特定看護師」を認めよ
今朝の日経新聞に以下の記事があった。

「厚生労働省は麻薬注射や投薬など、現在は原則として医師にしか認められていない診療行為を担う看護師制度を創設する。5年以上の実務経験があり、一定の研修を受けた看護師を「特定看護師」【仮称】として認証し、2013年度をメド二救急や在宅医療の現場に導入する。医師を補助する看護師の役割を広げ、医師不足の緩和や医療サービスの効率化につなげる狙い。年内に制度案をまとめ、来年の通常国会に関連法案を提出する方針だ・・・」

朗報である。
医師の間では反対もあるかもしれない。また、現状を知らない一般の方は不安に思われるかもしれない。
だが、僕は大賛成である。
医師不足などというケチな次元の問題ではない。
これで看護師の本来の能力が認められ、活用されると言うわけだからだ。

そもそも、恥をさらすようだが、患者さんの状態は看護師さんの方がよく把握していることが多い。
患者さんに接する時間も多いし、また、患者さんも医師に対するような遠慮もなく、本音が出せるからである。
また、僕の専門とするキズの処置にしても、実際にキズをよく診ているのは看護師さん達である。
また、患者さんの訴えを直接受け止めるのも、彼女らである。
だから、彼女らはよく勉強する。なまけものの医師よりはずっと最新情報をつかんでいる。
その為、主治医との間に深刻なギャップを今までは生ずることもあった。

僕の尊敬する東大の老年看護学の真田教授など、そういう意味で看護学のチャンピオンである。
ついでに言わしてもらうと、医学部と看護学部の両方の面接に関わって感じたことだが、看護師志望の方々の方が、医師の志望者よりもはるかに目的意識の高い方達が多いのも事実である。

是非この制度が実現するように。
また、全国の看護師さん、ぜひ頑張ってください。
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by n_shioya | 2011-10-23 22:17 | 医療全般 | Comments(4)
イ・ムジチの四季
そう、先日聴いたイ・ムジチのことを書かねば。
結成60年記念コンサートということで、今日本で全国ツアーをしているが、イ・ムジチの四季か、四季のイ・ムジチかとわれるほどに、バロック音楽の火付け役でもあった。

b0084241_2310945.jpg60年前は丁度日本にLPが導入された頃である。其の最初のリリースに「イ・ムジチの四季」が含まれていたと思う。
そのころまだ僕は旧制高校生で、同級に近所に住むMという親友がいた。其の後彼は糖尿病の専門家になったが、性格が丁度「四季」の様に爽やかな男で、しかも音楽好きだった。
“イ・ムジチの四季はすごいぞ。ぜひ聴いてみろ”と、その頃は高価だった自分で買い求めたLPを暫く貸してくれた。

その後、いろいろな機会に何度「四季」を聞いたかわからない。
だが、イ・ムジチの生演奏は今度が初めてである。
素晴らしかった。アンサンブルとはこういうものかと、改めて感心した。
ある時は掛け合い、ある時は切り込み、またあるときはユニゾンで、聴衆を魅了する、それも楽しげに。

この世にはまだまだ美しいものがありますなぁ!
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by n_shioya | 2011-10-22 23:10 | コーヒーブレーク | Comments(3)




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