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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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「エル・ブリ」
不思議な映画だった。
始めから終りまで、厨房の場面に終始する。
レストランの名は「エル・ブリ」。
スペインにあった実在のレストランで、世界一予約の取りにくいことで知られていたという。
其のレストランの“台所”のドキュメンタリーだとは知らなかった。
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主人公はオーナー・シェフのフェラン・アドリア。
ヌーベルキジ―ヌを超えた、芸術的な創作料理である。
“おいしいだけではだめだ、驚きがなければ”というのが彼の信念である。
毎年冬にかけて半年は休業し、新しいメニューの開発に専念する。
何もそこまでこらなくてもと思うのは、グールメと程遠い素人の悲しさか。

昔、箱根のオーベルジュ・オー・ミラドウで熱傷学会の会長招宴を催したことがある。
50人のゲストで満杯のレストランで、次々に出される料理は、完璧としか言いようがなかった。
厨房はさぞ戦場のようだったろうと、勝俣シェフの指揮のあり様を想像したものである。
その一端を、この映画で垣間見た気がする。
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by n_shioya | 2012-01-31 23:20 | 食生活 | Comments(2)
[最強国の条件」
読み始める前に其の評を書くというのは著者に失礼かもしれないが、この中国系アメリカ女性、エイミー・チュアが書いた「最強国の条件」は、序の文とあとがきだけでも、其の違例ともいえる行為を誘発させる魅力がある。
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まず序文から、
「(前略」
この本での私の主たる関心は、1990年代後半に、当時のアメリカを形容するのに使われていた『最強国』(ハイパーパワー)という概念である。
(中略)
『最強国』の歴史において、肝要は勃興と、また不寛容は衰退と、密接に結びついている。そうだとすれば、寛容政策を続けることによって『最強国』は何時までも世界を支配していられそうなものである。だが残念ながら、事はどうやら、それほど簡単でないようだ。
“衰退の原因は、寛容さによって撒かれるのが常である。”
そう、すべての『最強国』の事例に置いて、寛容さは不寛容の源なのだ。そして寛容さはやがて天井にぶち当たり、『最強国』社会の中に対立関係と憎悪を生み出すことになる。何かをきっかけにして、ついには暴力の大波が襲いかかり、『最強国』の衰退がはじまる。
(後略)」
今のアメリカの苦悶を的確に言い当てているとおもう。

では、“アメリカが選択すべき未来”はなにか?
それは、これからゆっくりと読ませていただくこととする。

最後にあとがきから、
「(前略)
むろん、いくらアメリカが寛容だと言っても、それが極めて不完全な形に置いてであるのは百も承知だ。だが、現に私の両親は吸い寄せられるようにしてアメリカにやってきて、この地で成功をおさめている。アメリカ社会は、書くも貧しい中国系移民の夫婦が、大成功を収めることを許してくれたのだ。私たちはアメリカ人に同化していったが、それも自分たちで望んでそうした結果である。こんなアメリカは、やはり寛容な社会だと言わざるを得ないというのが偽らざる感想である。
(後略)」

帰化したアメリカ移民だけでなく、他国民の大方もアメリカに対して持つ愛憎の心情を、見事に言い表しているではなからうか。
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by n_shioya | 2012-01-30 22:51 | コーヒーブレーク | Comments(2)
「政治家の殺し方」 中田市長の場合
「政治家の殺し方」という、いかにも幻冬舎風のタイトルの著書で、中田宏氏が“現役市長を辞した今だからこそ語れる、誰も知らない政治の実態”を暴露した。
要は市議会と市庁舎に巣くう守旧派勢力が、根も葉もないスキャンダルを仕立てて、マスコミをあおって失脚をたくらんだということのようである。

政官財が結託して既得権と利権にしがみついている図式は、まさに永田町・霞が関の縮小版である。
マスコミもマスコミである。
よく“火の無いところに煙は立たない”というが、火のないところでは発煙筒をたくのもマスコミの仕業、ということらしい。

昔、朝日新聞の重役に、“真実の報道と営業政策が齟齬した時、どちらを選ぶか?”と問うたら、“そりゃり営業ですよ”、と当然のように答えが返ってきたことを思い出す。
社会の木鐸とはよう言ったものだ。

現代社会で、チェック機関なしにふんぞり返っている、唯一の暴力団体がマスコミである、というのが僕の持論だ。
勿論大半のジャーナリストは、真剣にその責務を果たそうと頑張っているのはよく承知している。だが、中にはヤクザまがいのブンヤも横行している。
不勉強だったり、筋書きありきでとても取材は受けられないと断ると、それではどんな用に書かれても、知りませんよ、と絵にかいたような脅迫文句を吐く輩もいた

犬が人を噛んでも二ユースにならないが、人が犬をかめば特ダネになる、という言いは、ジャーナリズムの本質をついている。
身の安全の為に隠ぺいに徹するのは権力側の常で、それを暴くのがジャーナリストの使命であることは解る。
だが、其の体質がの為、為政者の些細なスキャンダルは針小棒大に書きたて、その功績を取り上げることをおろそかにする。

ま、建前がどうあろうと、どう綺麗ごとを言おうと、ジャーナリストとて、其のたたく対象の権力側と同じように、保身と出世の奴隷であると思えば話は解りやすいが。
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by n_shioya | 2012-01-29 21:47 | コーヒーブレーク | Comments(2)
形成外科の裏街道
この四月の日本形成外科総会で話す予定の特別講演の準備で伸吟している。
会長の内沼教授から、“題名はどうされます?”ときかれ、冗談半分に“「形成外科の裏街道」はどうだい?”と言ったら、“それでお願いします”とあっさり同意されたので、すべてはこちらの責任である。

が、考えてみると、形成外科は発足当初から迫害を受け、いわば医学の裏街道を歩んできた。
まず、16世紀のタリアコッチ。決闘で失われた鼻の再建に成功し、今では形成外科の始祖と崇められているが、当時は法王庁から破門という厳しい処分を受けた。
“神が造りたもうた人の体を、一部とはいえ、人間が真似て造るのは神に対する冒涜である。”というのが其の宣告の理由だった。

そしてほぼ4世紀に亘り、この分野は冬眠を続け、20世紀初頭に復活する。
それには19世紀に無菌法と麻酔の開発で、外科手術そのものが飛躍的進歩を遂げたのが根底にあった
だが、救命や機能回復の為ならともかく、ただ形を整えるためにメスを加えることには批判があった。
それが正当化されたのは、第一次大戦がきっかけである。
その頃発達した破壊的兵器、つまり銃砲で顔面を吹き飛ばされた兵士の顔の修復である。
彼らには家族を養うためには、其の醜形を再建して社会復帰する必要があると言うのが、其の正当化の理由であった。

そこからさらに、正常な容貌にさらに手を加える、いわゆる美容整形が医学界で認知されるには、さらに大きなハードルがあった。
これほど美容外科が一般化し、テレビの人気番組に取り上げられるようになっても、いや却ってその為に、美容外科に対する偏見は根強いものがある。
又、悪徳美容外科医の生み出すトラブルの数々が、正当な美容外科と形成外科の足を引っ張っているのが、いまだに悲しい現状である。

という訳で、冒頭に述べたように、形成外科自体が外科の裏街道を歩んできたが、それとは別の次元で、形成外科学会自体に、政治的と言えば聞こえがいいが、さまざまな裏の動きがあった。つまり何処の世界にもある権力闘争である。
そこに焦点を当てるかどうか、今悩んでいるところである。
勿論、大方の期待はそこにあるのは解っているが、あまりにも生臭い話なのと、まだ御存命の方もおられる。
だが、其の裏話のほとんどを見聞きしているのが、もはや僕だけになってしまったので、記録にとどめておきたいという気がしないでもない。

漱石の作品に「三四郎」というのがある。
三四郎は小説の主人公ではあるが、そこに展開する出来ごとの傍観者にすぎない。
いっそ、「三四郎の観た形成外科学会(の内部抗争)」ということでご勘弁いただくとするか。
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by n_shioya | 2012-01-28 21:50 | 美容外科 | Comments(3)
「鞭うち症の心配なし」
誰でも病院に行くのはおっくうなものだ。
それが、其の医師に会うのが楽しみで、診察の後に癒された感じで病院から送り出してくれる医師は、貴重な存在である。
我が北里大学は“患者本位”という当たり前の筈のことをスローガンにスタートしただけあって、そのような医師に恵まれていると思う。
其の中でも、整形外科の高相教授は抜群に評判がいい。そして脊椎疾患の権威である。
実は今日、僕もその恩恵に浴してきた。
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年末にレインボーブリッジで追突事故に会い、愛車を変えざるを得なくなったのは既報の通り。
幸い直後からなんの自覚症状もなく、「鞭打ち症」に至らなかったのは、不幸中の幸いだったが、加害者や保険会社の意向もあり、今日、古巣の北里大学病院で、精密検査を受けてきた。
MRIを綿密に診た教授の見立ては、“事故の影響は全くありませんね、ま、年相応の変化はありますが。”ということだった。

実は、事故の為の障害は無くも、精密検査すれば何かもっとやばいことが見つかるのではないかと、診察前は心穏やかでなかった。
それが、物腰の柔らかな高相教授の懇切丁寧な説明で、すっかり晴々した気持ちで、自分の銀座のクリニックに戻ることができた。我ながら単純なものである。

現役を退いてから、医師対患者の立場が逆転することが多くなり、医師の一言が如何に患者の気持ちだけでなく、治癒にも影響を与えるか実感させられることが多い。

以前、あるトラブルで卒業生に診て貰ったとき、こちらとしてはどんな指示をだされても、何とか努力して治癒を目指す覚悟だったのに、“あ、先生の年じゃ、改善は望めませんよ、これからは悪くなるだけですから。”とこともなげに言われ、痛く傷ついた覚えがある。
学生時代に、実習で“可愛がった“お返しだったのかもしれない。
いずれにせよ、そのような医師を造ったのは、こちらの責任でもあるので、大きなことは言えないが。
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by n_shioya | 2012-01-27 22:22 | 医療全般 | Comments(5)
「ショパン 愛と悲しみの旋律」
久しぶりに映画を観た。
「ショパン 愛と悲しみの旋律」である。
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ショパンの映画は戦前に黒白で「別れの曲」というドイツ映画が大ヒットした。数年前にショパン生誕200年記念でリバイバル上演もあった。

今度の作品には正直がっかりした。
ショパンの名曲はふんだんに鏤められ、マヨルカの自然も美しいが、肝心のジョルジュサンドがいただけない。ファム・ファタールの凄味が全くない。
ショパン役はまあまあだが。
又、筋立ても、何が描きたかったのか、サンドの男遍歴なのか、乱脈なサンドの家庭状況なのか。
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そう言えば昔の「別れの曲」は、パリで成功したショパンが、故郷の恋人を捨てて、サンドとマヨルカに逃避するところで終わる。
其の恋人の別れの言葉、“アデュー ムッシュー ショパン!”は、まだ僕の耳の中で響いているのだが。
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by n_shioya | 2012-01-26 22:36 | コーヒーブレーク | Comments(0)
テレビにもの申す!
テレビが「政治」を動かすようになって久しい。
始まりはケネディとニクソンのテレビ対決だったと思う。

その後エスカレートして、小泉純一郎のような天才的ギャンブラーが大手を振って政局を振り回す、「劇場型政治」へと堕落した。
政治だけでなく、中立的であるべきニュース報道も、「ワイドショウ的」になり、視聴率がすべてという哀れな媒体になった。

当然「医学番組」もその影響はまぬかれない。
勿論真面目な番組もあり、日進月歩の医療の世界では、我々医師でも専門外のことは、テレビ番組で知ることも少なくない。
だが、視聴率を上げるためには、“世界初”とか、“これですべて解決”とか、“神の手”とか、詐欺まがいのどぎつい表現が横行しはじめている。
そのような低劣な番組に視聴者がなびくのは、日常での診療場面での医師の説明不足もあるし、また、テレビにまで取り上げられる最新情報に取り残された不勉強の医師の存在も否めない。

取材を受ける側としてはいろいろと言い分がある。
まず、そもそものテーマ設定が、ちょっとした風評的なことから始まり、ディレクターの個人的な聞きかじりで、取材先を選び、妥当と思われる専門家のところにたどり着いた頃には、すでにある程度のシナリオが出来ていることが多い。そして専門家の取材は、そのシナリオに会った言葉を引き出すだけなので、本人の意図と180度反対のメッセージに変貌してしまうこともまれではない。
その為、啓蒙ではなく増蒙になることもある。

もはやテレビは、医者にとっても未だ最重要な啓蒙手段であり、またそうでなければならない。
殊に、ネット上に中傷を含めた怪しげな情報が氾濫し始めた今、ある程度同業医師の批判に耐えられる正しい情報を取材記者に伝える必要がある。
「自己宣伝」と「啓蒙」との線引きは困難かもしれない。
だが、医師たるもの、最新の知識を正しく一般に伝えるのは義務と心得、その為に、医療と一般人の仲立ちをする重要な存在としての、マスコミとの付き合い方を習得すべきであろう。
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by n_shioya | 2012-01-25 22:14 | 医療全般 | Comments(3)
アメリカンクラブ
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今日は銀座のライカ事務局の美女軍団とアメリカンクラブで会食。
ライカとは何ぞや、という説明はさておいて、ボリュームたっぷりのアメリカ風のディナーにご満足いただけたようである。
そして良くも悪くも、アメリカンの雰囲気も。
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アメリカから帰国してから50年間、ホームシック(アメリカ帰りたさの)を癒してくれたのが、このアメリカンクラブであった。
アメリカ人は2,3年で入れ替わるのが多いため、最近のメンバーは会員番号が5ケタで、僕のような4ケタは貴重な存在になってきたようだ。

始めは木造の、いかにもカントリー・クラブ風だったが、その後少しモダーンな造りに建て替え、今回は2年かけて新築。大分広く立派になったが、クラブというよりホテルに近い感じで、まだちょっと馴染むのに時間がかかりそうだ。
去年、丁度新築して移転した直後に、3・11が発生し、相当数のアメリカ人が帰国、一時開店休業を余儀なくされたが、新しい年を迎え、徐々に活気を取り戻してきた。

現役時代は毎年1月15日の成人の日に、教室関係の方を招いて新年会を開催していたのも楽しい思い出である。
23年続けたわけだが、天気には恵まれ、不思議なことに曇りや雨のことはなかった。

まだアメリカへの郷愁を捨てきれない僕にとって、アメリカンクラブは死ぬまでホーム・アウェイ・ホームであり続けるだろう。
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by n_shioya | 2012-01-24 23:16 | コーヒーブレーク | Comments(4)
雪の自由が丘
今日は久しぶりに女子医大の皮膚科の川島教授とともに、自由が丘クリニックのグループと会食をした。
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何時もながら、自由が丘には旨い食いもの屋が多い。
古山先生が、自由が丘を活動の場に選んだのはまことに賢明である。
今日の店は「魚こばやし」といって、石原慎太郎や鳩山なども顔を出す、知る人ぞ知る魚料理の店である。

夕方の雨が予報通り、雪に変わり、吹雪の第三京浜をスタッドレスに命を託し帰ってきた。
だが、ニューヨークの雪はこんなもんじゃなかったと思いだしながら。
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by n_shioya | 2012-01-23 22:54 | アンチエイジング | Comments(2)
腰痛
数日前から軽い腰痛を感じていた。
無理して動いていたせいか、今日はついにダウンしてしまった。
僕は体のつくりが、頭蓋骨の中味同様原始的にできてるせいか、文明病の一つの腰痛に悩まされたことがなった。
前から楽しみにしていた、松倉君の代官山クリニックのお披露目と、高須導師の誕生パーティを二つともキャンセルして、家で横になっていた。

神経の圧迫症状は無いので、素人診断だが、椎間板ヘルニアといった深刻なものではなさそうだ。
多分、筋肉痛か、昔インターンの頃によく診断をつけていた、仙骨腸骨接合部のストレス程度であろう。
きっと運転が悪いのよ、というのは細菌何かにつけて僕から免許証を取り上げようとチャンスを狙っている配偶者の見立てではあるが。

昔学生の頃整形外科で腰痛は「伏摩殿」だと教わった。つまりはっきりはしない原因が諸々潜んでいて、治療に難渋すると言うことである。つまり霞が関の外務省のようなものらしい。

だが腰痛はそもそも人間が二足歩行を始めたことに原因があると言うのが定説である。
人間の体は、胸腔と骨盤という二つの重量物を唯数個の腰椎が繋いで支えている。四足でそれぞれを支えていた時と違い、両者のストレスを腰椎が受け止めることに無理があると言うのだ。

そして今日一日寝っ転がって、重力から腰椎を開放してやったら、だいぶ楽になった。
だが、明日は又二足歩行の一日が始まる。
勿論車での横浜東京往復は自分で運転する。
長距離運転が腰に悪いとは、死んでも認めるつもりはない。
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by n_shioya | 2012-01-22 22:36 | 老年病 | Comments(2)




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