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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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チャブ台文化の復興
先日、料理界の大御所、服部先生をアメリカンクラブにお招きして、FBフレンドの宇江佐女史と一緒に「食育」についてじっくりお話しをお聞きした。
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先生のメッセージは明快である。
人の幸せは「食事を共にする」事で培われる。
仲間と楽しむ事で、食べたものすべて養分となり,ヒトの付き合いも深まる。特に家族の絆も深くなる。これを先生は「チャブ台文化」と呼ばれる。
僕も大賛成である。
家族が食を共にすることでスキンシップも生まれ、下手な説教をせずとも価値観は伝わって行く。
つまり安倍政権の唱える「道徳教育」などアホなことより、「チャブ台文化」の方がよほど人間教育になると信じるからだ。
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by n_shioya | 2014-08-31 14:57 | 食生活 | Comments(0)
我疑う、ゆえに我あり
デカルトは近代哲学の祖らしいが、哲学を介さぬ僕は彼の名セリフ
「我思う、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」のありがたみはさっぱり分からない。
哲学者は分かりきったことを七面倒くさくする名人のようだ。
だからそれをもじって、イギリスの作家オルダス・ハックスレーが
「我糞をたれる、ゆえに我あり(カコ・エルゴ・スム)」
と喝破したと聞いて、ヤッタと快哉を叫んだものである。
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このところ、英米の諜報機関の暴露本やアメリカの帝国主義の暴走に関する著述など読みふけって、将来が暗澹となってきた。
だが、考えると歴史というものは官軍の歴史であり、真実という刺は抜かれ、勝者の都合に合わせたパッチワークと言えるだろう。

どうだろう、この辺で歴史を見なおしてみるのは。
日本史の場合は、第三者的というのは、外からの目で見直すこと。
世界史の場合は、どちらかというと現在の世界史は、白人中心のキリスト教、しかもプロテスタントの立場が勝った解釈が横行している。
これにもっとアメリカ大陸なら、先住民族の立場、そしてこれからの世界情勢を考えると、イスラムの立場等々を加味した本当の意味でのグローバルな世界史。
それにはまず、すべての定説を疑いの目で見直すこと。
いかにパッチワークが優れていても、必ずどこかほころびはあるはず。それを突破口に、自分の常識を最大限に働かしてみること。
その場合二つのことが基本になるだろう。
まず、人間の心の動きは基本的には、古今東西を通じて変わらないこと。
変わるのはその時代、時代の環境であり、その場に自分の身を置くことで、当時の人々の反応を推理すること。

こう考えると、歴史に限らず、医学、価値観、宗教すべて、既成の概念を一度疑いの篩にかけてみたくなる。
まず、すべてをまず疑ってみること。
次に自分の目で見ること。
そして自分の常識で判断すること。
デカルトにならって、
「我疑う、ゆえに我あり」
をこれからの僕のクレドとして。
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by n_shioya | 2014-08-30 20:49 | コーヒーブレーク | Comments(0)
抽象絵画はアートか?
昔親父の友人にYさんという画商が居た。
その経営する画廊はT画廊といって、抽象絵画ではリーダー格だったと聞いている。
Yさんは次から次へと「近代絵画の傑作」を持ちこんでは、芸術を介さない親父に、「下らん、持って帰れ」と追い返されていた。
ま、抽象絵画に関しては、今の僕も似たような理解度ではあるが。

あるとき親父は、精神病患者の描いた落書きのような絵と、抽象画家の描いた似たような絵を二つ並べ、“どちらがいい?”とYさんに聞いたところ、躊躇なく患者の絵を選んだといって、鬼の首をとったように喜んだのを覚えている。
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大方の日本人と同じで僕の鑑賞眼も印象派か、せいぜいで一部のエコールドパリどまりだが、一旦抽象芸術に晒されるとやはり無視はできない存在となる。
具象の方が馴染み易いが、何かそれだけでは物足りない、というのも正直なところだ。
そこでこの分野の権威、高階秀爾氏に教えを請うことにした。
名著、ちくま学芸文庫の「20世紀美術」である。

氏によれば、すべては写実主義の破産から生じたという。
「写実主義の破産という歴史的事実の持つ意味は、それが単に絵画の表現法をすっかり変えてしまったということだけにはとどまらない。その結果として、芸術がそれまで自己の拠りどころとしていた基準を失ってしまい、あらためて自分の立つべき基盤を探し求めなければならなくなった点にいっそう大きな意味がある。つまり、何を描くべきかという問題の代わりに、いかに描くべきかという問題がクローズアップされたことは、その必然の結果として、何のために描くべきかという問いをもたらしたのである。」

なるほど。
同じことは音楽についても言えるのではなかろうか?
12音階だの、ミュージック・コンクレートと称するものなど、造るのは勝手だが、なにも無理して観賞することはないと開き直ることにした。
抽象芸術をありがたがるのもそれは当人どもの勝手だが、それを判じものと困惑し、カオスと切り捨てる常識的な立場も許されてしかるべきと思う。

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by n_shioya | 2014-08-29 22:26 | 美について | Comments(0)
僕もかっては痔主だった
“塩谷さん、なぁ、どうせすぐ再発しますよ。ハッ、ハッハ”と永年悩んできた痔の手術に成功して喜んでいた僕に高笑いを浴びせたのは、当時北里大学病院長だった菊池さんであった。

痔とのお付き合いは中学生のころからだから、それまでに三十年ほどにたっていた。
いわゆるいぼ痔が、切れ痔となって出血を繰り返し、北里大学に赴任した頃は、傷みも激しく、教授回診の最中に便所に駆け込んで、座薬を挿入することもしばしばだった。だがそれでも手術はまっぴらと、我慢し続けた。
その頃はまだ日本の痔の手術はホワイトヘッド法という野蛮な術式で、後にしばしば狭窄が起こったからである。
だがあるとき、肛門周囲が赤く腫れてどろりと膿がでた。「肛門周囲膿瘍」である。
その後には、肛門周囲の皮膚に穴が残り、直腸と繋がってしまった。痔ろうである。
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もう我慢はこれまで、と観念した。痔ろうはほっておくと、刺激のためか稀ではあるが癌化すると言われているからだ。
外科の同僚に相談すると、“痔はなぁお前、専門の病院に行けよ、俺らよりずっと上手いから。”と横浜の松島病院を紹介してくれた。
横浜駅と桜木町の間の高島町にある6階建の大腸肛門科の専門病院である。
入院患者は皆、その部位の悩みを抱えている。同病相哀れむ気やすさもあり、お互いに自分の病状を自慢し合う。
一番幅を利かせるのは、癌などで人工肛門を付けた奴であり、痔ろう程度では肩身の狭い思いで、部屋の隅っこに縮こまっていなければならなかった。

幸い手術後の経過は順調で、菊池院長の期待に反し、30年以上たった今も再発の兆候はなく、かって痔主であったこともすっかり忘れていた。
それが今、テレビで痔の番組を観ながら昔を思い出し、あの時思い切って手術を受けて本当によかった、と改めて当時の主治医に感謝している。ちなみに今の院長の松島君は北里大学出身で、僕の教え子というわけだ。

番組でも強調していたが、今は痔の治療も格段に進歩し、まず、予防、そして薬、さらには注射療法、それでも駄目なら初めて手術、それも安全に効果が期待できるという。
ですから「痔主」の皆さん、苦しければ我慢せず、また恥ずかしがらずに専門医にご相談ください。きっと楽になりますよ。
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by n_shioya | 2014-08-28 22:46 | 医療全般 | Comments(0)
ジベルニーの想い出
ジヴェルニーを訪ねたのはちょうど5年前のことだった。
パリで国際創傷治療学会が開催された折、一日会場から抜け出して、アメリカからの観光客に交じって、バスツァーに参加したのである。
僕にとって、いや大方の日本人にとって、モネほど親しみやすい画家はいないのではなかろうか。
其のモネが晩年を過ごし、干し草の連作や、雪景色を描き続けた村を、そして何よりも、モネーがこよなく愛した日本風の庭園をこの目で確かめたかったのだ。
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そこには描かれたとおりの、イル・ド・フランスの長閑な田園風景が展開していた。
そして今は美術館となっているモネの館には、愛蔵の浮世絵が壁いっぱいに飾られている。そしておなじみの睡蓮の池とそれを跨ぐ太鼓橋。
先日、澁谷の東急文化村で開催された「モネとジヴェルニーの画家たち」を鑑賞しながら、当時を懐かしみ、ああ、あの時無理して行っておいてよかった、と配偶者と頷きあったのである。

この展覧会で初めて知ったのだが、当時、モネを慕う芸術家たちが、その7割はアメリカ人ということだが、ジヴェルニーに集まり、コロニーをつくり、ジヴェルニー派と呼ばれるようになったということである。
ジヴェルニーの自然は美しい。
だが、モネの描くジヴェルニーはさらに美しい。
其の違いが絵画の魅力といえるが、そもそも絵画とは何だろう?
技法なのか、画家の目なのか?
僕は答えが出せないでいる。
唯言えることは、印象派の絵は心に安らぎを与えてくれると言うことだ。
丁度音楽で言えばバロックのように。
それで十分としよう。

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by n_shioya | 2014-08-27 17:51 | 美について | Comments(0)
ニーチェ復活?
ニーチェが今人気を呼んでいる。
なんで又、今になって?
火付け役は「超訳 ニーチェの言葉」のようだ。
読んでみてなるほどと感心し、ニーチェに対する認識を改めた。
過去の認識といっても「ツァラツストラ」の第一ページで挫折したお粗末なものだが。
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戦後まもなくのことだが、行きつけの古本屋の親父が古書を売りに来たお客に言った言葉を思いだす。“もう、ニーチェはだめ、売れないは。ナチの時代は終わったから。”
だが著者は言う「ニーチェの思想がヒトラーやナチズムの思想に影響を与えたというのは悪質のデマだ。ヒトラーとナチズムは自分たちの空虚さをうめつつ虚勢を張るために、様々な分野の既存の思想を勝手に曲解して取り入れることを恥じなかった。」と。

たとえばこんな項は如何?
「疲れたらたっぷり眠れ。
自己嫌悪におちいったとき、何もかも面倒でいやになったとき、何をしてもくたびれてしかたないとき、元気を取り戻すためには何をすべきだろう。
ギャンブル?宗教?流行のリラックス療法?ビタミン剤?旅行?飲酒?
そんなことよりも、食事をして休んでからたっぷりと眠るのが一番だ。しかも、いつもよりずっと多くだ。
目覚めたとき、新しい力が漲る別の自分になっているだろう。『漂泊者とその影』」
どうです、ずいぶん親しみやすいオッチャンではありませんか。
しかも最近のアンチエイジング ブームの愚かさまでお見通しである。

高校時代、ホイべルス神父に言われた「昔、ニーチェというちょっと頭のおかしい可哀そうな人がいて、神は死んだと言って、勝手に神様を殺してしまいました。」
という言葉に僕は長いこと縛られていたようだ。

「食わず嫌い。その為にお前らはどれほど損をしていることか。」
ニーチェの箴言集にあってもよさそうなセリフではないだろうか。
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by n_shioya | 2014-08-26 23:30 | コーヒーブレーク | Comments(0)
高原のリサイタル
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今日の昼は追分の手打ち蕎麦「きこり」で天ざるを。
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その後は軽井沢の「大賀ホール」でピアノリサイタルを楽しむ。
演奏は弱冠24歳のピアニスト金子三勇士。
バッハからベートーベン、リスト,ショパンそしてバルトークと多彩な演目。
若さ溢れる素晴らしい演奏だった。
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by n_shioya | 2014-08-25 22:21 | コーヒーブレーク | Comments(0)
学校教育から子供を守ろう!
NHKで、家庭の事情で「義務教育」を受けられなかった方々の事を取り上げていた。
その中の女性の一人は80歳過ぎてから、夜間学校で初めて読み書きを覚えられたという。なかなかの達筆で、僕の字よりはるかに読みやすいのは驚きだった。
こういうお気の毒な事例は別として、番組を見ながらいまだに僕は、「学校教育」に多大な不信を抱いていることに気が付いた。
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敗戦を機に、軍国主義一辺倒だった教師たちの、民主主義への鮮やかな変身ぶり。
又、中学から高校、大学にかけては、学制変化のために毎年の入試と折角入学しても、そのカリキュラムのお粗末さ。
だが、何よりも僕は授業という形態は、教える方の都合で教わる方の立場は二の次になっていると思う。
人間の頭は、一時間ごとに語学から数学へ、また体育から理科へと器用に切り替わるようにはできていない。それよりも一つのことに集中して、飽きるまで続けることが許されず、一時間ごとに脳の働きが寸断されることが、「創造力」を破壊するのでは、と慄然としている。
勿論、本人に合わせたテイラーメイドの教育、つまりすべてを家庭教師にというのは、昔の王侯貴族にしか許されぬ贅沢であることは重々承知している。
だが、少なくも僕は、この教育制度の犠牲者だと信じ、自分の「独創性」の無さの弁解にしている。

この年になってやっと、カリキュラムの制約なしに、又、目的達成のプレッシャーを感ぜず、その時々興味の赴くまま、一つの主題を追いかけることが許される “考える幸せ”を味わっている。
勿論記銘力と体力の衰えは如何ともしがたいので、今少し早くこれに気がついて、自由な発想の展開をしておけばと悔まないわけではないが。
定年まで、学校教育の後遺症を引きずっていた自分の咎かもしれない。

世の親御さんたち、子供に“勉強せい!”と点数を稼がせる前に、“学校教育から如何に子供の創造性を守るか”と言うこともチョッとは考えて欲しい。
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by n_shioya | 2014-08-24 22:44 | コーヒーブレーク | Comments(0)
塩谷塾第4回「商品んとしての美女」
酷暑にめげず、塩谷塾第4回を無事終了した。
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この世は市場原理に支配されている。
好むと好まざるとにかかわらず、我々も絶えず値踏みされている。
そこで女性の、恋愛、結婚、就職など様々な市場での、商品としての価値基準を探ることで、美女の基準の一端に迫る事が出来るのでは、と言う意図で今回の塩谷塾のテーマは「商品としての美女」を選んだ。
そして見えてきたものは?
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塾の前に有志から、丸ビル最上階の福臨門でランチの接待を頂いた。本番に劣らず活発な意見交換の場となった。
改めて御礼申し上げます。
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by n_shioya | 2014-08-23 20:57 | アンチエイジング | Comments(0)
今様姨捨山
このところ、殺人、事故死、子供の虐待死など暗いニュースが続くが、中でも不可解なのは、百歳以上の年寄りの行方が分からないという報道である。
年金不正受給のためというのは、動機は明白なのでさておくとして、行方不明の届け出のない老人がどれほどいるのか、家族はどう対応してきたのか、全く不可解である。
老人が主体性を持って、姥捨て山に姿を消すことをこの国は歓迎しているのとしか思えない。

ガリバー旅行記では後半に“飛ぶ島”という国の話がでてくるが、そこでは何人かに一人の割合で不死人間が生まれるという。
額に黒いワッカの痣の着いたその不死の子供が生まれると、家族中悲しみに包まれる。不死ではあっても不老ではないので、老いさらばえても死ぬことができない不幸な存在であるからだ。
彼らは、80歳になると市民権を奪われ、つまりすべての人権を失い、唯最小限の食糧で生かされている。(これは日本の政党が一部の長老に対して導入を検討すべき事項かもしれないが)
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以前、東大の老年看護学の真田弘美教授が、御講演の最後にフィンランドの老人ホームを映されたことがある。どこかのビーチリゾートかと思われる、素晴らしい施設だった。
“フィンランドではこのように老後の保障があるので、若いときから高い税金も喜んで払うのです。皆さん、年をとってこのような施設で暮らすのを楽しみにしています。”

日本で、老年期を心待ちにしている人がどれほどいるだろうか。
ショックだった。
高齢者のQOLがゴールに無ければ、「抗加齢医学」に何の意味があるだろう。
いまだにあのフィンランドの老人ホームの光景は頭に焼き付いて離れない。
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by n_shioya | 2014-08-22 20:58 | QOL | Comments(0)




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