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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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ムンテラのむずかしさ
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患者に対する医者の説明をムンテラという。
ムント(口)とテラピー(治療)を組み合わせた和製ドイツ語だと思う。
今で言うインフォームドコンセントもその一つといえる。平たく言えば納得づくの医療ということになろうか。
だが、医師と患者のコミューニケーションは決して容易でない。
一つには同じ言葉でも両者で取り方が違うからである。
たとえばヤケドの場合、受傷直後に我々は安心させるために,大丈夫よくなりますよと、励ますのが普通である。
この場合、今よりはよくなるから心配しないで、といったつもりでも、患者のほうはよくなるということを、完全に元に戻る、つまり跡形なく治るととりがちである。
そして後で、もっとキレイに治るのかと思ったとうらまれることがある。
すべて相手の立場にたって考えるようになるのには経験が必要だし、完全にこのギャップを埋めることは難しい。
同じことは夫婦でも起こりうる。
ぼくも配偶者も東京生まれの東京育ちである。もちろん二人とも標準語を話しているつもりだ。
だがそれなのに、コミューニケーションが取れないことはしばしばである。
“だから僕たちにも日本語は難しいですよ”、と日本語で苦労している外人には冗談交じりで安心させることにしている。
言葉は魔物である、しかもそこに男女の相違が入ったときは。
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by n_shioya | 2016-02-29 20:09 | 医療全般 | Comments(0)
ライシャワー大使の思い出
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“相互理解”という言葉を聞くと冷や汗と共に思い出すのはライシャワー大使である。
40年以上も前のことだが、米国留学からかえってまもなくのこと、高島屋で今は亡き岡田謙三氏の個展が開かれた。
ニューヨークで親しくお付き合いしていた関係で、そのオープニングにまねかれ、のこのこ顔を出したところ、突然岡田夫人にマイクの前に引きずり出された。
これからライシャワー大使の祝辞があるので、通訳をせよという。
冗談じゃない、大使のほうが日本語はずっとお上手でしょう、と抵抗すると大使は言われた
“アメリカ大使として公式に話すときは、英語で話します。これは大使の務めですから。”
さらに小声で付け加えて“不適切な表現があっても、それは通訳の不手際ですと逃げることも出来ますからね”、とにやりとされた。
通訳とは特殊技術であり、ただ日本語と多少の英語がしゃべれるだけでは勤まらない。
適当にはしょって通訳していたら、そばで“チョッとずるしてますね”とライシャワーに言われてしまった。
それはいいが、突然“ソーゴリカイ”なる意味不明の言葉を彼が口にした。
ソーゴリカイ、耳にした事のない英語なので、立ち往生してると彼が助け舟を出してくれた,“ミューチャルアンダースタンディングですよ、英語なら。”
参加者は大笑いで、ライシャワーはしてやったりと満足げである。
そのライシャワーも、岡田謙三夫妻も今は亡き人である。
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by n_shioya | 2016-02-28 19:00 | コーヒーブレーク | Comments(0)
昭和一桁の誓い
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二人とも昭和一桁。合わせて170歳。
元厚生大臣の津島先生は中学、高校、大学の同窓で2年先輩である。
代議士を辞められてからも弁護士として活躍されておられ、アンチエイジングネットワークやアンチエイジング医師団でも名誉顧問として助けていただいている。
昨日は今日本の突入している超高齢者社会に、アンチエイジングに関わるものとしてどう運動を展開するか、色々と貴重なご意見を頂戴し、二人で高齢者のQOLを目指してアンチエイジングに邁進することを誓ったl。
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by n_shioya | 2016-02-27 20:45 | アンチエイジング | Comments(0)
露出狂の色気狂い
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僕がはじめてカメラを手にしたのは大学時代だが、今と違ってまだ自分で写真をやる奴は少数派だった。100人余のクラスで数名いたかという程度だったと思う。
当時からcanonとニコンが競いあっていたが、僕は友人の勧めでcanonをえらんだ。ライカなどは高嶺の花であった。
もちろんその頃は今のバカチョンと違い、ピントあわせだけでなく、絞りもシャッター速度も手動で、その組み合わせを露出計を使って、自分でを算出なければならなかった。
デジカメの遥か以前で、もちろんすべてフィルム使用。それも黒白がほとんどで、カラーはごく特別な人が特別なときに使うだけだった。
それを僕はカラーから始めるといって、くだんの友人の猛反対を受けた。
カラーは難しい。写真の基礎はモノクロにある。まず黒白で十分修行してからカラーをトライすべきだというのである。
僕の考えは違った。
モノクロこそ経験を要する、抽象というかいわば芸術の世界で難しい、カラーは見たままに写るからやさしい筈。と素人なりの考えを主張して、始めからカラーフィルムを装填した。今になれば当たり前すぎる話だが。
だがカラーの場合は色調が命である。そのためには当時ののカラーフィルムは厳密な露出が要求された。
こうして新米カメラマンは、何時もcanonを首から提げ、手当たりしだい取り撮りまくることになる。
キャンパスで、家で、そして旅行のとき。あるときは友人の結婚式のフォトグラファーを頼まれたこともある。
もちろんフィルムはカラー。そして露出計で被写体を嘗め回して。
そんな僕を見て、口の悪いかの友人から“露出狂の色気違い”とあだ名をつけられてしまった。
これももう半世紀前の話。
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今はモノクロのほうが珍しく、カメラもバカチョンからデジタルへ変貌して、ついにケータイも入れれば、一人で数台持つ時代になってしまった。
僕のブログもデジカメで成り立っているようなところがある。

ところで配偶者はパソコンを毛嫌いして、僕のブログを見ることはないないが、“美女軍団”の話や、ブログはネットの上の“ストリップ・ショ-”みたいなものといった断片的な発言を耳にして、やはり僕は正真正銘の“露出狂の色気違い”ではないかと疑い始めているようだ。
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by n_shioya | 2016-02-26 22:00 | コーヒーブレーク | Comments(0)
失われた時を求めて
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“それで今は何をしてるの?”
大蔵省から某銀行の頭取を勤め上げ、今は自宅で悠々自適の身分のT は答えた。
“朝起きて、飯を食って、それから3時間ばかり本を読む。
今読んでるのはプルーストだ。原書で読んでいるので、日に数ページしか進まないが。”
そういえば彼は旧制一高では文丙で、フランス語が第二外国語だった。
東京クラブで昔のクラスメート6組が夫婦で集まって、恒例の晩餐会を催した折の話である。
元外務省、元日銀、元大学教授など皆現役時代の肩書きはいかめしいが、今こうして集まると昔の悪餓鬼に戻り、ガールフレンドの取り合いの話や、酒の席での失敗談等に花が咲いた。
あの長編「失われたときを求めて」なら僕も挑戦したが、“例の出だしのマドレーヌの香ばしさのあたりで挫折したままだ。”と白状すると、T は言った。
“あれにはなかなかいい台詞が出てくるよ。”
“例えば?”
“「美しい女たちのことは、想像力がない男たちに任せておこう」、なんてのはどうだ。”
確かにあの頃旧制高校は全寮制度で、しかもその寮は女人禁制なので、想像力は無限に羽ばたいてくれた。
でもそうすると、実在の“美女軍団”を看板にして人気上昇中?のブロガーなど、最も想像力に乏しい男ということになるのか。
どだいプルーストなど、厚くカーテンを閉め切った部屋に暗く生きていた変わり者で、そんな台詞はやせ我慢、「僕にはやはり想像の産物よりも、“生身の美女”がありがたいよ、」とまぜ返そうかと思ったがやめておいた。
せっかく彼が、“憧れ”のみが生きがいだった、今は懐かしい青春時代の回想に浸っているを妨げたくなかったからである。
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by n_shioya | 2016-02-25 21:02 | コーヒーブレーク | Comments(0)
手織りの温もり
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これは僕の書斎。
左手前は水牛の皮の寝椅子、右上には岩手の山奥で家具作りに励む土屋さんの傑作の木馬。
だが今見て欲しいのは絨毯だ。
燃えるような赤。だが、なぜか心が和むのは彩とパターンの絶妙のコンビか。
イラクのサマワの産である。
サマワ。覚えているでしょう、自衛隊が復興支援に活躍した。
先年入手して、書斎に敷いた途端に,雰囲気ががらりと変わった。この部屋に入ると滅入ったときでも気分がぱっと明るくなる。
「カラーセラピー」のご利益と言えるか。
男の癖に僕は織物が好きである。その手触りとデザインがなんともいえない。
むかし銀座に麻里邑といったか、生地屋さんがあった。そこに立ち寄っては、いろいろの布地の色合いや肌触りを楽しんで、気に入った端切れがあると持ち帰ったものだ。
もちろん裁縫はできないので、何を作るわけでもない。
なかでも絨毯は特別である。そこに綾なし、繰り広げられるのは織り手の想いである。
僕の好きなイェーツの詩を披露させてほしい。

Had I the heavens’ embroider’d choth,
Enwrought with golden and silver light,
The blue and the dim and the dark cloths
Of night and light and the half light,
I would spread the cloths under your feet:
But I, being poor, have only my dreams;
I have spread my dreams under your feet;
Tread softly because you tread on my dreams.
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by n_shioya | 2016-02-24 21:07 | 美について | Comments(0)
ソフィアカレッジ10周年記念講演会
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今日は塩谷塾第2期生でFB友の池田明子さんが校長をされる「ソフィア・カレッジ」の十周年記念講演会に出席した。
ご主人は下町の玉三郎こと梅沢登美男さんで、先日明治座の「おトラさん」で楽しませていただいたばかり。ご夫婦での活躍振り、頼もしい限り。
ソフィア・カレッジはフィトセラピースクールやハンドセラピー講座などで人気を呼んでいる。
明子さんの魅力はその自然体。
”これやってみたいな”、というと”是非おやんなさい“と後押しする仲間が現れる。そしてハンドセラピストも既に5000人に達する勢い。
頑張って!応援します。
フォトは講師の稲葉俊郎先生とランディ田口さん。
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by n_shioya | 2016-02-21 21:30 | コーヒーブレーク | Comments(0)
トカゲレベルの自民党
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トカゲは尻尾を切られても又生えてくる。
これを「再生」というが、動物は高等になるほど再生能力は失われ、瘢痕組織で「修復」を試みるようになる。
人の場合、手術でも外傷でも、いったんキズすればどうしても傷跡が残るのはそのためである。
再生のためには二つの働きが必要とされる。
まず、新しく同じ組織を再生してくれる「幹細胞」と呼ばれる、発生学で言う未分化の細胞である。
細胞は始めは受精卵一つだが、分裂を重ねるうちに分化してさまざまな臓器を形成する。
そして色々な臓器には、成熟後も幹細胞が残されていることがわかってきた。これが成熟細胞が失われれると、分化して穴埋めをしてくれる。
今ひとつは既に分化した細胞が「脱分化」といって、幹細胞的な未分化の細胞に本家帰りして、別の成熟細胞に育ってくれる場合もある。
このどちらの働きも高等動物になるほど失われ、瘢痕組織による修復が行われる。したがって失われた臓器や組織が元通りにはならぬので、傷跡が残るといえる。
つまり傷跡が残るのは高等動物の宿命といえる。
ところでトカゲの尻尾きりは自民党のお家芸である。
はじめは秘書が、秘書がと責任を取らせていたが、最近では大臣でも、トカゲの尻尾なりに扱われるようになった。
だが、又すぐ尻尾が生えてくるから不思議である。やはり自民党は進化の過程ではまだまだ下等動物並みなのであろうか。
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by n_shioya | 2016-02-20 20:01 | コーヒーブレーク | Comments(0)
塩谷塾説明会

今日の「塩谷塾説明会」には40名近くがご参加くださった。
まず塾長の解説の後で、過去3年のそれぞれの期からお一人づつ経験をご披露いただき、塾長にとっても大変参考になるご意見がいただけて有り難かった。
その後の懇親会でも、和やかな雰囲気の中で参加者の交流は続いた。
今日の話し合いを踏まえ、第4期は更に深まった議論が生まれるのではと塾長は期待しております。
説明会に出席されなくても応募可能です。
締め切りは28日ですので、興味のおありの方は是非ご応募ください。
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by n_shioya | 2016-02-19 22:18 | アンチエイジング | Comments(0)
チーズとモジリアニ
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モジリアニは僕のお気に入りの画家である。素人考えではあるが、その芸術性においては少なくも詩情においては、これに対抗できるのはピカソでも、青の時代しかないのではないだろうか。
その昔、大原美術館展が東京で開催されたとき、エビュテルヌの肖像の前で僕は連れの女性に、“モディリアニは子供の時は苦手だったが、今頃やっとその魅力が分かってきた、丁度チーズのように。”とささやいた。
すると背後から、“それもとりわけ芳醇な”と声がするので振り向くと、大原美術館の館長さんだったのを思い出す。
当時、西洋美術は大原美術館でしか見られず、大学生は皆、倉敷詣でをしたそのである。僕もその一人として訪問した時、その館長さんは親切に一学生に過ぎない僕を案内してくださったのだった。
チーズと言えばフランスは上質で豊富な種類を誇るチーズ王国である。
200種類以上のチーズを擁する国民が絶対に意見がまとまるはずはないと、フランス人は誇らしげに言う。
確かに外国旅行をしても、団体で群れなすのは日本人とドイツ人で、フランス人のグループ行動にはお目にかからない。
ちなみにフランスの識者に言わせると、女性のある部分の芳香はチーズのそれに似通っていると言う。
それが200種類のどれなのか、あるいはこれもチーズと同じにそれぞれが個性を主張しているのか、経験の乏しい僕には答えられないので申し訳ない。
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by n_shioya | 2016-02-18 22:43 | 美について | Comments(0)




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