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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
花びら餅
パークホテルのコーヒーショップには、二人がけの椅子がガラス窓に向かって並んでいた。
大きなウィンドウは七条通りに面し、人々の行きかうさまが映画のシーンのようで面白い。外からもこっちが丸見えだろうか?朝から芸者さんと並んでコーヒーをすすっている自分の姿が面映くなってきた。
花びら餅_b0084241_20545176.jpg

「祇園」という名前には、「東男」の憧憬をそそる響きがある。
“一見様お断り、”と伝え聞くだけでも想いはつのろうというものだ。
昨夜はホストのK氏も苦労されたようである。青年商工会議所の全国大会で、ホテルは満杯、御茶屋に綺麗どころを上げてなど、とてもとてもという有様だった。
それをどこをどうつっついたのか、祇園でも由緒ある某亭に、芸者さんを数人はべらしてくれたのだった。
これは今から十数年も前の話である。

“K様、よう気張って”、とこの家の格式をほのめかしながら、紺のお召しに金茶の帯を締めた年かさのが、しきりに私の杯が注がれたままなのを気にしている。

“お酒飲めないなんて、男じゃない。”むかし西陣の女性に手厳しく言われたのを思い出した。
結婚の相手としては論外だそうだ。
僕個人についてではないにせよ、以来僕は京女に対しては、一抹のたじろぎを感じている。
それに懐石料理は、酒が駄目だとテンポが狂ってしまう。周りははさしつさされつ、こちらはその間、憮然とした時間が続く。

“ところで、”と僕は斜め前の若い妓に話しかけた。出掛けに連れ合いから、“何か京都らしいものを”と、お土産を頼まれたのを思い出したのである。
「京都らしいもの」、これが難物である。
いまどき気のきいたものは、殆どなんでも東京のデパートあたりで手に入る。
“そうね”、美しい眉が寄ってスッと縦に筋が入った。
そう、今なら「花びら餅」がいい。一月だけ釜開きにあわせて作るので、今しか手に入らないという。

“そんな。注文品だから明日のお立ちには間に合いません。”
年かさがぴしゃりと割り込んできた。
それより四条通の何とか家がいいと薦めてくれる。
あ、あの栗のお菓子。丹波栗を甘く煮て、粗目をまぶした干菓子なら僕の好物で、いつもお土産にしている。
僕は若い方に向かってそっと顔をしかめてみせた。
“また「お冷や」ですね、”と年かさが立って行った。
お姉さんがああ言いはるから言わんどいたけど、今晩私、お店に電話してみます。
若いのが耳打ちしてくれた。

翌朝ホテルに電話があり、“間に合ったのでお届けします”という。
“普段着だから”と遠慮するのを、まあまあとコーヒーに誘ったところである。
やがて小雪がパラついてきた。
関が原で新幹線が難行するかもね、と出発を早めることにした。
“これは私からの気持ちと思って受けておくれやす、”といって別れ際に渡されたのは、品のよい小さな菓子折りであった。

幸いたいした遅延もなく無事家について、“能書き”と共に菓子折りを連れ合いに渡したのは、丁度お八つの頃合だった。
中に十個ほど、かわいらしく収められた、羽二重に餡をくるんだ餅菓子は、花びらというより、七条の通りを舞っていた雪の一片、一片に似通って、淡く軽やかに口の中で溶けていくのだった。
by n_shioya | 2013-02-11 20:55 | 食生活 | Comments(1)
Commented by HOPE at 2013-02-17 10:02 x
あら、粋なお話!
ナントカ手に入れて差し上げようと思う方にしかしないでしょうね


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