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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
やはりあの「スイス」だった。
名誉院長をしているAACクリニック銀座の2,3軒先で、「煉瓦亭」の手前に「スイス」という楽しげなレストランがあり、もしやといつも気になっていた。 昔、大学の頃というのはまた半世紀以上も前だが、銀座の並木通りの路地をちょっと入ったあたりに、「スイス」というレストランがあり、よくデートに利用したものである。 スープ付きの料理が100円。貧乏学生には天国だった。 カツカレー発祥の店とも言われていた。 だが、こののスイスとは場所も離れているし、佇まいも違う。 “なかなか美味しいですよ”、と美女軍団の一人に誘われて先日入ってみた。 運ばれてきたスープを一匙口にして思い出した、ああ、ヤッパリあの味だった。 薄めのポタージュが砕いたベーコンで味付けされている。 料理を運ん「できた年配の女性に、もしやと思って聞くとやはりそうだという。 “昔ながらのスープの味を守っているので、皆様スープを飲むと思い出してくださいます。 そういえばお客様、どっかお見かけしたような・・“、と彼女は嬉しいことを言ってくれる。 30年前にこちらに引っ越してきたのだそうだ。 並木通りの路地を入った昔の店は、一階が調理場で木造の階段をがたぴし登ったところが食堂だった。 昭和一桁の東京の相当数の学生は、あの「スイス」のお世話になったはずだ。 戦後の復興前の日本は貧しく、車はおろか食べるものさえ録に無かった。 ただ在るのは憧れだけだった。 “パリの屋根の下”、“舞踏会の手帳”など戦前のフランス映画が文化の象徴であり、口ずさむ歌は“パリ祭”、“暗い日曜日”、クラシック音楽への憧憬は名曲喫茶で満たす、懐かしい“失われた青春”の日々だった。 料理を口にしながらなんともいえぬ懐旧の念が込み上げ、この60年はいったいなんだったとろうと、コーヒーを飲み終えて不思議な気分に満たされながら、孫ほども若い美女を伴って店をあとにした。
by n_shioya
| 2013-05-09 21:25
| 食生活
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塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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