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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
このところ時折だが、生きていくのが何となく億劫に感じられることがある。 別に悩みがあったり、憂鬱だったり、まして死にたいと思うわけではない。 ただ、なんとなく、もう十分生きてきたし、したいこともしてきたしという感じ、ある意味でもうこれで十分という感じ? もちろんまだまだ知りたいこと、やりたいことは山積している。 ただ、今までのようなペースでそれをこなすのがしんどくなってきたのかもしれぬ。だが特に疲れがたまったという自覚もないし、具合の悪いところがあるわけでもない。これが年をとるということなのかもしれない。 生まれつきすべてにおいて鈍い僕にも、老いの自覚は段階的にやってきたような気がする。 最初は30年ほど前だったか、車の良し悪しで長時間のドライブの後の疲れが違うことに気がついたのが始まりだったと思う。 それから50代になって、ニューヨークに学会出張したとき、ウォールドルフ・アストリアで朝3時ごろ、がばと眼が覚め寝付けず初めてこれが時差ぼけかと悟ったとき。 その後、週末ゆっくりしないと翌週に響くということがわかったのが60台ごろだったか。 そして今80も半ばになって、やっと若いときよりすべての機能が、食欲は別として、衰退したということを自覚させられたということかも知れぬ。 “年相応”という言い方がある。それに反旗を翻すのが抗加齢、アンチエイジングのようだが、老いていく自分を素直に受け入れ、いたわりながら、“年相応”の機能を維持して行く生き方があっても良いのではないだろうか。人によってはそれをサクセスフルエイジングと呼んでいるようだ。 そして僕にとってその終着点の理想は、 「ねかわくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ(山家集) という西行の一句に尽きる。
by n_shioya
| 2016-04-02 12:44
| アンチエイジング
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塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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