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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
ある時、母親に付き添われて、やけどの跡を気にした女子高校生が外来を訪れた。
“私の不注意でこんなにしてしまって”と母親は嘆く。 四歳の時、台所でお湯をかぶって火傷を負い、上腕に手のひらほどの浅い傷跡を残している。 赤くもないし、つれがあるわけでもない。 人が見てもそれほど気にならない薄さだが、本人はそのため夏でも袖無しが着れないでいたそうな。 “大きくなったらきっと何とかしてあげるから”と、今まで我慢させてきたという。 じつのところ、僕達形成外科医がいちばん判断に迷うのが、この程度の余り目立たない傷跡なのである。 この場合、治療法としては植皮術しか考えられないが、それで跡かたなくなるわけではない。叉、本人の皮膚が必要であり、新たに傷を増やすことになる。つまりやって得か損か、僕たちも判断に苦しむ。 こちらには手術すればこうなるという予測はつく、しかしそれをあらかじめ見せることは出来ない。 患者の頭にはこうなりたいというゴールがしっかとある。しかし外からそのイメージはつかめない。 何とかそのギャップを埋めるために我々は問診を繰り返す。時には似た症例の写真をお見せすることもある。そしてそのギャップがほぼ埋まったと思われたとき、初めて手術に踏み切ることが出来る。 このようなプロセスが、最近のはやり言葉で言えば、「インフォームドコンセント」ということになる。 その主旨は、診療に当たって医師は、患者によく自分の考えなり方針を説明し、患者の同意を得たうえで治療に当たれということであり、平たく言えば納得ずくの医療ということに過ぎない。 そもそも「インフォームドコンセント」は元来欧米で発生じた考えであり、個人主義の契約社会では、説明義務という法律面が強く押し出されているのに反し、わが国では医師と患者の意思疎通というニュアンスで、道義的にとらえられている気味がある。 いずれにしても現在では、医療に携わるものの常識になりつつある、形成外科医にとっては今に始まったことではない。 先程の例でもおわかりのように形成外科はその性質上、患者による自発的な意思決定が必須とされる科だからである。 この高校生の場合は、話し合いの結果、本人のの考えがはっきり固まってきたので、手術に踏み切ることにした。 “やけどの跡のため自分は子供のころずいぶんと苦しんだ、その傷跡が無くなればたとえ手術の傷が残っても我慢できる、それは自分の意志で生ずるものだから”という事だった。 このように十分な情報を与えられて患者が意志決定を行うのが、「インフォームドコンセント」であるが、形成外科、美容外科の場では、手術を引き受けるか否か,医師にも裁量権がある。 ここで医師の測の意志決定のプロセスを追ってみよう。 患者の訴えを聞いた医師は、まずその訴えが妥当かどうか見極める。 傷跡にしても、醜形にしても、気にするのももっともとこちらが思えるかどうかである。医師個人の好みより、いわゆる社会通念に照らしてのことだが。 次に、患者の希望する事が、現在の技術で可能で且つ安全であるかどうか。 この際、患者の持つイメージと、こちらが考えている手術結果との間にギャップがないかどうか、いろいろとシミュレーションが必要になる。 医師は、手術による効果とデメリットを十分に説明する義務があり、これが先に述べた「インフォームドコンセント」の前提である。 こうして十分に意志疎通が確認されたところで、医師の立場から手術をしたら得か損かを、患者に告げる。 その上で、手術を受けるか否かの最終判断は、患者本人にゆだねるように僕はしてしてきたつもりである。
by n_shioya
| 2008-03-01 19:23
| 医療全般
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Comments(4)
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インフォームドコンセントより先生の「納得ずくの医療」という言葉の方がずっと良いですね。患者に理解してもらうのこそが大切な概念を、そのまま英語をカタカナにしてすませてしまうのは馬鹿げていると思います。そのような発想はそれこそ「インフォームドコンセント」の理念と正反対じゃないでしょうか。
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インフォームドコンセントという言葉は確かに分かりにくいですね。「コンセント」は電気製品のプラグを入れるところと同じカタカナ文字ですから。私はコンセントとコンセンサスと混同してしまい、よくインフォームド・コンセンサスと言ってしまいます(汗)。お願いだからカタカナ言葉を減らしてほしい。よくわけの分からない言葉で、煙に巻かれているような感じがしてならないです。納得医療とか、合意治療とか、医師会あたりで一般公募して、そういうった四文字言葉を作ればいいのにと思います。
コンセントに同意を得てからプラグを差し込むという取り違えは、意味深長で面白いですね。
確かにカナ文字ばやりは困ったものですが、いまさら変えようもなさそうで申し訳ありません。 ただ、現行のインフォームドコンセントはいろいろな問題をはらんでいます。 たとえば、患者のためより、医師が訴えられない予防線になっているとか、意思決定を患者に任せて、責任逃れにするとか。 また、別の機会に論じたいと思います。
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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