|
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
美容外科はコンプレックスの解消にあるといったが、最近の患者さんはどうもコンプレックスとは縁の無い、あっけらかんとした態度で、こちらが戸惑ってしまうことが多い。
特に容貌で悩んでいるというより、いわゆるお化粧感覚でちょっと手術を、と安直に考えているむきもある。 今の顔に不満は無いが、別の自分を演出してみたいという変身願望が根にある場合もあるといわれている。 そうだとすれば、あまりコンプレックスの解消などと大上段に構えて頑張ると、こちらが空回りしかねないのが昨今の若者気質である。 逆に、容貌に対して過度のコンプレックスを持ち、手術をするほどに悩みが深くなるこだわりのタイプもまれにある。これは「醜形恐怖症」といって、一種の精神病質であることもありうる。 それでおもいだすのはH嬢である。 H嬢を最初に外来で見たのは30年前、既に三十才だったろうか。とりわけ美人というわけではないが、丸顔の可愛らしいお嬢さんだった。 怪我で鼻がつぶれ、隆鼻術を受けたが形が気に入らないという。 そこでプロテーゼを入れ替えた。その結果鼻筋も真っすぐ通り、プロフィールも、自然なカーブを作ることが出来た。と僕は思い、本人もそれは認めてくれた。 しかし、何かまだ不満が残っている様子で、更にいろいろ、細かい注文を付けてくる。納得のいく希望もあれば、一寸頚をかしげるような注文もある。 僕としては出来るかぎりのことをして、後は当時美容担当の大竹助教授(現聖路加病院形成外科部長)に頼むこととした。 大竹助教授は生まれ付いての美容外科医である。学生時代から形成を志望し、入局してまもなくほとんどの手術を安心してまかせられるようになった。趣味は写真、漫画、模型機関車その他諸々である。ことに模型機関車は、遊びの域を脱していた。子供を乗せる大きさのを、鉄板から起してつくるだけでなく、本物の石炭を焚いて蒸気を起こす。その石炭も、イギリスから無煙炭を取り寄せるという凝りようである。そういう男だ。 鼻の手術はことに名人芸で、ほとんどの場合、本人の耳介軟骨を巧みに細工して、スッと決まった鼻筋、つんと可愛らしい鼻尖部。ほれぼれする仕上がりである。 その大竹先生にも、彼女は満足しなかった。 僕は、精神科の石郷岡先生の直々の診察をお願いした。結論は「パラノイア」と言うことであった。 パラノイアと言うのは、必ずしも病気ではない。元来は全く正常だが、ある一つのことについてのみ、異常に執着してしまう。 「本人も、馬鹿げていると分かっているがどうしようもないのがこの病気の特徴です。これ以上手術をつづけても無駄でしょう」と言われる。 「しかも、執着する対象にであって始めて症状が発現するので、術前の心理テストではかならずしもひっかかからないのです」と弁明された。 その後僕は大学を離れたので、現在彼女がどんな状態か、叉、 現在は聖路加の部長となった大竹先生がどう付き合っているのか不明である。 僕が彼女のことをこう長々とかいたのは、実はブログを書きながら、ふと疑念が生じたからである。 勿論、パラノイアの傾向はあったのかも知れない、しかし、僕らは本当に彼女の悩みに、耳を貸していたのだろうか、 例えば、彼女にとって本当の問題は鼻ではなかった。唯もっと美しくなりたい。或いはそういわれたいと願った。しかしそれがかなわぬので、鼻をスケープゴートにして、文句を付けたのではないか。僕らはそれに気づかなかったのではないか。 あるいはまた、頭の中だけである理想像ができていて、それを唯追い求めていたのではないか。ドンファンは女たらしだったのではなく、ただひたすら純真に真面目に、理想の女性を追いかける完璧主義者であったという見方もある。 僕はミロのヴーナスを思いだした。 ミロのヴぃナスには両腕が欠けている。元来どうであったか、一生懸命想像して、復元を試みたのが、フルトヴェングラーと言う学者である(指揮者のフルトヴェングラーではない)。だが、どのような腕を付けてみてもしっくり来ない。それは既に我々の頭のなかに、現実の形をもちえないある理想像が出来上がってしまっているからだ、と彼は結論付けていたように思う。 このような悩みに対して、メスはおろか同じ人間である医師がどう、対処できるのか、未だ僕は答えが出せないでいる。
by n_shioya
| 2008-03-11 20:58
|
Comments(5)
Commented
by
icelandia at 2008-03-11 22:33
振られるとわかっていても、異性を追いかけてしまうのも、一種のパラノイアなのでしょうか?(答えられない質問ですね。すいません)ふっと思ったものですから。抜け出したくて藻掻いても抜け出せない状況が似てると思って。
0
Commented
by
n_shioya at 2008-03-12 21:37
Commented
by
icelandia at 2008-03-12 21:46
専門外にも関わらずご回答を有り難う御座います。過去のことですが、異常なほど長い間ひきずったのでどんなものかと思っていました。
ところで、緑茶にもコラーゲンを入れて飲むようにしていますが、不味い!(笑)
Commented
by
n_shioya at 2008-03-12 22:15
Commented
at 2008-03-13 05:03
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
|
塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
以前の記事
検索
カテゴリ
全体 アンチエイジング スキンケア 医療崩壊 キズのケア QOL 老年病 介護 手術 全身療法 食生活 サプリメント エクササイズ エステティック ヘアケア 美について コーヒーブレーク 医療全般 原発事故 睡眠 美容外科 再生医療 再生医療 未分類 最新のコメント
フォロー中のブログ
ICELANDia アイ... 九十代万歳! (旧 八... ・・・いいんじゃない? 京都発、ヘッドハンターの日記 美容外科医のモノローグ ArtArtArt 芙蓉のひとりごと 真を求めて 皆様とともに... ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
|
ファン申請 |
||