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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
ハンガリヤ ラプソディー
八チ公前のスクランブル交差点は赤信号で,人の波がふくれあがってきた。
向こうには渋谷の繁華街が続いている。その裏通りのどこかに今晩の会食の場があるはずだ。
この交差点、車で通りすぎても、歩いてわたるのは何年振りだろう。
かなたにはスモッグに汚れた夕空が広がっている。

そう、あの日はまだ、ビル街もなく、人影も少なく、青山通りから駒場までずうっと見渡せて、青空には入道雲が浮いていた。
敗戦後数年間はここら辺りはまだ焼けの原だった。
駒場の寮にいた我々旧制高校生は、吊り鐘マントをかぶり、高下駄を鳴らしながら大向い通りを闊歩し、渋谷に出没したものである。

恋文横町というのがあった。横町といっても屋台が何軒か並んで居るだけだ.
故国に帰ったGIに宛てて,残されたオンリーさんが手紙の代筆を頼んだゆかりの場所である。
日本のぎょうざの元祖、眠々がその辺りに店を開いたのはもう少し先の話である。
焼け跡にポツンと一軒、汁粉屋があった。“山小屋”という店で、無論食管法違反の闇営業だった。
映画館も一軒何処かに残っていた.
これが渋谷の総てだった.

ある日私は、級友のを誘い、朝から授業をエスケープして、このあたりを徘徊していた。金曜の昼間だったのを覚えている。
入学して一月。今でいう“五月病”に皆かかっていたのかもしれない。
話も弾まないまま我々は映画館に入った。
オーケストラの少女」だった。
楽士の娘のディアナ・ダービンが,失職した父親とその仲間の為に一計を案じてストコフスキーを担ぎだそうとする.結局彼は楽員の為にタクトをとって,リストの「ハンガリー狂詩曲」を演奏する羽目になる。

終わってから三人で“山小屋”にはいった.
“主役のディアナ・ダービンよりも”、と汁粉をつっつきながらは言った,“ストコフスキーの指揮ぶりが気に入ったな。あのハンガリー狂詩曲は良かった。”

それから明治神宮に移動した。
代々木の森を散歩し、表参道へ出た處で一緒に街頭写真をとる。
三人で写真をとると一人によくない事が起こるぞ、とがおどかしたのをあとで思い出す。

すると突然は家に帰ると言い出した。
明日は土曜日である.午前の授業に出てからにしたら、と我々勧めた。
どうせ我々も授業には出ず、寮でごろごろする事は分かっていたので、あまり説得力はなかったようだ。
彼の家は鎌倉である。
八チ公の辺りで別れて、と私は夕方に戻った。

週明けの月曜日
で布団を被って、うめいている私をが起こしにきた。
Yが行方不明だと言う。土曜に帰る筈のが戻らないので、自宅から問い合わせて来たのだそうだ。
心当たりをさがしたが居らず、勿論にはもどっていない。

高校生の自殺美化されていた頃である.
僕の同室の先輩が入水し,その遺書が「二十才のエチュード」という名でベストセラーになっていた。

不吉な予感はお互いに口にせず、我々はの過去の軌跡を辿って、精力的に捜査をつづけた。
手掛かりはなかった.

二週間後、遺体が二宮の海岸に打ち上げられたと警察からの通報があった.
遺書も何もなかったという。
不可解であった。
その夜鎌倉の家でのお通夜で我々は、リストの「ハンガリヤ・ラプソデー」のレコードを一晩中鳴り響かせた.
それは我々自身に“友の死”を納得させる儀式でもあった.

歩行者信号が青になった。車が一斉に止まり人波が一斉に交差点に向かって動きだす.
僕はまだ思い出に浸っている。
もしやあの中のがいるのでは?
by n_shioya | 2008-06-16 22:29 | コーヒーブレーク | Comments(4)
Commented by Doc.K at 2008-06-17 20:49 x
精緻なタッチで表現された秀逸なブログ、本日も感服しました。アメリカ研修時代の日々の出来事にも心揺さぶられましたが、ご出版は? 箱根、今庭を作ってます。先生の姉上の一言を思い出しますが、あそこは近いですが、非現実でいいですね。
Commented by n_shioya at 2008-06-17 21:42
Doc.Kさん:
一度是非箱根にお伺いしたいと思います。
先生も是非銀座にどうぞ。
Commented by 山路純平 at 2008-06-19 18:40 x
塩谷先生へ

先生の学生時代が、目に浮かびました。
Commented by n_shioya at 2008-06-19 22:32
山路さん:
旧制高校といういわばモラトリウムの期間がどれほど重要な意味を持っていたか、今頃切実に感じ、それを奪われた今の子供たちが本当に気の毒に思われます。


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