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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
血まみれで担ぎ込まれた若い女性の鼻からは、白い豆腐のようなものが垂れていた。
“さわるな!” と鋭い声が響いた。 精悍な面貌の若い長身の男がERの入り口から歩み寄ってきた。 脳外科のチーフレジデントのスキルプである。 ここオルバニー大学病院の救急室は、テレビ映画ERさながらの修羅場で、ひっきりなしに救急車がサイレンを鳴らしながら、患者を搬送してくる。 まず患者に対応するのはインターンの役目で、また腕の振いどころでもあり、獲物(失礼)を待ち構えて三名のインターンが常時が待機している。 その晩は僕もその一人だった。 深夜以降は自動車事故の患者が多い。殆どが飲酒運転の衝突事故で、一度に複数の患者が運び込まれる。まさに野戦病院だ。 この時の患者は、重症の頭部外傷を負っていた。頭蓋底も骨折し、豆腐様のものは、鼻腔内に押し出された脳みそだった。 応急処置と救急検査ののち、ただちに緊急の開頭術が始められた。 脳の挫滅はひどかった。前頭葉の相当部分が取り除かれた。 彼女が生還できるとはだれも思わなかった。 だが、若い女性の回復力は目覚ましかった。ひと月後、無事退院することができたのである。 もちろん事故当時の記憶はなく、相当な後遺症があるはずなのに、いたって元気に、しかも朗らかに病院を後にした。 前頭葉の一部欠損で、不安や抑制がとれてしまったにちがいない、とスキルプは言った。 精神病患者に対し、一部では前頭葉の切開術という乱暴な試みも行われていた時代である。 僕はあらためて、人間の体の適応能力に目を見張った。 よく我々は抗加齢医学の説明に、自動車のメンテナンスを引き合いに出す。 確かに定期整備とか車検とかは、健康長寿という目的のためには似た面があるが、人の体と車との決定的な違いは、自然の治癒能力である。 バンパーの凹みが自然に戻ることはないし、汚れたオイルが自然に浄化されることもない。板金塗装や、オイル交換といった行為が必要になる。 だが我々の体は、本人が知らぬ間に絶えず修復を行っていてくれる。 早い話が傷がくっつくのも、医者が縫うからではなく、傷ついた皮膚が自分で自分を治すのである。また、肝臓のように一部欠損しても、残った部分から再生してくれる臓器もある。また、腎臓など、一つを人に差し上げても、今一つが肥大して代償してくれる臓器もある。 脳細胞の場合はこれまでは、加齢とともに急速に減少するだけで、いったん失われたものが、修復されたり、再生することはあり得ないとされていたが、最近ではそれは誤りであることがわかったきた。 ただ、彼女の場合は、残りのネットワークが欠損に対応して働きを肩代わり、つまり代償するようになったのだと思う。 もうお分かりでしょう、僕の言いたいことは。 この年になると、毎日相当数の脳細胞が去っていくが、残された細胞がまだいくらも新たなネットワークを作って、ロスを補うことも可能だし、また今までにない回路の創造すら可能なはず、ということである。 また、いまだ仮眠をとっている細胞を呼び覚ますことも試みたほうが良い。 そして今度は、山中教授のおかげで、脳細胞の再生医療さえ視野に入ってきた。 喜寿を迎えたアンチエイジングの医師にとっては大変ありがたいことである。
by n_shioya
| 2008-11-16 18:47
| アンチエイジング
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Comments(12)
塩谷先生へ
人間の、持っている力って、 すごいんですね。
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ふくだ
at 2008-11-17 09:00
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パチパチ!先生のお話は難しいこともわかりやすくて、大好きです。先生、ドラマの台本とか小説とか書かれたらいかがでしょうか?
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Doc.K
at 2008-11-17 12:43
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先生、ますます絶好調ですね。アメリカ研修医時代の話が絡んでいる時は特にオモシロイです。
昔、青医連闘争の始った当初、清水谷公園で集会し、そこから永田町へ向けデモが始まりました。第一回目の全医大レベルだったのでかなりの参加者でした。赤坂見附の交差点で信号待ちの時、後ろの群衆に押され一人の医者の卵が止めてあった自転車に絡まりながら倒れました。それを見た警備の警官が飛んできてその医者の卵を連行したんです。あんなことで引っ張られるのかと思っていたら、10m程して童顔の純真そうな(?)若者をまじまじと見た警官は、列に帰れと彼を押し戻したんです。ホッとして若者は戻りました。がしかし、厚生省前の座り込みには参加しませんでした。それ以来、その若者は10mの警官に引っ張られながら歩いた時の不安感が胸を離れずこの運動には弱腰になってしまいました。 そんな彼も還暦をとうに超え、一生懸命先生のブログを読み試行錯誤しながらアンチエイジングに取り組んでいます。
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安凛
at 2008-11-17 15:13
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先生のお描きになる文章が私も大好きです!
情景が浮かび解りやすく、読者も考え感じ得る魅力に引き込まれております。伊集院氏によりも遥かに。。難しい内容であっても必ず清々しさが残ります。文面に先生のお人柄をいつも思います。 これからも先生に⇒です(^-^)♪
なんだか、難しい。
アンチエイジングこれからますます期待できますね。
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ruhiginoue at 2008-11-17 18:24
マイケル・クライトンが先日亡くなりました。『ER』も『コーマ』も、病院の描写がリアルでした。
『緊急の場合は』『アンドロメダ病原体』『ジュラシックパーク』も卓越したアイディアでした。 しかし、手塚治虫同様、医学部卒でもガンには勝てずということでした。
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n_shioya at 2008-11-17 20:45
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n_shioya at 2008-11-17 20:51
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n_shioya at 2008-11-17 20:52
Doc.K さん:
いつまでも青医連時代にこだわっているのは、僕も不完全燃焼だったからでしょうね。
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n_shioya at 2008-11-17 20:53
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n_shioya at 2008-11-17 20:55
いんこさん:
わかりにくいというのは、こちらの説明が至らないのと、この問題がまだ混とんとしているからかと思います。
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n_shioya at 2008-11-17 20:56
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塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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