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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
カテゴリ:コーヒーブレーク( 1562 )
猛暑
今日も35度を越す猛暑である。
今年からか、35度以上を猛暑と呼ぶことに気象庁が決めたという。
そう聞いただけで、もはや耐えがたい暑さのように思えてくるから、言葉というものは不思議である。
そこで昔の為政者は逆を行って、全滅を玉砕と呼び、敗戦を終戦と呼んで厳しい現実をぼかすことに成功した。

では“美しい日本”とはどんな意図だろうか。
読んでいないし読む気にもならないのは、著者の言動を見ていると、どうせ空疎なビジョンのまやかしに過ぎないだろうと決めてかかっているので。
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by n_shioya | 2007-08-11 09:57 | コーヒーブレーク | Comments(0)
絵本の美術館
b0084241_1227243.jpgわが山小屋の近くに絵本の美術館がある。
各国の絵本の原画や、翻訳本が展示、即売されている。

イギリスの絵本画家、エロール・ル・カインとであったのもここである。彼の作品のための一室が設けられているが、彼の絵は不思議な魅力があり、訪れるたびにそこでしばしのときを過ごす。
そのほかミッフィでおなじみのエミール・ブルーナリザとガスパールの原画も豊富である。
配偶者は大の絵本好きである。行く度に何冊もかってくるので、いすれ我が家も美術館とまでは行かなくも、絵本の美術室が必要になりそうだ。

今日は長女が孫たちと山小屋を訪ねてきたので、絵本の美術館の洗礼を受けさせてきた。
幸い二人とも絵本の虜になってくれた。
優れた絵本は氾濫する俗悪なテレビや劇画に対する最良のデトックスになると思う。
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by n_shioya | 2007-08-06 23:25 | コーヒーブレーク | Comments(0)
歴史に眼を閉ざすな
先日ベルリン滞在中、半日市内観光に頼んだタクシードライバーはなかなか良いガイドで、ただの名所めぐりだけでなく、歴史や文化に詳しく勉強になった。

前にも書いたように三度目のベルリンだったが、東の復興は目覚しい。再建の槌音と共に、政治経済の中心すでに西から移っている。

昼飯時になったので、どこか最も庶民的なドイツ料理を、と所望して案内されたのが、レッツテン・インスタンツというビアホール兼レストランだった。
まず、黒ビールで乾杯する。次に出てきたのは巨大なロールキャベツ。そしてお決まりのジャガイモ。
ドライバー氏の説明では、レッツテン・インスタンツ、最後のチャンスという名前の由来はこうだ。
隣にあるのが裁判所。そこで判決を受けた衆人が、刑務所へ移送される前に口にできる最後の娑婆の飯という意味だそうな。
なるほど、だから肉も巨大な塊なのか。
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最後のチャンス”の後はユダヤ人街、元のいわゆるゲットーへ案内された。すっかりモダンになった集合住宅街で、中にはブティック、レストラン、芝居小屋まである楽しげな一角だ。
だが、その住宅街の出口で、ドライバー氏が足元の敷石を指差した。10センチ四方の銅版が何枚もはめ込まれ、一枚一枚に名前が刻み込まれている。
大戦末期ここに住んでいて、アウスシュビッツに消えた子供たちだという。
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犯した過ちを絶対風化させないこの強固な意志。
歴史に目を閉ざすものは、ふたたび過ちをくり返す」というあのワイゼッカー大統領の格調高い演説が鳴り響てくるようであった。
そして“自虐的史観”と叫んで過去を風化させようと躍起になっているわが国の政治家と思い比べたのであった。
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by n_shioya | 2007-08-04 21:15 | コーヒーブレーク | Comments(0)
不実な女
b0084241_22193267.jpg今朝から夏休みである。
“毎日が日曜日”の生活にいまさら夏休みでもないが、そこはやはり生活のけじめ。しばらく浮世の喧騒を離れたい。

クロワッサンにカフェオレならぬミルクティー
ブリュフェンのリコーダーが響いてくる。
涙のパヴァーヌ
最近はブリュッフェンもすっかり指揮者になってしまった。

我々子供の頃はリコーダーはまだ日本に普及していなかったような気がする。
リコーダーを始めて知ってのはアメリカ留学の際である。親しくしていた町の名士の奥さんが音楽好きで,友達を集めては素人でもとっつきやすいリコーダーの合奏を楽しんでいた。

ブリュフェンの初来日のときは、まだ学生だった長男を連れて行った。
あの素朴な音色がなんともいえぬ安らぎを与えてくれる。
クラシックにあまり興味のない長男も、ブリュッフェンのリコーダーだけはいまだにお気に入りのようである。

ブリュッフェンの後はドンボアバロックリュート。曲は“不実の女”。なぜかお気に入りの曲だが、題名は深読みされぬよう。
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by n_shioya | 2007-08-02 23:59 | コーヒーブレーク | Comments(0)
美女軍団のはしり
どういうわけか親父の秘書はみな美人なんだ”、今はニューヨークにいる長男が自分の友人に洩らしたことがる。
余計なお世話である。“どういうわけか美人に好かれるんだ”と言い返そうと思ったが、そこまであつかましくはないのでひかえておいた。

そのかっての秘書第一号が今の仕事を辞めてアメリカに永住するというので、配偶者の発案で二番目の秘書も呼んで送別会を開いた。二人とも僕の仕事を止めてからも、ずっと仲良く付き合ってきたようである。
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場所はモナリザ
丸ビルの最上階で、皇居から新宿新都心まで一望の下にみわたせる絶好のロケーションである。
丁度パークハイヤットのかなたに夕日が沈む頃、皆で乾杯をして、彼女の前途を祝した。
ポートランドとサンフランシスコの間で、オレゴンのレッドウッドの森に囲まれた静かな町だそうだ。夏は音楽祭演劇祭も催される文化的なコミューニティ

だという。
摩周湖よりももっと神秘的な湖、クレーターレークも遠くないようだ。
うらやましい限りである。

40年前、フルブライト留学を終えて帰国の際、ニューヨークからサンフランシスコまで,子供二人をフォルクスワーゲンに積んで、二ヶ月かけてキャンプをしながら大陸横断したが、その終着点に近いキャンプ地がレッドウッド・フォレストだったのを思い出した。あれ以来我々もアメリカの大自然のとりこになってしまった。


元秘書二番目は最近オープンした著名なクリニックのマネージャーを務め、当分は続けるという。
“貴方も早くアメリカに移ってらっしゃいよ”と秘書第一号にしきりに勧められている。

早くアメリカにわたりたいのは我々のほうだが、と思いながら窓外に広がる夕焼けを眺めていた。
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by n_shioya | 2007-08-01 23:59 | コーヒーブレーク | Comments(0)
花畑を荒らすものは誰か
今日山から下りてきた。

3泊4日のショートステイだが、ゴールデンウィーク以来なので、充分リフレッシュの効果はあった。
まだ梅雨明け前なので、天気は冴えず、時折降ったり照ったり。
帰る日に限って朝から快晴だったのは、よくあることだが心残りだった。

それにしても花が消えてしまった
昔なら、と言っても20年、30年前の話しだが、今頃はあたり一面花盛りだったのに、今回は歩き回ってこの数本。
だがこの環境破壊に我々も一役を担っているかと思うと、思いは複雑である。
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by n_shioya | 2007-07-28 23:59 | コーヒーブレーク | Comments(1)
学会の思い出
現役を退いてもう10年になるが、その後再生医療、アンチエイジング、胎児外科など興味津々の分野が陸続と誕生し、野次馬としては新しい分野の“追っかけ”に忙しく、あまり過去を振り返る暇がなかったというのが本音のところである。

それが最近、日本形成外科50周年、日本頭蓋額顔面外科学会25周年と立て続けに昔の大会開催の思い出話を記念誌にという依頼が舞い込んで、しばし越し方に思いをめぐらすチャンスがあった。

その一つ、第9回日本頭蓋額顔面外科学会の“会長の思い出”から抜粋する。
「やはりなんと言っても思い出深いのは、アメリカから三人の友人を招き、旧友を暖め、日本の現状を見てもらえたことだろう。
三人というのはペン大のウィテカー、ダラスのサリエそしてエール大のポレーズである。
ウィテカー、サリエはその後たびたび訪日しているので、皆様なじみが深いと思うが、ポレーズは僕の留学時代のレジデント仲間で、米国の額顔面外科学会を立ち上げた男である。
僕がフルブライト留学を終え帰国してからも、彼からはエール大学に来てパートナーになって欲しいと、再三要請されたが、こちらも日本での形成外科の構築に終われ、希望に添えないでいるうちに彼はアルツハイマーに冒され、数年前に他界した。

学会の成功はまず内容と人とのつながり、そして何よりも資金集めにかかっている。
その点僕は、伊藤、上石という二人の有能な助教授にめぐまれ、教室員も一致団結して運営に当たってくれたのを今でも感謝している。

場所は横浜そごうの9階を選んだ。
そごうは8階までがデパートで、9階が会議場を含む半ば公共の施設、そして10階はレストラン街になっている。アクセスは良いし、食事時の心配も要らない。

ヘイ、ノビ”、ノビとは僕のアメリカでのニックネームである、“俺はいろんなとこでしゃべらされたけれど、デパートの中ってのは始めてだぜ”とサリエにからかわれたのを思い出す。・・・」
それからもう16年たったわけだ。

僕はあまり会長職は苦手だが、これも教授の義務と思い引き受けさせられたのが、数えてみると主なものでもこれまでに、

日本形成外科学会
日本頭蓋額顔面外科学会
日本熱傷学会
日本創傷治癒学会
日本形成外科学会基礎学術集会
日本美容外科学会
日本エステティック財団学術会議

など結構な数になる。
これで学会は苦手など言うと、年に3,4万キロ運転していながら、車の運転は大嫌いといってるのと同列で、あまり説得力はないかもしれない。
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by n_shioya | 2007-07-27 19:54 | コーヒーブレーク | Comments(0)
モーリッツブルグ城
ドレスデン滞在中、ジェトロの北島氏の勧めでモーリッツブルグ城を訪ねた。
周囲を池で囲まれた美しい水上の城である。
中に飾られているアウグスト強王鹿の角のコレクションで有名である。
総数230本。かずもさることながら、いずれも大型の見事な角のコレクションである。
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たまたま結婚式が前庭で行われていて、最後に新郎新婦が白い鳩の群れを籠から放ったのが印象的だった。これもこの地方の慣わしなのだろうか。
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今ひとつの収穫は、近くにケーテ・コルヴィッツの家があり、美術館として保存されていたことである。
ベルリンで彼女の代表作をいくつか目にしたあとだったので、ことさら印象深く鑑賞した。
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モーリッツブルグはドレスデンから車で一時間もかからない。
もしドレスデンに行かれたら是非一寸足を伸ばして、モーリッツブルグを探訪されることをお勧めする。
運良くく結婚式に遭遇し、鳩の飛翔に喝采を贈れるかどうかは保証の限りでないが。
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by n_shioya | 2007-07-23 23:31 | コーヒーブレーク | Comments(0)
ドレスデンの一夜
ベルリンを端折ってドレスデンに二泊したのは正解だった。
昼過ぎにベルリンを出て、アウトバーンで3時間弱でドレスデンに入る。
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このザクセンの古都は、第二次大戦の英空軍の絨毯爆撃壊滅したにもかかわらず、奇跡的に復興をとげ、“エルベの真珠”の輝きを取り戻していた。
我々のホテルは真正面が歌劇場ゼンパーオパー、左が王宮、右がツヴィンガー宮殿と言う絶好のロケーションにあった。

ホテルのフロントには北島氏が待ち構えていた。ジェトロに勤務され本拠はドレスデンだが、数日前にベルリンでも大変お世話になっている。

“お疲れでしょうが、明るい内に一寸市内をご案内しましょう。”と言われ、早速氏のベンツに乗り移る。
“実は是非お連れしたい世界一の牛乳屋さんが、6時には閉まってしまうので”、と言われる。
牛乳屋の世界一?
我々が知らないだけで、このプフンズ・モルケライは「世界で最も美しい乳製品店」としてギネスブックにものっているそうだ。
何がそんなに有名か?
壁から天井に至るまで、色彩豊かなタイルで覆われている。すべて手書きで、ヴィレロイ&ボッホ社の作品である。
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その後市内を一巡して最後にたどり着いたのは言うまでもなく、あのフラウエン教会
素晴らしい教会である。
1945年2月13日の空襲で壊滅したが、ベルリンの壁崩壊を期に再建計画が持ち上がり、約12年の歳月を経て、2年前、原型どうりの再建が完了した。
再建に当たっては、戦後保存されていた約36万個の瓦礫が、コンピューターで元の位置を調べはめ込まれていったと言う。
このドイツ人的な徹底さは、見事と言うより恐ろしくなるほどである、あのユダヤ人のホロコーストも、やはりこのような完璧主義かと思うと。

その夜はフラウエン教会を見上げる洒落たテラスレストランで、ザクセン料理をたっぷりと北島氏からご馳走になった。
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by n_shioya | 2007-07-17 22:12 | コーヒーブレーク | Comments(0)
ボヘミアの田舎
プラハを発つ前の日の朝、せっかくここまで来たのでチョッとドイツ方向へ戻ることになるが、西ボヘミアの名門スパ、カルロヴィ・ヴァリ、かつてのカールスバードに日帰りでドライブしようと思い立ち、コンシェルジェに伝えると、両手をあげ肩をすくめとんでもないという。
地図で見ると1,2時間の距離だが、田舎道なので片道3,4時間はかかり、ドライブだけで一日使ってしまう。せめて一泊するのでなければ、というのが彼の言い分だ。

それよりも、と彼が薦めてくれたのは、プラハの郊外できれいな湖のほとりにあるちいさなお城である。
それでは、と昼間は市内の観光に使い、夕方になって出発した。
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車で30分ほどのところにそのお城はあり、お城自体は小さいが庭は広大で、鬱蒼とした森の中に細長い池が静かに眠っていた。
もう日暮れ近く、我々のほかは一組の恋人たちが、ベンチの上で抱き合っているだけだった。
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池の周りの小道を散策した後、これもコンシェルジェが教えてくれた、近くのレストランというにはいささかひなびた食べ物屋で、地酒のワインと鴨料理を楽しんあと、途中何度か迷いながら、道を聞こうにも英語が通ぜず、なんとか夜半になってホテルにたどり着いた。
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by n_shioya | 2007-07-15 22:21 | コーヒーブレーク | Comments(0)




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