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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
カテゴリ:美について( 311 )
コートルード美術展
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コートルード美術展を観てきた。素晴らしいコレクション。特にセザンヌとルノワール。その存在すら知らなかった、数ヶ月前までは。
by n_shioya | 2019-11-09 10:33 | 美について | Comments(0)
1930年代のパリ
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1920〜30年代のパリ。ヘミングウェイが「移動祝祭日」で描いた青春のパリ。エコール・ド・パリの花開くパリ。それは我々世代が夢見た憧れのパリ。そのパリに魅せられて、40年パリに住み続け、敢えて1930年代のパリを描き続けた日本人がいる。その朝比奈さんの個展が今日から銀座のギャラリーゴトーで始まりました。当時の街並み、服装そして嬉しいことにはあの前輪駆動のシトローエンまでが描きこまれています。皆さん、是非足をお運び下さい!
by n_shioya | 2019-11-03 23:07 | 美について | Comments(0)
オランジェリー美術展
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宮中行事は興味がないので、その休日は横浜美術館で過ごした。オランジェリー美術展である。何度か行ってはいるが、その度にモネーの睡蓮に囲まれて時を過ごし、あまり他の絵は印象が薄かったが、改めて観るとなかなか名作ぞろいである。そして気付かされた。これまでは近代絵画のデフォルメは何でこんな表現をと納得のいかないことも多かったが、突然、画家にはこう見えたのではなかったろうか?と閃いたのである。ただ見てるいると、人物でも風景でもその本質が見えてこない。だが作家にはその奥に潜む真実が眼に浮かぶのではなかろうか。ピカソがグシャグシャに泣く女を描くとき、女は本当に顔をバラバラにして嘆き悲しんでいるのだ。我々にはそれが見えないだけだ。砂漠で狐は星の王子様に教えた。“大切なことは眼に見えないよ”と。見えるものへのこだわりを捨てると、本質が見えてきて、画家の伝えたいメッセージが伝わってくる。技法がメッセージを表現するのではない。メッセージが技法の衣をまとっているのではなかろうか?そう悟ると、セザンヌもドランもローランサンも、そしてスーチンさえもすっと心に入ってくるのを感じた。大した収穫である。
by n_shioya | 2019-10-22 17:22 | 美について | Comments(0)
年を重ねる美
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このためだけでも学会に来たいと思っていた今日の特別講演「年を重ねる美・育まれ深まる美しさ」は期待通りの名講演だった。演者は資生堂の高野ルリ子さん。美しく年を重ねるコツ。年相応の美しさ。内面から輝かき出る美しさ。について余すとこなく、お話くださった。塩谷塾でも是非、とお願いしておきました。
by n_shioya | 2019-10-04 22:33 | 美について | Comments(0)
美の伝道師
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先日、「美の伝道師」宣言をしてから、なぜか気が軽くなった。どうも、これまで左脳が右脳を押さえつけいたのが、その重石が取り除かれたようだ。左脳は論理的というか理性的で、右脳の美的感覚が独走するのを恐れていたきみがある。家庭環境もあるかもしれないが、子供の頃、近所にバイオリニストが住んでいたが、芸術家にはなんか怪しいというか、胡散臭さを感じていた。また美人画の東郷青児の家もあったが、やはり宇宙人の住処のように思えていた。ちなみに直木賞作家の僕の姉は、根っからの「感性人間」だった。居心地の悪い「我が家」だったに違いない。長じて芸術を楽しむようになっても、やはり僕の芸術鑑賞は右脳の監督下に置かれていたのかもしれない。それほど僕は「理系人間」というか、科学者という存在に憧れ、その立ち位置を脅かすものを警戒していたようである。だがこの歳になって、やっとシガラミから解放されて、理性に気兼ねせず、耽美的になる自由を享受し始めたのを喜ばしく思う。ということでこれからは、世間体も気にせず、村の掟に悖るような美的生活に耽溺する覚悟ですので、よろしく。
by n_shioya | 2019-09-14 21:52 | 美について | Comments(0)
小町翠さんのアフタヌーン・ティー リサイタル
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今日は心豊かな午後でした。イギリスを拠点に活躍するバイオリニスト小町翠さんのアフタヌーン・ティー リサイタルでした。場所は恵比寿のフレンチレストラン。やはり音楽はいかめしいコンサートホールより、サロンの雰囲気がしっくりきます、特にバイオリンや声楽や室内楽は。5〜6の小曲たちでしたが、それぞれの曲の成り立ちや演者の思い入れなどを交えたトークも楽しめました。拠点はイギリスですが最近は日本でもいろいろな場面でご活躍の翠さんです。例えば今上野の都美術館で開催中の印象派展にも関わっておられます。また、最近はイギリスの作曲家ディーリアスの伝記も訳されました。今読んでるところです。ディーリアスは日本ではまだあまり知られてませんが、本国ではエルガーと並び称されているそうです。翠さんはそのディーリアスの紹介に力を注いでおられます。みなさん応援しましょう、ファンクラブもございます。
by n_shioya | 2019-09-08 21:30 | 美について | Comments(0)
“脳は美をどう感じるか?
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昨日は久しぶりに見たの慶応大学の心理学の研究室を訪れました。川畑教授の研究会に参加したのです。テーマは「美に関する統合的研究」ニューヨークとベルリンから二人の哲学教授も参加されて、最新の実験的手法を駆使しながら、美について哲学者と心理学者がそれぞれの立場から意見をぶつけ合い、大変有意義な勉強会でした、と言いたいところですが、僕は一介の美容外科医。お三方の議論を必死で追いかけるのが精一杯で、議論に参加するどころではありませんでした。ただ素人なりに感じたのは、一口に「美」と言っても色々な様相がある。哲学者のいう美と、心理学者がいう美は同じなのか?そもそも美はどう定義すべきか?などなど。僕としてはその辺りからお伺いしたかったのですが、あまりにも素人っぽい質問なので遠慮してしまいました。ただ最近は認知心理学と言って、fMRIを駆使して、感情や意思など心が働くとき、脳のどの部分が活性化するか、リアルタイムで追いかけることが可能になったので、医者でも“脳は美をどう感じるか?”という議論に加わることは可能になってきたようです。
by n_shioya | 2019-09-04 21:16 | 美について | Comments(0)
英詩の世界
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キザを覚悟で言うが、このところ毎日上着のポケットに英詩集を入れて、1日一つの詩を読むようにしてます。昔僕は英文学を勉強したかった。医学部に入った時も、できれば休学して英文科の受講生になりたかった。でも、元来がせっかちなので、とりあえず医師免許を取ってからなどと思っているうちにチャンスを逃してしまった。そして米寿を迎える今、オックスフォード字典を片手に、英詩の一節、一節を追っている。詩は難しい。言葉遣いも独特だし、文法は無視されるし・・・これをpoetic license というそうだが。だが、それと格闘していると、突然ハット全てが繋がって、リズムあふれた小宇宙が誕生して、陶然となる。そして詞華集の一冊一冊が宝石箱のように思えてくる。英詩の世界
by n_shioya | 2019-09-02 22:31 | 美について | Comments(0)
シャガールの言葉
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“自分にとってはその人が詩人であるかどうかが一番大切である”僕の好きなシャガールの言葉だ。“詩といっても、シェークスピアのような詩人に限るわけでなく、絵でも音楽でも、いやそういったような表現手段を持たなくとも、詩の心の持ち主かどうかである“とつけくわていた。シャガールのように、詩情溢れる作品を生み続けたアーティストがいうと納得しやすい。でもその狭い意味の、言葉による「詩」には、それでしか表せない世界があることも確かだ。そう感じてこのところ、暇をみては英詩の世界に浸ることにしている。リズムとライムを抜きにして、英詩を日本語に移すのは至難の業ではと感じているので、原文に取り組んでいるが、これもまた、至難の技ではある。そして昔、“ドイツ文学は青年の文学で、イギリスの文学は大人(老成の意)のそれである”と言われた竹山道雄先生の言葉を思い出している。
by n_shioya | 2019-08-28 21:27 | 美について | Comments(0)
美とは?
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美を論じているとすぐぶつかる壁は、美は主観的であり、客観的に論ずることはできないという主張である。一理はあるが、これに対し谷崎潤一郎は「文章読本」の中でこういう意味のことを言っている。“美は主観的なものという向きもあるが、自分は食いしん坊なので食べ物について言えば、美味い不味いは大方の人の同意は得られるものだ。同じことは美についても言える。そうでなければ文章の美を論ずる意味はなくなる。”と。ボードレールも美の8割の部分に共通性を認めている。もちろん残り2割の部分については、そこにこそ芸術としての意義があるとしているが。さて、美を客観に論じることができるとなれば、次なる課題はいかに客観的に評価できるかということである。それが「美の基準」というわけだが、これが数値化できればありがたいのだが・・・
by n_shioya | 2019-08-08 21:57 | 美について | Comments(0)




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