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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
<   2013年 06月 ( 31 )   > この月の画像一覧
銀の匙
年取ってからの楽しみの一つは、“回想”にある。
それまで無我夢中で走り続け、ちょうど車窓の風景のように、切れ切れに飛び去っていった過去の想念を、丹念に手繰り寄せて反芻する時期でもある。
若いころの愛読書を読み返すのも、その一つといえる。
それが自伝か回想記なら、尚のこと興味は深く、己の回想も深まる。
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一冊の本といわれれば躊躇なく中勘助の「銀の匙」をあげてきたが、加賀乙彦氏もこう書いている。
“何度も読んでいる。読むたびに見どころが少し違って、何らかの発見があったと思う・・・
記憶の底にあったものを、そっと取り出してくる回想記なのだが、決して大人の高みから見下ろしている、整理された説明調の文章ではない。子供の心情に入り込み、その身になりきってしまい、今始めて体験するような驚きと臨場感に満ちている。これが、他にいくつもある幼年記や少年記と違う、この本の独創である。“

確かに。
そして加賀氏はこう結んでいる。
"そして思い出すに値する子供の時代を持つ人は、それがどんなに不幸な思い出であろうとも、幸いな人なのだ。子供の時代を生き生きと思い出して、人生の原点を知ることは、人が挫折したとき、病気になったとき、何よりも老いたときに、すばらしい癒しとなる。
「銀の匙」を読むと至福の感情を覚えて、慰められるのは、そのせいであろう。”

加賀先輩にこういわれると、老年期の幸せは“回想”も含め、“心のゆとり”にあるのではと悟らされる。
アンチエイジングも結構だが、「不老不死も夢ではない」とか、「百歳まで生きる為のダイエット」だとか、表面的な手段だけに終始すると、味わい深いはずの老年期をいかに浅はかなものにしうるか、改めて考えさせられる。
by n_shioya | 2013-06-11 21:32 | アンチエイジング | Comments(2)
内助の功とは?
美女軍団の侮りがたい点は虚をついて難問を投げかけてくることにある。
先だっても結婚して二年目の一人が、“「内助の功」ってどんなことでしょう?”と問いかけてきた。
“うーん、それは・・・”と野獣は詰まってしまった。
実は結婚して50年余、ただの一度も考えたことが無かったのだ。
改めて考えると、配偶者のなすことすべて「内助の功」といえないことも無い。

そう、かっての留学時代、日本人留学生の妻はアメリカ人仲間の羨望の的であった。
オルバニーにグリーンストリートという、名前にふさわしくない赤線地域があった。
そこへ夜な夜な出没しては、白黒問わず、失礼、現地女性との交流に励んでいた豪傑がいた。日本に残された奥さんは、夫がそのような場で日本男子として恥をかかないよう、内職までして、軍資金を送り続けていた。
別の某君の場合は昼旦那の留守の間、車をせっせと磨いている。夕方旦那は帰宅すると、シャワーを浴び、パリッと着替え、ピカピカになった車に乗り込んで、何処へかドライブに出る、細君のお辞儀に見送られて。
もちろん女権意識の強いヤンキー妻たちは黙っていない。“貴殿らの行動はわれわれの配偶者に対してよろしからぬ影響を及ぼす。”と「医師のワイフ連盟」から二人とも抗議文を突きつけられたという。
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僕にしても、スコブルつきの無精者だ。
朝起きれば、前夜配偶者が枕元に並べてくれた下着からシャツ、ネクタイそしてスーツを身につけ、これも配偶者が磨いておいた靴を履いて出勤する。自分でやれば左右がチンバでもこの男、気づかないだろう。
洗髪は月一度の散髪のときだけ。体も自発的に洗うのは年に一、二回。合間に配偶者が暴力的に垢すりをしてくれなければ、その臭気は山下公園のホームレスといい勝負になるだろう。
こう考えると、僕がこれまで皆様からあまり顰蹙を買わないですんでいる?のも、ひとえに配偶者の「内助の功」といえるのではないでしょうか、美女軍団殿。
by n_shioya | 2013-06-10 21:26 | コーヒーブレーク | Comments(0)
名前のない医学生
ソフトクリームの季節が来た。
あのコーンの上で白い渦を巻いているのを口にするたびに、僕はある男を思い出す。
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その男は医学部の4年間いつも階段教室の最前列の中央に陣取って、熱心にノートを取っていた。
いまのように長髪、スキンヘッドなんでもありの時代と違って、もじゃもじゃでも一応七三に分けていた頃に、癖毛なのか彼の髪は頭のてっ辺で渦を巻いてソフトクリームを思わせた。
いつでもエスケープできるよう階段教室の最後部に座るのを常とした僕が、その高みから内職の合間に黒板を見下ろすと、いつもソフトクリームの頭が目に入った。

ある昼休み、学級委員長の我妻君に呼び止められた。
“君、クラスの中に誰も名前を知らない男がいるのを知ってるかい?”
“そんな馬鹿な!”
午後の授業が始まると、階段教室の上から我妻君は最前列の男を指差して言った。“あいつだ。”
それはソフトクリームの頭であった。
“あいつなら・・・”といいかけて気がついた。僕も名前を知らない。
百人のクラスだが、名前を知らないやつはいくらもいる。お互いほとんど授業には出ないからだ。

我々はすぐ医学部事務室に行き、学籍簿を繰って彼の写真が無いことを確かめ、学部長に報告に言った。学部長は精神科の内村教授だった
卒業まで後数ヶ月、偽医者になられては困るからである。
内村学部長は言った。
“おおこの君ならよく知ってるよ、名前は知らんがね。ふむ、偽学生か。”
そして皮肉っぽく付け加えて下さった。
“だが今試験をすれば彼は君らよりずっといい点を取るね。”

学部長の許可をもらい、我々は彼を連行して、運転手つきの学部長車で彼の家に向かった。
父親は驚愕した。ある高校の校長だったのだ。
実は彼は旧制高校のとき入試に失敗し、厳格な父親に言い出せず、そのときから旧制高校の1年、新制教養学部2年そして医学部の最終学年まで計7年間、偽学生を続けていたのである。

いったい彼は今どうしているだろう。
「君たちより真面目な学生だった」と皮肉った医学部長の言葉を思い出し、複雑な思いを抱かずにはいられない。
もし彼が偽医者をやっていたら、かろうじて免許証を維持している一部の本物医師より、ずっとまともな医療を行っているのではないかと。

by n_shioya | 2013-06-09 21:11 | コーヒーブレーク | Comments(0)
背筋を伸ばして若々しく!
“そう、背筋をピッと伸ばして、座ったときも歩くときも、何時も威張った姿勢で”と腰痛対策には背筋をまっすぐにと、皆さん異口同音におっしゃる。
具体的には、壁の前に立って、頭、背中、お尻そして踵の4点が一直線に壁につくように練習するのがよいと言われる。
だが、これが意外に難しい。
一月ほど前から始めたが、最初は本当にきつかった.だが此の頃は、壁があれば先ず其の前ですっと立つのが癖になり、それほど苦もならなくなった。
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背筋を伸ばすのは腰痛だけでなく、身体の健康にいいそうですから、皆さん一寸此の絵の通りにお試しになっては如何?
by n_shioya | 2013-06-08 20:56 | アンチエイジング | Comments(0)
熱傷学会はサミット会場で
熱傷学会を終えて、只今、無事沖縄から帰宅。
今更ながら沖縄は日本のパラダイスである
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今回は会長の東京医大の渡邊教授の計らいで、ブセナテラスのサミット会場で開催された。
一昨日、出発時には本土は快晴なのに沖縄だけは傘マーク。昨日、今日は豪雨の筈だった。
それが、全日空133便が那覇に着陸するあたりから奇跡的に雨が上がり、昨日、今日と梅雨の晴れ間で紺碧の空に群青の東シナ海が広がっていた。
もったいないので、学会出席は必要最小限にとどめ、レンタカーで北部沖縄をフルに観光。
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お陰さまで、腰椎骨折もここまで回復しました。
by n_shioya | 2013-06-07 21:11 | 医療全般 | Comments(0)
プロフィールと横顔の違い
プロフィールといった時、日本人と西洋人では全く違うことを意味するとは、美術解剖の大家、故中尾喜保芸大教授の言われたことである。
日本の場合、プロフィールはどちらかと言えば、履歴というかその人の所謂プロファイルになるが、西洋では文字通り側貌を意味することが多いという。
此の違いはどこからくるのだろうか。
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中尾先生によれば、泰西名画には横顔は珍しくないし、コインにはしばしば偉い方の側貌が刻まれる。日本の絵画には余り横顔が描かれず、コインの側貌は皆無である。
これは顔の骨格の彼我の違いにもよるという。西洋人は彫りが深いが、日本人は平面で頬骨が横に張り、側貌はさまにならないからだと中尾先生は言われる。
果たして如何なものか、ルーブル所蔵のクレオパトラのコイン像を眺めながらお考えください。
by n_shioya | 2013-06-06 21:39 | 美について | Comments(0)
体内羅針盤と言う考え方
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最近の医療はどうも「対症療法」に堕してきたような気がする。
対症療法とは、原因はさておいて当面の症状だけ押さえる治療である。
例えば風邪を治すことは出来ないとはよく言われる。出来るのは、熱を下げるとか、咳を止めるとかだがこれは風邪そのものを治すのではないとよく言われる。

医学の進歩で、病気のプロセスは分子レベルで解明されるようになった。それに分子レベルで対応する薬の開発が花盛りである。
だがこれも殆どが対症療法のような気がしてならない。例えば降圧剤、抗コレステロール剤など。血圧を下げ、コレステロール値を押さえても、そもそも何故高血圧になったか、高脂血症になったかと言う病人の全体像、そしてそのライフスタイルにまで踏み込んでの治療にはならない。勿論、発病した場合はとりあえず薬は必要かもしれぬ。だが、それで当座を切り抜けたら、そこで安心せず、もっと全人的な根本的なところの改善に進むべきと思う、

そこで「生活習慣病」と言う概念が生まれた。そしてその中心が「メタボリックシンドローム」である。此の診断の3要件で在る高血圧、高血糖そして高脂血症などは、相互に絡み合って発症し、其の根本的解決には「バランスの取れた食事と適度な運動」と言うライフスタイルの改善が求められる。

そして此の「ライフスタイル」の改善は、「メタボリックシンドローム」に限らず全身の活性化に繋がる。
そもそも我々の身体には、個体維持のため「復元力」が備わっている。それにより損傷した組織は修復され、摩耗した細胞は再生する。
此の「復元力」を指揮する働きを、ぼくは「体内羅針盤」と呼んでいる。そして食事と運動は此の羅針盤を支える為の重要な営みである。
対症療法の問題点は、其の乱用により「体内羅針盤」を麻痺させることもあり得ることだ。
此の「体内羅針盤」に本来の機能を発揮させることが、最善の予防医学であり、究極のアンチエイジングであると言いたい。
by n_shioya | 2013-06-05 21:22 | アンチエイジング | Comments(1)
ピカソは本当に偉いのか?
「私が紙にツバを吐けば、額縁に入れられ偉大な芸術として売りに出されるだろう」とピカソは豪語したという。
“なるほど、そういうことか”と妙に納得するのは僕だけだろうか。

仮にピカソの作品がガラクタ市にまぎれていた場合、“あ、これはすごい芸術作品だ”と見抜くことが出来るだろうか、とキュービズム以降のピカソの作品を眺めるたびに何か居心地悪く感じて来たものだ。
其の悩みに明快に答えてくれるのが、西岡文彦氏の「ピカソは本当に偉いのか?」である。
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氏は先ず始めにピカソの「アヴィニョンの娘たち」を例にとり、次の三つの問いかけをする。
①此の絵は本当に美しいのか?(どこが上手いのか?)
②見るものにそう思わせる絵が、どうして偉大な芸術とされるのか?
③仮に偉大な芸術としても、其の絵にどうしてあれほどの高値がつくのか?

そして氏は、ルネッサンスから今日までの絵画の立ち位置の変遷を辿る。
先ず、絵画は教会の信仰の為のツールとして始まり、やがては王侯貴族の館の装飾品となり、近代になって初めて絵画は“芸術のための芸術”として独立し、美術館が誕生する。そして画商が生まれ、絵画に商品価値が生じ今日に至る
この辺りが一番面白い部分だが、それはお讀みいただくとして、最初の設問に対する氏の答えを僕なりに要約すると

①美しいとは言えない、だが上手いかと言えば比類無く上手い。
②前衛を尊ぶ時流に合致した。
③絵の価格=価値ではない。
と言うことのようだ。
by n_shioya | 2013-06-04 20:47 | 美について | Comments(1)
アンネゾフィー・ムターを聴く
今日はオペラシティでアンネゾフィー・ムターを聴いた。
素晴らしい。
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さすがバイオリン界の女王。カラヤンの秘蔵っ子で、それがカラヤンとベルリンフィルの確執の原因となったと言う風評など、見事に吹き飛ばしてくれた。
モーツァルト、シューベルトそしてクライスラーの小曲など。どれも見事だったが、アンコールの最後に東北の被災地の方々に捧げた「アベ・マリア」は、今まで何回となく聴いた中で最も心に残るシューベルトの「アベ・マリア」であった。

それだけでなく、此の演奏会の演目は全て、被災者の方々を思いながら組んだという。そして演奏会の収益の一部の被災地の復興に寄付するという。
僕は関東大震災のエピソードを思い出した。
其の時居合わせた?クライスラーは、瓦礫の山の日比谷公園で慈善演奏会を開き、市民を慰めたという。
アンネゾフィー・ムターは演目にクライスラーの小曲を入れた時、其のエピソードを知っていたのだろうか。
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そして夜は京王プラザホテルで「NPO法人創傷治癒センター」の理事会と懇親会。
お疲れさまでした。
by n_shioya | 2013-06-03 22:15 | 美について | Comments(2)
ただ憧れを知る者のみ
医師でもあったドイツの文学者ハンス・カロッサは、一連の自伝小説で若き日の想い出を「美しき惑いの年」と題して綴っている。
其の「美しき惑いの年」に“仰ぎ見る師”に出会えた者は、其の師を一生の宝として人生を歩むだろう。
僕にとっては「ビルマの竪琴」の著者である竹山道夫先生がそれである。
たった一年だが最後の一高生として受けた教えはいまでも尊い財産である。
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七メンドクサイ文法などはフッとばして、ひたすらハイネの詩や、ゲーテの名作などを御自分で朗読される。
とりわけゲーテの「ウイルヘルム・マイスター」は印象深かった。
其の中のミニヨンの歌、 “ただ憧れを知る者のみ”などをシューベルトのメロディーで口ずさみながら、“要するにこれはゲーテ、いやドイツ人すべてのロマンティシズムですな”、など照れくさそうにぼそぼそと付け足す。
其の時先生はご自身の「美しき惑いの年」を反芻されていたのだろうか。
死ぬまで憧れを持ち続けた先生の口癖は「見て、感じて、考える」だった。

そして今度、竹山先生の女婿である平川祐浩東大名誉教授が、先生の伝記を刊行した。
題して「昭和の時代と竹山道雄」。
此の500ページの大部の書は竹山先生の全貌を描いて余すところ無く、絶滅にひんする「教養主義」、そしてその頂点に立つ竹山先生への燦然たるオマージュである。
by n_shioya | 2013-06-02 21:46 | コーヒーブレーク | Comments(0)




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